863 三十二歳 敗北者達
マカリスター連合との戦争は比較的順調に進んでいた。
しかし、アイザックの基準で順調といえるのはウォリック公爵が率いる本隊のみである。
旧アルビオン帝国軍や、反乱軍残党は違った。
「連携ができず、単独での抵抗となると、これほどまでに脆いものか」
コッテスモア王国を攻める旧アルビオン帝国軍を率いるファーネス侯爵は、抵抗の弱さに驚いた。
これまではどこかを攻めれば、他の国が側面を突いてくるなど、連携を取って抵抗してきていた。
だが今はない。
各国が同時に攻め込まれているため、他国を支援する余裕などないのだ。
目の前の敵に集中すればいいだけなので、以前と比べるまでもなく戦いやすかった。
軍議に参加している諸将も余裕のある顔をしていた。
「閣下、この調子ならばあと一年で陥落させられそうですな。しかしながら、その後が問題です」
バーラム将軍が深刻な表情を見せながら懸念があると言い出した。
「なんだ?」
「もしエンフィールド帝国軍でも、それなりの地位を与えられたとしましょう。エンフィールド帝国軍の、あの新兵器を使った戦術が思い浮かびますか?」
「いくつかは……。もっとも、エンフィールド帝国軍ならすでに思いついているかもしれんがな」
「それです。おそらく私達ではあの新兵器を使いこなせないでしょう。そうなると将軍の地位に就くのも危ない。そう思われませんか?」
「それは……」
ファーネス侯爵は即答できなかった。
彼らの常識では「敗北=処刑」である。
新兵器を与えられておきながら上手く活用できずに負けるような事があれば、本人だけではなく一族にも累が及ぶかもしれない。
エンフィールド帝国の将軍として、正規軍を率いる自信があるかと問われれば正直なところないと答えるしかない。
「だから、今、勝つ! それもアイザック陛下が文句を付けられないほど圧倒的に! そうする事で領地を安堵してもらい、統治に専念するといって引退する。それが我らが生き残る唯一の道だと思われませんか?」
バーラム将軍は長年戦場で戦い続けた勇将である。
そんな彼が後ろ向きの考えになっている。
ファーネス侯爵は彼の気持ちがわかった。
エンフィールド帝国軍は新兵器の他、エルフまでも活用している。
従来の定石では運用できないだろう。
大きな失敗をする前に勝ち逃げするべきだというバーラム将軍の発言も一理あった。
「……バーラム将軍の意見はもっともだ。名将は引き際をわきまえるものだ。軍の一線から引いてエンフィールド帝国貴族として生き残り、家名を存続させるべきだろうな」
「本来ならば、エンフィールド帝国との戦いに負けて失われていたはずの命。あとは一族のために大事に使いましょう」
「余生を考える時がきたというわけだな」
「ええ、まだ若い連中はともかく、我々は第一線を退いても不思議ではないでしょう。最後に有終の美を飾り、陛下に良い印象を残して引退するのが最善の道だと考えています」
「それも悪くはないな。時代に取り残された年寄りは去ったほうが皆のためだ」
ファーネス侯爵もバーラム将軍も、長年戦ってきたという誇りがある。
それを打ち砕かれる前に引退し、領地に籠るのが名前を残すのにいい方法だと考え始める。
「それは違います!」
末席に座っていた一人の指揮官が声をあげる。
それはジャスティン・マーロウ男爵だった。
アルビオン帝国軍の戦い方を学ぶために派遣された、エンフィールド帝国軍の士官の一人である。
「アイザック陛下は新兵器を運用する方法を教えてくださいます。専門の指揮官も配属されるので、意見を無視する事もありません。そしてなによりも――」
彼は自信に満ちた表情で周囲を見回す。
「騎士が必要とされる時代は続きます! ですから閣下も必要とされ続けます!」
――根拠のない妄言。
新兵器の力を見てきた者達には、そう受け取られていた。
「補足させていただきますと」
ジャスティンと共に派遣されていたジョンソン・コナーがおずおずと立ち上がる。
「新兵器。特に銃と呼ばれる兵士用の武器は金がかかるそうです。剣や槍ならば木製の棒で訓練できますが、銃は火薬というものを使います。訓練するだけでも弓兵よりも多くの金と物資が必要だと聞いています。そして兵站の負担です。弓矢のような消耗品よりも重く、現地で調達しにくい物資を大量に使います。すべての兵に銃や大砲を行き渡らせるのは、金があってもかなり難しいでしょう」
「つまり、すべての兵に銃を持たせるには補給が持たない。だから従来の歩兵や騎兵も数合わせに必要とされると?」
