866 三十二歳 寝耳に水の出来事
いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~ 3巻
2026年8月12日発売!
特典情報などは近況ノートでご確認ください!
3巻はアマンダ達も登場し、リサのあの事件も発生するところです。
コミックスが少しでも長く続きますよう、ご予約をよろしくお願いいたします!
ブックウォーカー様やDMM様の電子書籍は発売日間近になればページが公開されるかと思います。
ザーラが帰国して一週間後、アイザックは約束通り一機の飛行機をノイアイゼンへと派遣した。
「来たぞ!」
「あんなに高く飛んでいるから鳥じゃないのか?」
「空を自由に飛べるから、ここまで来れるんだぞ。山を越えられるくらいの高さは飛べるだろう」
「早く空を飛びたいな」
「俺もだ」
グライダーの実験場には、万を超える人だかりができていた。
その中にはノイアイゼンに住んでいるエルフや、エンフィールド帝国の大使や商人も含まれている。
「空で移動できるようになると取引が楽になる」
「どれだけ荷物を運べるんだろうか?」
「生ものも腐らせずに送れるようになると便利になるな」
商人達は取引が楽になるというところに目を付けた。
移動時間の短縮は非常に重要な事だからだ。
汽車よりも運賃は高くなるだろうが、空を飛べて線路もいらないため、汽車よりも更に早く目的地に到着できる。この移動時間の短縮の差が重要になる。
これまで移動時間は金があってもどうしようもないものだった。
だが今は違う。
汽車を始めとして、今は時間を金で買えるようになった。
飛行機は確かに高いだろうが、それでも空を飛んで移動できるという事実は金持ちにとって十分に払う価値があるものとなる。
もっとも、ドワーフの商人達は「早く乗ってみたい」と、知的好奇心という本能に逆らえないまま飛行機に釘付けだった。
「おいおい、あの状況で降りられるのか?」
「このまま降りたら人にぶつかりそうだ」
飛行士達の視線も地上に釘付けだった。
確かに滑走路は空いている。
だが近くに人だかりができているせいで、着陸は危険に見えた。
「機長、どうします?」
「……グライダーの大きさを想定しているのかもしれない。一度滑走路上を通って、この機体が思っているより大きいと見せて、滑走路付近から離れてもらおう」
飛行士達は地上を見て眉をひそめた。
飛行機の着陸には危険が伴う。
もし主脚が折れでもしたら、滑走路から飛び出して見物人をなぎ倒してしまう事になるだろう。
そんな大惨事が起きるかもしれないと思うと、とても着陸する気にはなれない。
彼らは一度、高度を落として滑走路の上空を通過する。
「思ったより大きいぞ!」
「ゆっくり飛んでも落ちないのか!」
かえってドワーフ達のテンションを上げてしまったようだ。
ワッと滑走路内に集まる。
これでは着陸どころではない。
機長は滑走路上を何度か飛ぶ。
しかし、彼らは熱狂するだけで滑走路上から移動する気配がない。
仕方ないので、窓を開けて声を大きくする魔法を使って叫ぶ。
「そこに集まられると着陸できない! 事故が起きないように滑走路から、もっと遠くに離れてくれ! 飛行機をじっくり見たいんだろう?」
その言葉を聞いて、波を引くように人混みが滑走路上から消え去った。
最初よりも遠ざかって様子を見守っている。
機長は安全が確保された事に満足してうなずき、一度距離を取ってから着陸コースを取る。
「やれやれ、激しい歓迎を受けそうだ」
「酒盛りに付き合うのを覚悟しないといけないですね」
「ドワーフの歓迎は熱烈で嬉しいが、酒の付き合いだけは大変だからな」
飛行士達は笑った。
ドワーフとの酒盛りは大変だが、こうして歓迎してくれる事は素直に嬉しい。
このあとの事を想像して、げんなりとしながらも笑みを浮かべていた。
飛行機が大きさの割にふんわりと優しく着陸する。
すると、周囲にいた見物人が駆け寄ってきた。
敵対しているわけではないが、数え切れないほどの集団が駆け寄ってくる光景に、飛行士達は歓迎の喜びよりも底知れぬ恐怖を覚えた。
もしアイザックがいれば「ゾンビ映画で見た気がする」と、前世の映画を思い浮かべていただろう。
飛行士達は機体側面にある扉を開いて降りる。
「代表者は誰ですか? まだ余裕があるので、交代で乗せられますよ」
ザーラと共に整備士も派遣されているので、多少の不調ならば修理できる。
乗せられる人数は限りがあるが、現地で修理部品を調達しながらの運用は可能だ。
それに可動が不可能なほど壊れても、分解して汽車で運搬できる。
しばらくはこき使われる事にはなるが、それだけ報酬も多い。
飛行士達は愛想良く笑みを見せながら、近寄ってくるドワーフ達に手を振った。
