830 三十一歳 自信
アルビオン帝国の滞在はほぼ半年にも及んでおり、そろそろ潮時だと思ったアイザックは帰国する事にした。
「では私も同行させてもらおうか」
ヴィンセントが同行の許可を求める。
元々、彼はエンフィールド帝国を訪れたいと言っていたので、この機会にと考えたのだろう。
アイザックとしても反対ではない。
しかし、大きな問題があった。
「留守居役は誰にするおつもりですか?」
そう、アルビオン帝国を誰に任せるかが問題だった。
正式に処分を決めていないため、ヴィンセントの子供や孫は逆賊のまま。
今、国を離れるのなら他の親族か、家臣に任せるしかない。
それが問題だった。
――絶対的権力者の統制が緩み、まだ内戦は治まっていない。
身の程を知らない野心家には大きなチャンスである。
もしアイザックが留守を任される立場だったとしたら、間違いなく悪い考えがもたげるはずだ。
今は大人しくしていても、ヴィンセントが国外へ出た時点で動き出すかもしれない。
特にヴィンセントの孫達は怪しい。
彼らは家族を助けるために反旗を翻すかもしれない。
ヴィンセントの兄弟や従兄弟達も信用ならなかった。
彼らはさすがに反旗を翻すような事はしないだろうが、今後の事を考えて私腹を肥やす事に全力を尽くすかもしれない。
エンフィールド帝国の傘下になったあとのために国庫から自分の領地へ金を移し、国政を乱す危険性があった。
アルビオン一族だからこそ、留守を任せるのには不安だった。
では貴族の誰かに任せられるかというと、そちらも不安だった。
ヴィンセントの話では、それぞれ優秀ではあるが決断力に不安がある者が多いらしい。
決断力や行動力がある者の多くが反乱に加わってしまったからだ。
能力はあっても指示待ち人間が多いため、今のアルビオン帝国の留守を任せるのには不安がある。
今、求められている「リーダーシップがあって裏切る事のない人材」には適さない。
――代々強いリーダーシップを持つ君主がいて家臣が育ちにくかった事に加えて、内乱による人材不足。
それらの問題が顕在化する事となった。
ヴィンセントが不在となった時、誰に任せるかが大きな悩みだった。
「ベイツ子爵に任せればよいではないか」
しかし、当の本人は意外とあっさりしていた。
彼はノーマンに任せろと言う。
アイザックも人選には驚きはなかった。
ただ、彼がノーマンの名を出した事には驚いていた。
「まさか、ヴィンセント陛下の口から彼の名前が出るとは。なぜ彼に任せるべきだと思ったのですか?」
「アーク王国での治安維持活動について噂は聞いている。それにアルビオン帝国貴族達にも、エンフィールド帝国の軍門に下ったと実感させるのにちょうどいい機会ではないか。長年、筆頭秘書官を任せるくらいなのだから使えるのだろう?」
「ええ、もちろん。才能は人並みかもしれませんが、足りないところを努力で補える真面目な努力家ですね。信頼の置ける者です」
ノーマンが使える人材かどうかを問われて、アイザックは悩む事なく即答した。
仕事を任せられないほど無能であったり、信用できない者だったのなら、ずっと筆頭秘書官として使い続ける事はなかったはずだ。
彼は努力と忠義をもってアイザックの信頼を勝ち取った。
そんな彼を評するのに迷う事などなかった。
「アルビオン帝国の内戦が終わったあと、彼に不穏分子を狩らせようと考えていましたが、まさかそちらから彼の名前が挙がるとは思いませんでしたよ」
「要人に関しては調べさせてもらった。エンフィールド帝国の中でも異質なのは、ベイツ子爵とカービー子爵の二人。どちらもアイザック陛下が貴族に取り立てている。カービー子爵は名の知れた傭兵だったが、ベイツ子爵はウェルロッド侯爵家に仕えていた秘書官の息子。ただの縁故採用にしては重用され過ぎている。だから注目していたのだ」
ヴィンセントの話を聞いて、アイザックはフフフッと笑う。
「縁故採用という面が強くもあります。いずれ嫡男の座から引きずり降ろされそうな小僧に、自ら進んで仕える事を選んだ。彼は賭けに勝ったのですよ。だから彼は今でも私の頼れる側近なのです」
「なるほど。……だが、分の悪い賭けが好きな者に重要な仕事を任せても大丈夫なのか?」
「私に賭けた以外は分の悪い賭けをしたりはしていないはずですよ。ね、ノーマン?」
アイザックは背後で立っているノーマンに声をかける。
彼は反応に困ったが、正直に答える事にした。
「高く評価してくださっている事に深く感謝しております。ただ率直に申し上げますと、陛下に仕えると決めた時点で十分に勝算のある賭けでした」
「そうか。ならば安心して任せられるという事だ。ヴィンセント陛下が戻るまでの間、アルビオン帝国の統治を任せる。いいね?」
「お任せください」
アーク王国で自信をつけたのか、ノーマンは堂々と答えた。
アイザックは満足そうにうなずく。
「ではヴィンセント陛下。以前作っていただいたリストを参考に、今の状況を加味して考え直しましょうか。内戦が終わりそうになれば、ノーマンに処理させておきましょう」
「おお、それはいいな。追加しておきたい者が増えているからな」
二人は「戦後に必要な貴族かどうかリスト」について話し始める。
ノーマンは「えっ、統治だけじゃなくてそこまでやらされるの?」と、置いてきぼりにされたような感覚を味わっていた。
----------
エンフィールド帝国行きには、ヴィンセントの孫も何人かついていく事になった。
エンフィールド帝国の有力貴族との縁談を模索するためでもあるが、あわよくばアイザックの他の子供とくっつけて立場を補強するためでもあった。
アイザック達も帰国に向けて忙しくなる。
「なぁ、これとかどうだろう?」
アイザックは動物の置物をお土産にしようと考えていたが、子供達の反応は微妙なものだった。
「母上へのお土産なら、綺麗な宝石とかのほうがいい気もします」
「宝石はどこでも手に入るだろう? こういう地方の特産品も可愛いと思うんだけどなぁ……」
「思い出になるお土産は海岸で拾った貝殻とかあるじゃないですか。思い出以外のお土産もあるといいと思いますよ」
「そういうものかなぁ? よし。じゃあ、どんなものが良さそうか、みんなに選んでもらおうか。みんながいつか婚約者にどんなプレゼントを贈るのかチェックしてあげよう」
(父上は、お土産のセンスがないな)
(ドラゴンの鱗で作った彫像を婚約の前挨拶に渡すような人だし……)
(仕事ができるのとカッコイイのとで、母上は惚れたんだろうな)
アイザックは七人の妻にベタ惚れさせたとは思えないほど、お土産のセンスがない。
時代が時代なら、お土産にペナントでも買って帰っていたかもしれない。
普段は見る事のない父の姿を見て、子供達の中でアイザックの評価が下がっていく。
幼い頃からしっかり教え込まれてきた子供達のほうが、お土産選びのセンスは磨かれていた。
統治者としてのアイザックの姿は、子供達の目から見てもカッコイイ。
しかし、妻のお土産を選ぶアイザックの姿は、普段の彼から想像できないほど頼りない。
なんでもできると思っていた父の情けない姿を見て、子供達は少しだけ自信を持つ事ができた。