「その通りです。それに敵軍は新兵器群を持たないので、従来の兵士も十分に脅威となります。銃が全軍に行き渡るには……、おそらく二十年や三十年といった時間がかかるでしょう。失礼ながら率直に申し上げますと、閣下が戦場におられる間は引退を考える必要はないかと思われます」
ジョンソンの率直な意見に面食らったものの、ファーネス侯爵は少し心が軽くなったような気がした。
「では、まだまだ私達に戦えと?」
「はい。指揮官としてでもかまいませんし、誰か経験を積ませたい後進の補佐としてでもかまいません。急激に国が広がっているので、優秀な人材はいくらいても困りません。アイザック陛下は経験豊富な人材を求められております。ファラガット共和国の平民出身の私にすら王宮で働かないかと誘ってくださったくらいです。皆様ならば、より強く求められると思いますよ」
ジョンソンもまさか「経歴と名前の雰囲気だけ」で誘われただけとは気づくはずもなかった。
何か自分に光るものがあると見出されたと信じていた。
だが彼の自己評価は低い。
だからこそアルビオン帝国の武官だった彼らこそ、本当に誘われるべき人材だという気持ちを強く持っていた。
そんな彼の態度が、ファーネス侯爵らの心を動かす。
「ですから功を焦らず、地道に行くべきです。陛下は結果を催促するタイプではありません。派手な大勝利よりも、被害の少ない地味な戦いを最上の結果と考えられるお方です。負けても処刑はされないでしょうし、アルビオン帝国時代からの変化を知らしめるためにも、元々元帥や将軍だった皆様が率先して周囲に示されるのがよろしいかと思います」
「ヴィンセント陛下の時代とは違う事を、まずは私達が理解し証明しろというわけか。バーラム将軍、彼の意見をどう思う?」
「……おそらく正しいでしょう」
自分の意見が間違いだったと認めるのは難しい。
それも経験を積んできた者ほど、若者に指摘されて考えを曲げるのももっと難しい。
しかし、バーラム将軍は認めた。
一本気な者はアルビオン帝国では生きにくい。
間違いを認め、方向を修正する柔軟性を持つからこそ、これまでアルビオン帝国で生きてこられたのだ。
「上に立つ者が功を立てて逃げ出す事を考えていては下の者が困ります。失敗を恐れなくともいい環境ならばなおさらです。むしろ、功を立てて引退するほうが腰抜けだと名を汚す事になりかねません。ならば我らの背中で後輩に道を示してやるのもよろしいかと」
「そうだな。もうヴィンセント陛下の時代ではない。アイザック陛下がどのようなお方なのかを、我らの身で知らしめるのも大事だろう。勝ち逃げではなく、もう少し頑張るとしようか」
時代の変化についていくのは難しい。
ジョンソンの指摘により、ファーネス侯爵達はそれに気づく事ができた。
彼はその礼をしなければならない。
「たしかコナー卿だったか」
「あ、いえ。私はただのコナーです。家名はありますが、貴族の傍系でもなんでもありませんので」
ジョンソンは卿と呼ばれるのを否定した。
当主は爵位で、爵位を持たぬ貴族は卿呼びをされるが、彼は家名はあってもただの平民だったからだ。
下手に卿付きで呼ばせれば、貴族を騙った罪で処罰されるかもしれない。
だから即座に否定しなければならなかった。
指摘されても、ファーネス侯爵は特に気にしなかった。
「そうか、コナー。貴公は、この場での発言権を持っていない。そうだな?」
「……はい」
「だが必要とあれば進言する度胸がある。その度胸を評価しよう。今後は本陣に同行せよ」
「はい?」
――恐怖から疑問。
同じ返事でも、その意味合いは大きく異なっていた。
「なぜでしょうか?」
「私達は後進を育てねばならぬのだろう? ならば、アイザック陛下に乞われたその才能を育ててやろう」
「いえ、私は宮廷画家として誘われましたので……」
「ハッハッハッ、アイザック陛下はあまり芸術に興味がないという噂は聞いている。その陛下がただの宮廷画家を直接誘うわけあるまい。敗戦国の者同士、遠慮せず経験を積んでいけ」
「いえ、あの……。ありがとうございます」
ここで強く断れば角が立つ。
今後どうするか困惑しながらも、渋々お礼を言う事にした。
――アイザックが恐れた男ジョンソン・コナー。
彼は敗戦国出身という共通点により、アルビオン帝国軍元帥だった男から教えを受けるチャンスを得た。
本来ならば喜ぶべきところだったが、被っているベレー帽がずれ落ちたのが彼の心情を現していた。







