838 三十二歳 おせっかい
現状を考慮してヴィンセントは条件をある程度受け入れていたが、デイビットのほうは不服そうな顔をしていた。
皇太孫という立場もあり、帝都スタリオンを含む領地を継承できない事が確定したのが不満なのだろう。
だが、あの圧倒的強者であったヴィンセントですら現状を受け入れる選択をしたのだ。
彼も今は不平をこぼす時期ではないと理解していたので黙っていたが、あとで祖父から事情を詳しく説明してもらおうと考えていた。
彼らの交渉は、この一度で終わりではない。
今後も話し合いを続けていく事になる。
いずれ好機が巡ってくるだろうという期待して、デイビットは大人しく引き下がった。
彼らとの話し合いはひとまずの終わりを迎え、退出する事となった。
だが彼らはそのまま迎賓館に戻ったりはしなかった。
「次はオーランド伯を呼び出すのだろう? 彼らが待っている場所へ案内してもらおうか」
ヴィンセントは先導する侍従に声をかける。
その提案は侍従を困らせた。
「他の客人にお会いさせるわけには……」
「問題ない。オーランド伯とは旧知の仲だ。それに一言アドバイスするだけだ。心配なら同席してもかまわん。喧嘩を売りに行くわけではないから心配するな」
「そういう事であればご案内いたします。ただし、見聞きした内容はすべてアイザック陛下に報告いたしますがよろしいですね?」
「かまわん。アイザック陛下に聞かれて困る話ではないからな」
ヴィンセントがそこまで言うのなら、これ以上強く断る理由もなかった。
一人が先にヴィンセントの訪問を知らせに、オーランド伯爵が待っている控室に小走りで向かう。
残った彼らはゆっくりとした足取りで目的地へと歩いていった。
彼らが到着すると、先に着いていた侍従が改めてヴィンセント達の到着を知らせる。
ヴィンセントが部屋に入ると、オーランド伯爵と息子のウォーレスは立ち上がって出迎える。
この時、オーランド伯爵は内心悔しがっていた。
(すでにどうしようもないほど深く上下関係が刻み込まれてしまっているか……)
エンフィールド帝国に降伏しても、アルビオン家は公爵。
オーランド家は侯爵になるため、上下関係は同じままである。
それでも侵略された国の元王家として、彼にも思うところがあった。
「私にご用があるとか?」
「そうだ。一つアドバイスをしておこうと思ってな」
ヴィンセントは部屋の入口に立ったまま答える。
椅子に腰かけて長く話すつもりはないという意思表示である。
「パメラ陛下との結婚の経緯は知っているか?」
「……噂程度ですが」
オーランド伯爵は首をかしげる。
なぜアイザックではなく、パメラの事が話題に出るのかが不思議だったからだ。
しかし、これは重要な事だった。
ヴィンセントのアドバイスというのは嫌がらせではなく、本物のアドバイスをしようとしていた。
「私も噂程度しか知らぬが、それでも政治的判断や同情……そういった理由のもとの結婚だとばかり思っていた。しかし、どうやらそうではない。皇妃達も愛しているようではあるが、パメラ陛下にだけは何か特別な配慮というものを感じ取れた」
「ウィンザー公の孫娘だからではありませんか?」
ウィンザー公爵は今のエンフィールド帝国で一、二を争う有力者だ。
アイザックといえども軽んじる事のできる相手ではない。
オーランド伯爵は、そう考えた。
それが普通の考えだからだ。
だが、ヴィンセントは違った。
「それだけではないな。パメラ陛下の事を本当に愛しているなどの理由がないと、あれだけの発言力があるのは不可解だ。一番愛していると噂されているリサ殿下やティファニー殿下よりも特別な存在として扱っているように見えた」
「一流の研究者だからではありませんか?」
「それでもまだ足りん。それにもっとこう……、心を許している相手ならではの距離の近さを感じた。お互いにな。あの二人の絆はかなり深い」
「……私に話した意図はどのようなものでしょうか?」
ヴィンセントの意図が見えず、オーランド伯爵はその真意を問う。
「私と違ってアイザック陛下は妻の意見にも耳を傾ける。パメラ陛下を皇后だからと侮らん事だ。彼女を敵に回すと厄介だぞ」
からかいに来たのかと思ったが、ヴィンセントの表情は真剣そのものだ。
オーランド伯爵も嘘ではないと思った。
「なぜそれを教えてくださるのですか?」
「これからは皇帝と伯爵という関係ではなく、どちらもエンフィールド帝国に属する貴族となる。それにお互いエンフィールド帝室に孫娘を嫁がせる。間接的にではあるが親族になるのだ。仲良くやりたい。そのために歩み寄っているのだよ」
「そういう事ならば……、ありがたくご厚意を頂戴いたします」
オーランド伯爵も思うところはあった。
しかし、これからエンフィールド帝国貴族になるとはいえ、元オーランド王国の領地の周囲は元アルビオン帝国の貴族ばかりになるだろう。
降伏したとはいえ、ヴィンセントの元帝国貴族への影響力は強く残るだろう。
今後の事を考えて、強い反抗心を見せるわけにはいかなかった。
そんな彼の反応を確認して、ヴィンセントは笑みを見せる。
彼の言葉に噓偽りはない。
オーランド伯爵はアイザックに気に入られているようなので、エンフィールド帝国貴族としてやっていくのに彼を取り込んだほうがいいはずだ。
エンフィールド帝国貴族に取り入るよりも、このほうがずっと楽でもある。
ただ一言「パメラに気をつけろ」と言うだけでいいのだから易いものだ。
しかも、この話を聞いてオーランド伯爵が緊張し、なにか口を滑らせて不興を買う可能性もある。
そうなれば相対的にヴィンセントの立場が強いものとなる。
どちらに転んでも損はない。
それにこれならアイザックに報告されたところで困らない。
「夫婦仲がいいようだ」と伝えるだけなのだから不快感を与える事もない。
もし彼がコスパという言葉を知っていれば「これほどコスパのいい行動はない」と考えていたかもしれない。
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やがてオーランド伯爵とウォーレスの二人が呼び出される。
お互いに紹介を済ませると、やはり彼らはパメラの存在を意識してしまう。
だが、今はもっと意識しなければならない相手がいる事を忘れなかった。
「ティファニー殿下の顔色が優れないようですが、無理をなさらずに休まれてはいかがですか?」
ウォーレスの娘メルヴィナと婚約する可能性が一番高いのは、ティファニーの息子アルバイン。
だからティファニーの事を気にかける。
そのティファニーはというと「心配するな」と言わんばかりに精一杯の笑みを見せた。
「ご心配には及びません。息子が婿入りするかもしれないお相手ですもの。お話くらいはさせてください」
――息子のために不調を押して会談に出席する。
その健気な態度を見て、オーランド伯爵は彼女の人柄を感じ取った。
そう、彼女は100%息子のために頑張っている。
――この機会を逃せば、アイザックが子供の婚約者探しの話を、またはぐらかすかもしれないからだ!