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飛行機をノイアイゼンへ派遣してからも遊覧飛行希望者は来ている。
だが派遣した飛行士達から連絡がない。
アイザックも当初は「熱烈な歓迎を受けて酔い潰れているんだろう。……酔っ払い運転で事故を起こしてないよな?」と不安になっていたが、報告待ちの状態なので、他の事に気を取られているうちに忘れそうになっていた。
そして派遣から二週間ほど経った時、大使から驚くべき連絡が入った。
――ドワーフに飛行機が分解された。
最初の三日ほどはみんな遊覧飛行を楽しんだり、地上から飛んでいる姿を眺めていた。
しかし、何回も乗って部品にガタがきた時、ドワーフ達が本性を現した。
「どうせ飛べないなら」と、集団で分解を始めたのだ。
もちろんエルフの飛行士達は必死に止めた。
『飛行機に触れてはいけないと知っているはずだ! ノイアイゼンがエンフィールド帝国に取り込まれるぞ!』
エンフィールド帝国の一員になるのが悪いという意味ではない。
――ノイアイゼンというドワーフの独立国が存在する。
その事の意味が大きかった。
もし人間と戦争になるような事になれば、ノイアイゼンに集まればいいとわかりやすいからだ。
いざという時の旗印としてノイアイゼンには存在しておいてほしい。
だが、エンフィールド帝国の傘下に組み込まれれば、人間以外の国がなくなってしまう。
二百年前の悲劇を繰り返してはならない。
それは政治に疎い飛行士達でもよくわかっていた。
だというのに、ドワーフ達は彼らの言葉を無視した。
きっと飛行機への興味が理性を吹き飛ばしてしまったのだろう。
大使は報告書に「貴重な飛行機を破壊されてしまい申し訳ありません」と、数行おきに謝罪の言葉を書いているほどだ。
ドワーフ以外は、この問題の大きさをよく理解していたが、肝心の彼らがわかっていない。
ノイアイゼンの評議会ではなく、アイザックが頭を抱える事態であった。
(あいつら、なんて事をしてくれたんだ! せっかくドワーフの国っていうので尊重していたのに……)
アイザックは「創作物に出てくる種族だから」と優しくしていた。
もちろん「人間以外の国」という点も評価していた。
種族間戦争になった時に一番恐ろしいのは各地で起こるテロだ。
しかし、ノイアイゼンという国があれば、そこにエルフやドワーフが集まってくれるはずだ。
反エンフィールド帝国の意思を持つ者を集める誘蛾灯としての役割を果たしてもらうはずだったのに、本当にエンフィールド帝国の傘下になられては困る。
(こんな事が起きないように、あれだけ厳しい条件を付けたっていうのに……。周知してくれって頼んでいたのに忘れていたのか? ファラガット共和国のような事が起きるかもしれないとか考えなかったのか?)
あまりにも想定外である。
こんな行動を取られてしまっては計算ができない。
仕方がないので、アイザックはカニンガム伯爵とクロードを呼び出す。
そして彼らに報告書を読ませた。
「今のところノイアイゼンから申し開きは届いていません。だからこちらから使者を出します。こんな事になったら傘下に入れと言ったものの、本気で組み込む気はありません。ファラガット共和国の事も記憶に新しいので、少なくとも今のところは。ですので、誠意のある謝罪と賠償金で済ませたいと考えています。二人で協力してなんとかしてきてください」
カニンガム伯爵とクロードは嫌な表情を見せそうになったが、それが自分の仕事なのでなんとか無表情のままで耐えた。
「約束を破ったという事で、かなり強気の態度を取ってもよろしいのでしょうか?」
仕方なくカニンガム伯爵は、どこまでやっていいのかを確認する。
「取ってかまいません。さすがにこの状況で下手に出る事はできません。カニンガム大臣が厳しい態度を取る分だけ、オチキス男爵が両者を取り持つという形でフォローしてください。彼らと戦争をする気はないですし、ドワーフを奴隷化する前段階だと非難されそうな取り込みもする気はありません。最優先目標は現状維持です。そこから賠償金や飛行機を分解した者の処罰などを求める。そういう方向で進めてください」
「かしこまりました」
「全力を尽くします」
「では準備が整い次第、すぐに出発してください」
アイザックの指示を受け、二人は一礼してから廊下へ出る。
彼らは顔を見合わせた。
「オチキス男爵、なぜドワーフはこんな事を?」
「私にもわかりません。酔った勢いでやってしまったのではありませんか?」
「それで国を滅ぼしかねない愚行をすると?」
「まぁ、ドワーフですから……」
「彼らとの付き合いが長いオチキス男爵の言葉には説得力があるな。……あってほしくなかったが」
彼らもノイアイゼンを属国や属領にする手続きをしたいわけではない。
ノイアイゼンが冷静な対応をしてくれる事を願いながら出張の準備を整え始めた。







