864 三十二歳 本当の敗北者達
「ブランドン、手を抜いているわけではないだろうな?」
「それはこっちのセリフだ。兄上のほうこそ兵を温存しているんじゃないのか?」
一度は協力しようという雰囲気になっていたアルフレッドとブランドンだったが、戦線が停滞した事によってお互いに不満が顔を出してきた。
「温存してどうする? 戦争が終われば、どうせ兵は取り上げられるんだ。残す必要がない」
「それはこっちも同じだ。ここで手柄を立てないと危険だという事はみんなわかっている。出し惜しみする必要がない」
二人は睨み合う。
やがてアルフレッドが先に折れた。
「つまり、だ。エクスモア王国軍が、それだけ手強いという事か」
「……まさか、奴らが俺達に勝てるはずがない」
「ならば、サボっている奴らがいるという事になるぞ」
「だから、それは兄上の家臣じゃないのか?」
「そう言って語気を強めるところが怪しいというのだ」
またしても険悪な空気が流れ始める。
「いつもいつも……、もうやめてください!」
止めに入ったのは、いつも通りクリフォードだった。
「そもそも家族を守るために戦っていた防衛線ではないのですよ。兵の士気は低く、戦功次第では助命されるかもしれないと必死な貴族だけが、戦意を高く保っている状態です。そんな状態でまともに戦えるはずがないでしょう。敵が手強いというのもあるかもしれないですが、こちらが弱くなっているという事も考慮してください」
彼の言葉で、アルフレッドとブランドンが気まずそうに視線を逸らす。
彼ら自身も「アイザックが助けてくれるかもしれない」という希望を少しは持って戦っていたからだ。
だが、兵士は違うという事もわかっていた。
兵士にとっては仕える相手が変わるだけだ。
褒美が期待できない敗残勢力のために命を懸ける必要はない。
命を惜しみ、勝てるはずだった戦いも勝ち切れない状況になっている。
それがわかっていても、つい「こうなったのはお前のせいだ」とお互いに責任を押し付けてしまうのだ。
「主力をファーネス侯が率いているとはいえ、これがあのアルビオン帝国軍の姿か……。みじめなものだな」
ブランドンが肩を落とす。
アルフレッドは「お前が反乱を起こしたせいだ」と言いたくなったが「お前もだろう」と言い返されるのがわかっていたので黙った。
それくらい何度も不毛な議論を繰り返してきたからだ。
「こちらは助攻程度に抑えて、ファーネス侯の支援を待つべきではありませんか?」
「それは……、正直困る」
「結果を残さないと付いてきてくれた者達に顔向けができん」
クリフォードは慎重論を唱えるが、やはり兄達は慎重論には消極的だった。
「それに我が軍の士気が低いだけじゃありません。明らかにエクスモア軍が手強くなっています。彼らも必死に抵抗をしているので進軍速度が落ちるのも仕方ありません」
「忌々しい事に時間を稼いでくるからな。どうせ援軍などこないというのに」
「いや、それは違うぞ。敵はマカリスター連合だけではない。周辺国が援軍を送ってくるという事も考えられる」
アルフレッドは第三陣営の存在を主張する。
激しい抵抗をするのは、援軍が来るかもしれないから。
今のマカリスター連合に援軍を出せる国はないので、その他の国が出してくるかもしれない。
そう考えるのが自然だったからだ。
「もしそうなら……、俺達の首はもう少し繋がるな」
「ああ、戦争が少しでも長く続いてほしいものだ」
今は戦争中なので処刑されずに済んでいる。
彼らは「みんなのためにも国土を奪い取る」と前向きな考えをしながら、後ろ向きな考えも持っていた。
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そのエクスモア王国はというと、彼らも前向きで後ろ向きな戦略を取っていた。
「アルフレッド達、アルビオンの血筋の者達に負けるわけにはいかない! コッテスモア王国を攻めているファーネス侯の部隊は、一応エンフィールド帝国軍だ。アルビオン帝国軍に降伏するよりはマシな扱いを受けるだろう。聖アイザックを信じろ!」
彼らは長年アルビオン帝国と戦ってきた。
その勇猛さだけではなく、残虐さもよく知っている。
だからアルビオン家のアルフレッド達に負けるわけにはいかないと、必死に防衛戦を戦っていたのだ。
――いわばアルビオン帝国は項羽であり、アイザックは劉邦だった。
