865 三十二歳 ザーラの頼み
いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~ 3巻
2026年8月12日発売!
特典情報などは活動報告でご確認ください!
3巻はアマンダ達も登場し、リサのあの事件も発生するところです。
コミックスが少しでも長く続きますよう、ご予約をよろしくお願いいたします!
ブックウォーカー様やDMM様の電子書籍は発売日間近になればページが公開されるかと思います。
ノイアイゼンからは一週間に一度、客人がやってくる。
彼らはみんな交代で空を堪能し、後ろ髪を引かれながら帰っていく。
評議員がいる時はアイザックも同行していたが、来訪者が評議員から大商人へと変わっていくと部下任せになっていった。
遊覧飛行ツアーを人任せにするようになって三回目。
この日は、いつもと違ってアイザックとの面会が申し込まれた。
訪れたのは、どこか見覚えのある女性だった。
「確か……、ザーラ議員でしたか。二十年ほど前にノイアイゼンでお会いした事がありますよね?」
「ええ、あの時にお会いいたしました。まさかあの時の少年が、ここまで立派になられるなんて。人間の成長というのは本当に早いものですね」
彼女は評議員のザーラだった。
見覚えのある顔に懐かしさを覚えると共に、なんとなく不安もこみ上げてくる。
「今は評議員をやめておりますので、ザーラとお呼びください。今は息子に商会を任せて隠居生活を楽しんでいるところです」
隠居生活を楽しんでいるというが、遊覧飛行ツアーにはそう簡単に参加できない。
権力と金をかなり使わねばならないので、彼女の息子は多額の出費に頭を抱えているに違いない。
「それはいいですね。いつかは私も息子に皇帝の座を譲って隠居生活を楽しむ日が来るかもしれないと考えると……。まだ想像できませんね」
今のアイザックに想像できる事といえば、子供に政治を任せて妻達と観光旅行に出かけるくらいだろうか。
まだ子供達に独り立ちしてほしくないという思いもあり、なかなか想像できなかった。
「陛下はまだまだお若いからでしょう。私も若い頃は今のような暮らしをするとは思いも寄りませんでした」
二人はしばらく雑談を続けた。
話が少し落ち着いたところで、ザーラが本題を切り出した。
「お恥ずかしい話ですが、実は我が国が分裂しそうになっているのです」
「ノイアイゼンが? 政情も経済も安定していると思っていましたが」
「ええ、その理由なのですが……。言いにくいですが、陛下のせいなのです」
「私ですか?」
――お前のせいだ。
なぜかそう言われる事の多い人生だったが、ノイアイゼンに関しては何も仕掛けていないので言われる覚えがない。
アイザックは不思議そうに首をかしげる。
当然、ザーラは理由を説明し始める。
「飛行機に乗れる人数が少ないため、多額の税金を国に納めている者が選ばれるようになっています。ですが、それでは商会に有利すぎると職人達が反発を強めているのです。彼らも飛行機に乗りたい。しかしながら、金を稼ぐという点では個人の工房では不利。この格差をひっくり返そうと流血沙汰になるケースも出始めています」
「なるほど……、それは大変ですね」
テーマパークのチケットがプレミア化して、奪い合いになっていると考えればわかりやすいだろうか。
アイザックは、そんな風に考えた。
「そこで、魔力タンクの輸出を増やすので飛行機をもっと作っていただく事はできないでしょうか? できれば何機か売っていただければ、本当に助かるのですが」
彼女の提案は真っ当なものである。
それを採用する事はできる。
しかし、それは今ある機種を生産するだけで、面白味のないものでもあった。
新機種をどんどん出していければいい。
だが、それには限界があった。
より遠くへ、より速く飛ぶ。
そのために双発機なども考えていた。
しかし、その計画は頓挫している。
理由は主脚が機体の重さに耐えられないからだ。
現在の技術では単発機が限界である。
またエンジンを二つ載せる事による振動や胴体と翼の接合部にかかる負担も無視できない。
アイザックやパメラは揚力が発生する仕組みはなんとなく知っていても、航空力学と呼べるほどの知識は持っていない。
フラッタ振動やねじれ剛性などという言葉すら知らない。
現在の複葉機で各種試験を行い、学問として確立しなければならない段階なのだ。
