841 三十二歳 兵器工場の見学会
アイザックはジークハルトの他に、ヴィンセント達も連れてエンフィールド工廠へと向かった。
ジークハルトを始めとするドワーフ達には飛行機を見せて期待させるため。
ヴィンセント達には戦車を見せて心を折るためだ。
(秘密研究所なのに、なんだかんだで部外者に見学させる事が多い気がする)
アイザックはそう思うが、この研究所兼工場を見せる事で簡単に技術力の差を思い知らせる事ができるのだ。
戦わずして勝つのが最上の勝利だと孫子も言っている。
利用しない手はない。
アルビオン帝国皇帝のヴィンセントの心を折れば折るほど、楽に他の国も降伏させる事ができるのだから。
まずアイザックは戦車のところへと連れていった。
「ヴィンセント陛下はご存じでしょう?」
「ああ、シーン男爵に見せてもらった」
「では他の客人への説明を中心にさせていただきます。これは従来の戦車とは違い、馬を必要とせずに自走する馬車のようなものです」
「馬を使わずに!?」
驚いたのはオーランド伯爵や、ヴィンセントに同行している武官達だけだった。
実物を見た事のあるヴィンセントはもとより、ジークハルト達も驚かなかった。
彼らはすでに機関車という馬を使わない乗り物の事を知っていたからだ。
ただ驚きこそしなかったが「動力をあそこまで小型化するのをどうやったのだろう?」とは不思議に思っていた。
「では実際に動くところを見せましょう」
アイザックは手ぶりで移動するように指示を出す。
戦車は動き出し、100メートルほど進み、そこでUターンして戻ってくる。
すると、ジークハルト達が戦車に群がった。
「凄い! 蒸気機関と違って静かだったぞ!」
「しかも振動も少ないように見えた!」
「なんだ、これは? 鉄板か?」
「やけに分厚いな。これで動くのか」
彼らは装甲板をバンバン叩きながら、興味深そうに至近距離で眺めている。
その光景を見たアイザックは「まるで生存者の乗る車に群がるゾンビみたいだな」という感想を持った。
「戦車の動力は魔力です。蒸気機関とは違って、そこまで重くないという利点があります。軽量で小型化もしやすいため、馬車サイズの乗り物にも採用できます」
「これがあの電気で動くモーターというものなんだね! 噂には聞いていたけど、こんなに重そうな馬車を動かせるなんて凄いじゃないか!」
「ドワーフの協力あってのものだよ。魔力タンクが重要だからね」
「馬のいらない馬車の作り方はいくらだい?」
「それは……、これからどの程度の価値を付けるかを話し合わないとね」
「さすがにあっさりとはくれないか」
アイザックとジークハルトの会話を見て、ヴィンセントは驚いていた。
あのアイザック相手に友人のように話している。
それ自体は付き合いの長さがあると考えれば理解できる。
だが、人間とドワーフという種族の垣根を越えて友情を育んでいる。
その事に驚いていたのだ。
(あのブリジットというエルフの娘も本気で嫉妬しているようだった。交流を再開させられたのは、ただの利害関係によるものではなく、異種族を惹きつける魅力があるのだろうな。この関係に割って入ったり、壊すのは容易ではないだろう)
ジークハルトに関しては新技術という利益が八割方占めているが、残り二割はアイザックを気に入っているという感情によるものだ。
種族の違いによって理由は異なるが、アイザックに魅力を感じているという点に関しては、ヴィンセントの見立てもそう間違ってはいない。
とはいえ、ただ指を咥えて見ているわけにはいかなかった。
「ジークハルト殿はアイザック陛下と昵懇の仲のようだ。私達もドワーフの方々と仲良くなれるのかな?」
ドワーフと接触すれば、アイザックに叛意ありと見抜かれるかもしれない。
だが、エルフやドワーフと仲良くするのは、エンフィールド帝国の国是である。