捕虜を虐殺してきた項羽は必死の抵抗をされ、捕虜を丁重に扱っているので降伏しやすい劉邦には敵軍の抵抗が少なかった。
この違いは大きい。
だからアルフレッド達反乱軍残党には全力で抗戦を命じていたのだ。
それに彼らは自国だけあって、国土をよくわかっていた。
「エンフィールド帝国では街道の整備が行われているらしいが、我が国はそこまで力を入れていない。主要街道とはいえ大軍を展開するのには不向きだ。各地に点在する敵軍を各個撃破する。決戦は絶対に行うな!」
エクスモア王国の残存兵力は二万ほど。
一万五千を前線の足止めに使い、残る五千を遊撃隊として活用していた。
アルフレッド達のほうが数が多いので正面切って戦えば損害も増えるが、五千対千の戦いを何度も繰り返す事で、局地的な数的優位を維持して着実に数を減らしていった。
時間のかかる戦い方だが、それでかまわない。
一番やってはいけない事は、アルフレッド達に降伏する事である。
コッテスモア王国を攻め落としたファーネス侯爵の軍が王都に攻め込んできたとしても、それはそれでいいのだ。
時間がかかるのは望むところだ。
――話の通じる相手に降伏したい。
その目的を達成しやすくなるのだから望むところである。
「今では占領地を返すから講和してくれといっても受け入れてくれんだろうな」
「ええ、すでに反乱軍残党に取り返されました。国の半分と申し出ても無理でしょう」
「圧倒的有利だったはずなのに、どうしてこうなった……」
「バークレイ王国とサウスウォルド王国が兵を退くとは……、完全に想定外でした」
「せっかく取り返した旧領をなぜ手放すと決断できたのか。そもそも決断したのなら、こちらに伝えてくれてもよかっただろうに」
さっさと兵を退いた裏切り者達を恨む。
しかし、決断を下したのは自分達であるので逆恨みでしかない。
だが「彼らが裏切らなければ」と考えずにはいられなかった。
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前線から遠く離れた後方も安全でゆっくりしていられるというわけではない。
アルビオン地方北西部にも、支援物資などが大量に送り込まれている。
その物資を、さらに前線へと送り込む手続きだけでも膨大な量になっていた。
当然、読み書きや計算ができる者を遊ばせている余裕はない。
すべての人員が、戦争や内政に動員されていた。
――エメライン・アルビオンもその一人である。
彼女は血筋によって代官として領都に滞在していたが、お飾りでいられたのは短い間だけだった。
大量の物資を運ぶだけでも人手不足となった。
そもそも地方の田舎なのだ。
各地から落ち延びてきたとはいえ、大軍を維持する物資を運用できるだけの官僚や労働者が不足している。
皇族として高度な教育を受けてきた彼女も遊んでいられる状況ではなくなったのだ。
このような状況になった事で、彼女は天を睨む。
(神様、私が何をしたというのですか?)
そもそも、彼女は後宮にいた。
アルフレッドがブランドンと手を組み、ヴィンセントと戦うという状況になったから、兄達の仲を取り持とうと前線へ向かった。
そこでアルフレッドがブランドンを裏切り、フィッシュバーン侯爵までもアルフレッドを裏切ったせいで帝都に戻れなくなった。
仕方なくアルフレッドに同行するようになったものの、なんだかんだで北西部にまで落ち延びる事になった。
積極的に反乱に参加したわけでもないのに、気が付けば反乱軍の一員と目されて追われる立場になり、今では書類仕事に追われる事になった。
(私の青春は戦争によって乱されたまま。このまま結婚もせずに人生を終わりたくない!)
彼女はアイザックに婚姻を断られてからは「戦場で功績を立てた家の跡継ぎと結婚させる」と功労者の褒美にされてしまったため、今でも婚約者がいない。
手柄を立てた者どころか、戦争が終わる気配もなかったからだ。
しかもアルフレッドに同行したため、婚約の話どころではない。
今では二十四歳になり、さらに「反乱に参加しているかもしれない反逆者っぽい元皇女」というレッテルのせいで良縁に恵まれるのは絶望的である。
自発的に反乱を起こしたアルフレッド達はともかく、内戦を仲介しようとしていた彼女まで不幸な目に遭わせていた。
本当の敗北者達は、未来に希望を持つ事すらできなかった。