安易に今ある機体を量産すればいいというものではない。
そもそも今は専門の整備士のたゆまぬ努力のおかげで運用できているだけで、他者に売れるほど安定した乗り物ではなかった。
だから売って欲しいと言われても、アイザックは首を縦に振る事はできなかった。
「今あるものと同じ機体を作る事は簡単です。問題は運用と整備が非常に難しいという事です。こちらとしても売って終わりというわけではなく、長くサポートをしていかねばなりません。そのサポートをするほど人員も育っていないので、お売りするのは難しいですね」
アイザックとしても、ノイアイゼンで内戦が起きるのはやめてほしかった。
彼らとは友好的な関係が続いている。
そして、これからも続けていきたいと考えていたからだ。
だから兵器への転用が可能な自動車や飛行機などの技術は教えていない。
とはいえ、それが原因で内戦になりそうならば、アイザックも少し対応を考えねばならなかった。
「では、我が国の空を飛んでいただく事はできませんか? 乗る事はできずとも、空を自由に飛ぶところを見られれば落ち着くでしょう。その時に我々の手で開発してみようと、彼らの熱意を逸らす事ができるかもしれません」
「ノイアイゼンへの派遣ですか……」
「グライダーの実験場ならば広くて整備もされているので滑走路代わりになります。整備士も揃っているので、簡単な損傷ならば修理もできます。それに修理できなくとも、分解して汽車で運搬する事もできます。一度派遣していただくだけで、内戦が防げて多くの命が助かるのです」
「うーん……」
アイザックは悩んだ。
派遣するだけならばいい。
問題は、派遣する際の約束だった。
「以前に結んだ条約があります。それは評議員だけではなく、ノイアイゼンの国民全体に適用されるものです。万が一を考えれば、今すぐ派遣するのは難しいのではないでしょうか?」
――飛行機に関する条約。
それは主に三つの要件で結ばれていた。
・飛行機を勝手に乗り回さない。
・飛行機を興味本位で分解しない。
・以上の事が守られなかった場合、ノイアイゼンはエンフィールド帝国の傘下に入る。
アイザックは飛行機の技術を大事にしていた。
これ以上の知識が出てこないというのもあって、無理矢理飛行機の知識を得ようとすればノイアイゼンという国がなくなるという条件を付けてでも守ろうとしていたのだ。
これは以前にルドルフ達に「飛行機の技術はエンフィールド帝国以外の者には教えない」と伝えていた事を追認してもらったものであり、継続的な遊覧飛行を認める条件として改めて評議会で採決を取ってもらったものだった。
「以前ならば派遣する心配はしていませんでしたが、今は違います。商人と職人の間に亀裂が入り、一触即発の状態なのでしょう? 評議会への不満から誰かが飛行機を分解、または破壊して部品を持ち出すなどの可能性も考慮しなければなりません。そうなると両国の関係が壊れてしまいます。本当にそうなってもよろしいのですか?」
「そうならないように細心の注意を払いますので問題ありません。それよりも飛行機に触れる機会を作るという事のほうが重要なのです」
ザーラは強気な態度で答えた。
その姿を見ると、彼女を信用してもいいように思えてくる。
(まぁ、さすがに飛行機に関する条約を知っていれば無茶はしないか)
「では、グライダーの実験場で働く者や、その日に訪れる者達には条約について周知徹底してください。それともう一度ノイアイゼンの評議会で、金では賠償できない問題だという事を再認識してもらい、それでもよければ飛行機を派遣する。これらの条件を守ってくださるのならば、一度派遣いたしましょう。それでどうですか?」
「わかりました。その条件で結構です。派遣に前向きになっていただけただけでも大きな収穫です。この知らせだけでも不穏分子を落ち着かせられるでしょう。ご配慮いただきありがとうございます」
頭を下げるザーラに対して、アイザックは優しい笑みを見せる。
「いえ、ノイアイゼンは友好国です。私も争いが起きてほしくないと願っています。今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
ザーラも笑みを見せた。
だがそれはアイザックとは違い、計画が上手く進んだ事に対する笑みだった。