これくらいならば指摘のしようがないはずだ。
彼は安全圏を保ちながら慎重にドワーフと接触を図る。
「できますよ」
「では――」
拍子抜けしてしまうほど、あっさりと肯定する返事が返ってきた。
「アイザック陛下のように新しい技術を教えていただければ簡単です。アルビオン帝国には、どのような珍しい技術があるのでしょうか?」
「それは……、難しいかもしれん」
ヴィンセントでも言葉が詰まってしまうほど、難しい問題をぶつけられてしまった。
アルビオン帝国にも技術はあるが、ドワーフの興味を惹きつけられるかどうかはわからない。
少なくとも、アイザックが考えたものと比べれば足元にも及ばない。
(そうか、だから大陸各地から錬金術師を集めていたのか! 怪しげな研究をしている鼻つまみ者だが、ドワーフ相手に交渉するなら一つでも切れるカードが多いほうがいい。奴らを集めただけではない。交渉の材料をかき集めていたというわけか)
近隣住民から鼻つまみ者として扱われている錬金術師。
時には魔女狩りの対象にもなる彼らをエンフィールド帝国は好待遇で招聘していた。
その理由がわかり、ヴィンセントは合点がいく。
「では仕方ありませんね。ですが近いうちにエンフィールド帝国の一員になると伺っているので友好的な関係は築けるでしょう」
「ならば、そうなる時を楽しみにしておこう」
ヴィンセントは深追いしなかった。
アイザックが彼を見ているからだ。
(あわよくばアルビオン帝国の再興を狙っていると思われるのはいい。誰だってそれを考える。ダメなのは私の代ですぐに実行しようと考えていると思われる事だ。アイザックが生きている間は従順に従わねばすぐに潰されかねないからな)
(子供みたいに喜んで車に張り付くような奴らと、よく仲良くしようと思えたな。ジークハルトはまだ若く見えるけど、他は髭面のいい歳したオッサンばっかりだっていうのに。普通、少しは引くだろ)
ヴィンセントが「なんでもない」と言わんばかりに微笑むと、アイザックも微笑み返した。
「では、この戦車の最大の武器を見せましょうか」
アイザックは話を進める。
戦車の射撃や走行の利点を教えていった。
「火薬をこんな風に使うとはなぁ」
「音はうるさいが、狩りに使えるかもしれん」
彼らは銃器にも興味を示した。
それ以上に興味を持っていたのは、やはり武官達だった。
弓矢の進化版ともいえる銃器は興味深いものである。
「スラットリー地方で使われたアイザックのオルガン――あっ、失礼いたしました。奇妙な音を出して飛んでくる火の矢はどのようなものなのでしょうか?」
「アイザックのオルガン?」
オーランド伯爵が質問をすると、アイザックが首をかしげる。
だが「音を出して飛んでくる火の矢」という説明には心当たりがあった。
「ああ、ロケット砲ですか。あれは銃を大きくして威力を高めた大砲というものとは異なる、一つの進化系です。ロケット砲は着弾地点に多くの鉄片をまき散らして大勢を負傷させるという、面制圧用の兵器ですね。それがどうかしましたか?」
「私はブランドン殿下のもとで戦っていました。あのロケット砲の威力を見て兵士の士気が失われました。撤退の命令すら聞かず、再起を期すためにやむなく近くにいた貴族や供回りだけを連れて撤退するしかありませんでした。本当に恐ろしい攻撃でした」
「なるほど、一部が降伏勧告に従わずに撤退したと聞いてはいましたが、あれがオーランド伯達だったのですか。戦闘意欲の高い指揮官に逃げられたため、ブランドン派にはしぶとく抵抗されてしまいましたね」
「その節は申し訳なく思っております」
話がオーランド伯爵が撤退した事になったため、彼は安堵する。
「それで、アイザックのオルガンとは? 誰が名付けたのですか?」