息子のためにも、出産後だからといって休んでいるわけにはいかなかった。
彼女も昔の気弱な少女ではない。
今では母として強くなっていた。
「出産されたばかりだと伺っておりましたので心配しておりましたが、そのご様子なら大丈夫そうですね。遅ればせながら第三子のご出産、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
祝いながらも、オーランド伯爵は「二十……、四人目か? さすがに多すぎないか?」と混乱していた。
「ところでアルバインの事なのですが――」
ティファニーが早速本題を切り出した。
「あの子は争い事が苦手です。オーランド伯のような勇ましい方に認めていただけるのかどうか……。その点、いかがでしょうか?」
オーランド伯爵は捕虜だったが、アイザックに臆する事なく堂々たる態度を取った。
その事からティファニーは武を重んじる家柄だと思い込み、アマンダの子供のほうがピッタリなのではないかと心配していた。
しかし、それは無駄な心配だった。
「オーランド伯爵家が、元々は王家だったという事はご存じですか?」
「もちろん存じ上げております」
「私はいつか故郷に帰る事を目指していました。そのために命を懸けて戦ってきたのです。ですが武に偏ってばかりもいられません。息子や孫には芸術などの教養をしっかりと身に着けさせました。元とはいえ王族として恥ずかしくないように」
オーランド伯爵の言葉は、アイザックの耳に痛い話だった。
アイザックは子供のために絵本や歌を聞かせてやる程度で、絵画や彫刻などの芸術方面には昔からほとんど関心がなかった。
皇族として恥ずかしくない教養を習得しているかと聞かれればノーとしか答えられない。
子供達はしっかり身に着けているのが不幸中の幸いというべきだろうか。
「アルバイン殿下とは道中に語り合いました。教養があり、知性と品性も兼ね備えておられるとお見受けした。戦場での働きは未知数ではありますが、それは他の皇子殿下も同じ事。そもそもエンフィールド帝国がアルビオン帝国を降した以上、今後槍働きが求められる事は少なくなるでしょう。これからは平和な時代に求められる能力を持っているかが重要となってきます。その点、アルバイン殿下は不足はない。そう見ております」
彼の説明はティファニーを安心させた。
この時、彼女もリサ同様に「元とはいえ王族と我が子が婚約する」という事に引け目を覚える。
だが、ヴィンセントの「アイザックの子供なんだから心配無用」という言葉もあり、不安を漏らさずにいられた。
彼女はアイザックの様子を窺う。
「そこまでアルバインの事を評価してくれているのなら、話を進めてもいいんじゃないかな」
アイザックにも一応恥がある。
客人の前で「嫌だ、婚約なんて認めない!」と駄々をこねる事はできなかった。
表面上は真剣な面持ちをしながら、心の中で泣いていた。
「私もそう思います。オーランド伯爵家はウェルロッド公爵家と縁があるのでしょう? その縁を結ぶのもよろしいのではないでしょうか」
パメラも賛同の意見を出す。
ヴィンセントから聞かされていたが、オーランド伯爵は驚いた。
(本当に皇后陛下が意見を出してくるとは。エンフィールド帝国では、皇后や皇妃も自由に意見を出せる雰囲気なのだろう。意外だが、それはそれで助かるのかもしれない)
ヴィンセントならば妻に意見などさせなかった。
しかし、アイザックは違う。
妻達の意見を聞いて尊重しているように思える。
彼女達にはなんとしても取り入らなければならなくなった。
ある日突然「お前は処刑だ」と言われても、助命嘆願してもらえれば助かるかもしれないからだ。
ただし、どこまで意見を認めるのか次第でもある。
皇帝が決めた決断に干渉できる手段があるのはありがたいが、それはそれで国政に問題が出る危険性もはらんでいる。
今回の話が子供に関するものだから認めているというだけであればいいが、国政にまで口出しするのを許してしまったら国が乱れる元だ。
その辺りは不安ではある。
だが、それは自分が心配する問題ではない。
アイザックならば上手くやるのだろう。
口出しするのはいらぬおせっかいだと、アルバインとの婚約が進みそうな事を素直に喜んでいた。







