840 三十二歳 ジークハルトの訪問
(まったく、酷い目に遭った……)
あのあと、アイザックは別室で妻達から責められた。
竜の鱗で作られた彫像のような貴重品を、あのタイミングで渡されれば誰だって誤解してしまう。
バレンタインデーの元になった、竜殺しの騎士の話を連想するプレゼントだからだ。
アイザックが女性を褒美としてもらうという物扱いをしたくなかったという考えに理解は示してくれていた。
だが、あまりにも期待が大きかったので、真実を知った時にそれだけ大きくガッカリした事も理解してほしいと言われる。
これにはアイザックも反省した。
当時の彼女達の事を考えれば「ちょっと奮発したお土産」では済まないという事を失念していた。
しかも、あの時は女性にハンカチを渡される事の意味を忘れてしまっていて、エリアスへ報告する時に気づく事になった。
その場をしのぐのに精いっぱいで、竜の鱗で作られたお土産がどう受け取られるかなど考える余裕はなかった。
あの時の不発弾が今になって爆発する事になってしまったのだ。
この話題を掘り返したブリジットを恨みはするが、放置し続けた自分も悪い。
誰かを逆恨みできる問題ではないので、ただ反省するしかなかった。
(他にもあったら早めに対処しておかないと。でも、どこから手を付ければいいのやら……)
「あれが悪い」と言われそうな心覚えはたくさんある。
あまりにも多すぎてどこから手を付ければいいかわからなくなっていた。
(まぁ、一つずつやっていけば大丈夫だろう。いきなりなんとかしようとしてもボロが出るだけだしな)
だからこそ、アイザックは焦らなかった。
慌ててその場しのぎを続けてきた結果が今の状況だ。
これからは落ち着いて対応していかなければならない。
そう考えたからだ。
それにいつまでも過去を振り返ってくよくよしていられない。
未来へ向かい、進んでいくしかないのだから。
そこでアイザックは数多くいる貴族達よりも重要な人物と面会する事にした。
――ジークハルトである。
彼は呼び出しに応じて、部下を十人ほど連れてやってきた。
「このたびの戦勝、心よりお慶び申し上げます」
「ありがとう。ドワーフの技術者のおかげだ。こちらも感謝している」
「ありがとうございます」
「では、昔のように語り合うとしようか。技術の絡む話はそのほうがやりやすい」
「かしこまりました。では遠慮なく」
ジークハルトは早速地図を広げた。
旧リード王国とノイアイゼンが記されたものだ。
「今のところ、ノイアイゼンからウェルロッド。ウェルロッドからティリーヒルと、帝都グレーターウィルまでの路線が完成しています。これにより、その気になれば、ここ帝都とノイアイゼンを一日で移動できます」
「一日で!?」
同席していた者達が驚く。
特にウェルロッドまでの距離をよく知っているモーガン達の驚きは大きかった。
「ただ、その気になればだよね。カーブで速度を出し過ぎて脱線する恐れもある。安全を考えるのならば、ウェルロッドまで一日と考えたほうがいいんじゃないか?」
「さすがは陛下。言うまでもありませんでしたか」
ジークハルトは肩をすくめて見せた。
そして、他の出席者にわかりやすいように説明を始める。
「馬車も坂道を走りながら曲がれば横転しそうになるでしょう? 機関車は馬車よりも速いため、平地でも車体が倒れそうになります。曲がり道のところでは速度を落とすなどしなければなりません。それに一日で着くかもしれないというだけで、それに意味はありませんから」
ジークハルトがアイザックに視線を投げかける。
アイザックに理由を説明してみろという挑戦状だろう。
遠慮なく話そうと言った手前、アイザックは仕方なしに口を開く。
「緊急の連絡が必要ならばともかく、そうでないならば積み荷を空にして動かすのはもったいない。それに機関車は十五両が動いているため、線路上では追い越す事ができない。なのですべての車両を空にして動かすか、どこかに待機させておかねばそんな速度は出せない。というところかな?」
「おっしゃる通りです。理論上は可能というだけで特にやる意味がない。機関車の性能向上により、もっと安定して速度を出せるようになるまではやる必要がないでしょう。もちろん、陛下が望まれるのであれば話は変わってきますが」
ジークハルトは「興味があるんだろう?」という挑戦的な表情を見せる。
「では頼むとしようかな」
アイザックは彼の誘いにあっさり乗った。
実際、機関車には興味があったので悪くはない話だ。
「春頃にウェルロッドへ直行する列車を貸し切りたい。……子供達にノイアイゼンやフランドル侯爵領を観光させるのもいいか。うーん……。いや、まずはウェルロッドまででいいか。鉄道が開通したのなら、ノイアイゼンに行くのも楽になったはずだからね」
「ウェルロッドまでなら各駅に停車しても二日ほどですので、直行便なら早朝出て夕方に着く、という感じでしょうか」
「たった二日だと!」
これにはモーガンが驚きの声をあげる。
街道が整備される前は片道二週間ほどかかっていた距離だ。
整備後も十日以上はかかっていた。
それが客や荷物を降ろしながらで二日。
止まらずに直行すれば半日で行けるというのだ。
その速さに驚かずにはいられなかった。
「事実です。私も鉄道を使って二日で王都に来ましたので」
「本当、なのか……」
「本当です。音はうるさいですが、揺れは馬車くらいでしたので乗り心地はそこまで悪くはありませんでした」
これに答えたのはランドルフだった。
帝都に滞在して半隠居状態だったモーガンとは違い、領主代理を務める彼は鉄道を利用した事がある。
その彼の言葉には説得力があった。
「陛下、次はどこに新しい線路を作る予定なのですか?」
今の話を聞いて、ウィンザー公爵が食いついてきた。
馬車の何倍もの速度で領地を行き来できるのは魅力的だ。
かつて街道の整備をどこから始めるかで揉めた事があるが、今回はそれどころではない。
もっと優先度が高い乗り物だ。
話に割り込む形になろうとも、自分の存在をアピールしてウィンザー公爵領への敷設を優先してもらいたかった。
「フフフッ」
ウィンザー公爵を始め、目の色を変えた者達を見てジークハルトが笑う。
ただ小さく笑うだけで彼は耳目を集めた。
「アイザック陛下ならば、次はどこまで延線するかを考えておられるはずです。そうでしょう?」
「フフッ」
アイザックもジークハルトに合わせて笑った。
(考えているはずないだろう! 帰国してから帝都の駅や操車場が完成したって聞いたばっかりなのに!)