しかし、アイザックは詳しく聞いてほしくなかった話題へと戻す。
オーランド伯爵は困った。
だが、相手はアイザックだ。
適当に誤魔化してもいつかはバレるだろう。
観念して正直に話す事にした。
「誰が言い出したのかはわかりませんが……。アイザック陛下が名作曲家だという噂は我が国でも有名でした。そのロケット砲、というものがオルガンの音色のようだったので、アイザック陛下の死を振りまく演奏という事から名付けられたようです」
「なるほど……。へたくそな演奏で死を振りまくと思われて名付けられるよりかはマシかもしれませんね」
アイザックは肩をすくめて見せた。
だが、それだけだ。
変な異名を言ったオーランド伯爵を責めたりはしなかった。
「では、次世代の戦車。その試作品をお見せしましょう」
アイザックは近く掘られた塹壕のところまで案内する。
塹壕の横にはショベルのないユンボのようなものが鎮座していた。
「先ほど見せた戦車は馬車に装甲板を張っただけのようなもの。だから塹壕を乗り越えられませんでした。これはその弱点を解消したものです。ではやってくれ」
アイザックが指示を出す。
こちらはタイヤではなく無限軌道を採用した装軌車両だ。
履帯が動き出し、塹壕の中に車体の前方が入る。
落ちたように見えた車両に多くの者が「馬車が穴から抜け出せるはずがない」と思っていた。
しかし、装軌車両は自力で塹壕を抜け出した。
もう一つある幅の小さな塹壕などは、落ちる事なくそのまま上を通過する。
「あ、あっ……」
一人の武官が頭を抱えて腰を抜かす。
わかる者にはわかるほど、効果絶大なデモンストレーションだった。
「一目でわかった方もおられるようですね。これは塹壕を掘られてもそのまま通り抜けられます。塹壕の中に籠る兵士を踏みつぶしながらね」
アイザックの説明で、モヤモヤした不快感の理由をヴィンセント達も理解できた。
――敵軍の攻撃を弾き返しながら塹壕を踏み潰して乗り越えていく鉄の塊。
この装軌車両一つでアルビオン帝国軍の従来の戦いをひっくり返される。
騎兵やチャリオットといった従来の機動戦力は塹壕に近付けても突破はできなかったので脅威ではなかった。
だが、この装軌車両には塹壕を無効化される。
常識破りどころではない技術の進化である。
「ここまで対応が早いとは私も思わなかった。だがそれだけに、私が早々に降伏を決めた価値が出てくるのではないかな?」
「そうですね。もしこの装軌車両が完成して前線へ大量投入する段階になっていれば、降伏など認めずにアルビオン家を滅ぼしていたでしょう。価値があるうちに降伏を決断されたので、アルビオン家は存続できるのですよ。ヴィンセント陛下の英断です」
アイザックとしても彼の決断を否定する理由はないので、家臣達の前で褒めてやった。
「では次に飛行機のところへご案内します。これが一番の目玉ですからね」
そして、次へ行こうとうながす。
これは履帯の耐久性が低いので、もう少し見たいと言われると困るからだ。
まだまだ未完成品であるため、何度も塹壕を乗り越えると壊れてしまう。
完成しているかのように見せて、脅しの道具として利用しているだけだ。
詳しく観察されるわけにはいかなかった。
飛行場に到着すると、ジークハルト達だけではなく、ヴィンセントも足早で飛行機へ歩み寄る。
「あれで我が国に毒ガスを撒くつもりだったのであろう? あんなに大きな物が本当に空を飛ぶのか?」
「大きなものでも飛ぶというのはグライダーで証明済みです。でも地上からどう飛び上がるのかは気になるところですね」
ヴィンセントもジークハルトも、飛行機に興味津々である。
彼らの姿を見て、アイザックは「ああ、興味のあるものに対しては童心に戻るんだな。似た者同士か」と、先ほどのヴィンセントの行動に納得していた。