――答えを考えるまでの時間を作るために。
ウィンザー公爵家は、アイザックがパメラを手に入れるために王家を陥れた企みを知っているので無下にはできない。
だが、線路を西へ伸ばして前線への物資の輸送を楽にしたいという考えもある。
複数の路線を同時に敷設して、どこも中途半端だという状況は避けなければならない。
限られた資源と資金を、どこへ集中的に投入するのかが重要だった。
しかも、ジークハルトが想定している場所を答えねばならない。
もしくは、彼が納得する理由を説明できる場所を選ばなければならなかった。
(まったく、無茶を言いやがる。お前の考えなんて知るかよ……)
困ったアイザックは前世でプレイしたゲーム基準で考える事にした。
「私はウォリック公爵領へ優先的に線路を敷設するべきだと考えています。ノイアイゼンへの輸出用鉱石を運搬しやすくするためと、鉄道を敷設するための資源を運び出しやすくするために。ウォリック公爵領でレールに加工して、それを鉄道で運搬するのが効率がいいかもしれない。ロックウェル地方でもいいけど、距離があるからまずはウォリック公爵領というのが私の考えだ」
シミュレーションゲームでは、資源を確保して必要な場所へ運ぶのが重要だった。
だから、線路を先にウォリック公爵領へ繋ぐべきだと考えた。
ジークハルトはニッと笑みを見せ、ウィンザー公爵達は納得したのか、渋々引き下がるといった表情を見せていた。
「ウィンザー公爵領に鉄道を作っても経済的には十分な利益が出るはず。でもそれより鉱山のある地域に敷いて、鉄道の敷設速度を向上させる。貴族間のパワーバランスを考えてもっと悩むかと思ったけど、さすがはアイザック陛下。最も効率良く、結果的に最短で鉄道を普及させる方法を考えておられたとは」
「君も考えていたんだろう?」
「ええ、鉱山のあるフィッツジェラルド侯爵領などの近くを通りつつ、ウォリック公爵領の鉱山地域へと延線していく。これが最も効率のいい方法だと考えていました。次にロックウェル地方かと考えていましたが、今はアーク王国などの資源も利用できますからね。東と西、もしくは他か。次はどこにするかも考えておいていただきたいですね。そのほうが行動に移りやすいので」
(ジークハルトもドワーフだ。とりあえず鉄を優先しておけば問題ないと考えて正解だったようだな。次は……、どうしよう)
「鉄道が繋がれば資源の生産量も増やしていく事になるだろう。その時の生産量で考えていくとしよう」
ここでウィンザー公爵の面子を考えて「次はウィンザー公爵領に」と言ってしまうと、他の場所に鉄道を作りにくい。
できればアーク王国からアルビオン帝国へと続く鉄道を優先したいと考えているので、アイザックは下手に答えず、慎重な姿勢を見せた。
すると、ジークハルトがクスクスと笑う。
「どうかしたのか?」
「いや、さすがは発案者だと思ってね。鉄道や機関車が完成したと聞いたら、すぐ見学へ行きたいと言い出すと思っていたよ。それなのにまったく動じる様子がない。研究開発中のものを知っている僕でも完成したと聞いたら飛んで見に行ったのに」
「ああ、そういう事か」
今度はアイザックが苦笑する。
機関車自体はアイザックとしても珍しいものだが、電車を知っているので鉄道はそこまで珍しい乗り物ではない。
だから余裕があったのだが、それを説明するわけにはいかないので、違う理由を話す事にした。
「こちらも自動車などを開発しているからね。それに空を飛べる飛行機もある。文字通りどこへでも飛んで見に行けるものだ。機関車にも負けないものを作っているという自信がそうさせているのだろう。……今度、客人を連れて見学ツアーを行う予定だ。一緒に見に行くかい?」
「もちろん! 噂には聞いていたものの、まだ実物を見ていないからね。やっぱりアイザック陛下は素晴らしい! ずっと僕を楽しませてくれる! いつも驚かされる新技術の数々。たとえ他のドワーフが敵に回る事になろうとも、僕は陛下の味方であり続けると約束できる」
「ハハハッ、ありがとう。頼もしい言葉だ」
「だから銀行だとか郵便事業にも投資させてもらうよ。失敗したら共倒れになるかもしれない規模の投資になるけど、きっと陛下なら成功させると信じてるからね」
「投資は助かるよ。今は戦争中で予算の都合が難しいからね」
そう答えながら、アイザックは思い出していた。
(そういえば、ファラガット共和国の首脳部に色々やらせてたっけ。戦争で本格始動させる余裕がなかったけど、進展は確認しておいていい頃合いだな。帰国したばかりだけど、様々な書類を確認しないといけないな)
――銀行に郵便、住所の登録。
新兵器に比べれば地味な仕事ではあるが、帝国の安定や発展には必要なものである。
元ファラガット共和国首脳部にやらせている仕事も、そろそろ確認しておかねばならない時期となっていた。







