831 三十一歳 アーク王国へのお土産
お土産選びは大事である。
家族へのお土産選びでは子供達に複雑な表情をされてしまったが、家族以外へ渡すお土産選びにはアイザックも自信があった。
「やぁ、アーチボルド陛下。お久しぶりですね」
「アイザック、貴様……」
――それはハーミス伯爵へのお土産、アーチボルド・アークである。
きっとハーミス伯爵達は怒りと共に喜んでくれるだろう。
これほど激しく感情を揺さぶるプレゼントはないはずだ。
「私をあざ笑いに来たのか!」
「うーん……、笑うような状況ではないようですけどね。みじめな暮らしをしているわけでもないようですし」
アーチボルドは捕虜のような扱いではあったが、一応は国王としての待遇で遇されていたようだ。
国王として恥ずかしくない格好をしているし、血色も良かった。
だが彼が言っているのは、そういう意味ではない。
アイザックがとぼけた返事をしたので、アーチボルドは顔を真っ赤にして怒っていた。
しかし、感情に任せて殴りかかったりはしない。
アイザックには護衛がいるし、以前とは立場が大きく変わっているからだ。
「……アルビオン帝国を降伏させたというのは本当か?」
アイザックはリード王国の国王ではない。
今やアルビオン帝国まで降したエンフィールド帝国の皇帝である。
リード王国の王であれば、まだ同格の相手だと虚勢を張れたが、さすがにアルビオン帝国まで倒した相手には引け目を感じていた。
「正式な調印はまだですけどね。ヴィンセント陛下がこの度我が国に足を運ばれるので、その時に正式な調印をしていただく事になっています」
「そうか、では見下すために私を呼んだのではないのならどういう用件だ? ただ私に死刑宣告をするために呼び出したわけではなかろう」
そう問いかけながらも、アーチボルドは「処刑を言い渡してくるだろうな」と思っていた。
国を失った敗者の末路はそんなものだからだ。
だが、アイザックの答えは彼が想定していたものとは違った。
「過去に同盟国だった誼で一応は意思確認をしておこうと思いましてね」
「なんだ?」
怯えていると思われないよう、アーチボルドは平静を装う。
彼は緊張でゴクリと唾を飲んだ音が、アイザックにまで聞こえてしまったような気がした。
「アーク王国へ、特に王都グローリアスへ帰りたいですか?」
――もちろん帰りたい。
だがアイザックの提案である。
その言葉には裏があるかもしれない。
アーチボルドは即答できなかった。
彼が黙り込んでしまったので、アイザックは彼が返事をしやすいように補足する。
「アーク王国の大半はエンフィールド帝国貴族に領地として与えます。ですがグローリアスを中心に三分の一ほどの地域はアーク王国貴族のために残すつもりです。さすがに全土をエンフィールド帝国が奪うわけにはいかないですからね。アーク王国の貴族にも領地を残して統治してもらうつもりです」
アイザックの説明を聞いて、アーチボルドは光明が見えたような気がした。
とはいえ、まだ飛びついたりはしない。
慎重に様子を見る。
「よそ者がいきなり領主になっても領民は不安でしょう? だからアーク王国の貴族も統治に参加していれば領民も安心するはず。すべての領民を敵に回しては占領する意味がないですからね」
「だから私を王として戻し、統治しやすいように手助けをしろというのか?」
「ハッ、まさか」
アーチボルドの言葉を、アイザックは鼻で笑う。
「妻の実家で同盟国でもあったファーティル王家ですら公爵家になったというのに、なぜアーク家が王家のままエンフィールド帝国の傘下に加われると思ったのか気になるところですね。厚かましい」
「ぐっ……」
さすがに面と向かって「厚かましい」とまで言われては、アーチボルドも感情を隠せなかった。
彼は悔しそうに顔を歪める。
「私はただ『帰りたいか?』と聞いただけです。国王として帰還させるなどと言っていません。誤解しないでいただきたい」
「ならばなぜ私を呼び出した? やはり今の境遇を見てあざ笑うためではないのか?」
――王として国に帰すつもりはない。
そこから導き出される答えは多くない。
貴族として帰るか、奴隷として帰るかくらいだろう。
アーチボルドは不愉快だった。
しかし、アルビオン帝国での暮らしに飽き飽きしてきているのも事実。
帰国するチャンスがあるのならば、条件次第で帰ってやってもいいと思っていた。
「私はあざける事もせず、あなたにチャンスを与えている。問答無用で処刑する事もできるというのに。ですが馬鹿にされたいと望んでいるのならばそうしよう。フューリアスという駒もあるので、あなたにこだわる必要はないのでね」
「待て。いや、待ってほしい。大事な事だから確認をしているだけではないか。そう怒るな」
アイザックの態度が冷たいものに変わった事で、アーチボルドは焦った。
「ただ帰国すると聞かされているだけでは今後が不安だ。その気持ちはわかってほしい。今後、どう扱うのかくらいは教えてくれてもいいではないか」
アイザックはわざとはっきりとした事を言わなかったのだが、アーチボルドに言われて「それもそうか」という表情を見せてやる。
「まだ何も決まっていませんよ。もしアーク王国の貴族が王として君臨してほしいと陳情してくるようであれば、王位は無理でもそれなりの爵位と役職を与える場合もあります。必要ないと言うのであれば、しばらくは食っていけるだけの金を与えるので好きに生きればいい。すべてアーク王国の貴族の判断に任せます」
今の話はアーチボルドにとって希望があり、同時に絶望も与えるものだった。
「……その中にはドレイク元帥もいるのか?」
最後の最後で裏切ったドレイク元帥の存在である。
彼がいれば報復を恐れて反対に回るに決まっている。
アーチボルドにとって望ましくない存在だった。
「います」
その返事が、アーチボルドの希望を完全に打ち砕いた。
「ですがアーク王国の貴族の爵位は一つ落とします。だからドレイク侯爵ではなく伯爵となり、彼の領地は我が国が接収する場所にあるので発言力はほぼないものと考えていいでしょう。もし彼の口添えを期待しているのなら無駄ですよ」
「そうか……」
(やった! 奴の発言力が落ちているのは好都合だ。アイザックの様子を見る限り、どうやら私を裏切ったのではなく、アルビオン帝国へ逃がしたとでも伝えているのだろう。この状況は利用できるかもしれん。ならば今は我慢の一手だ)
邪魔をしてきそうなドレイク元帥の発言力が失われていると知り、表向きは残念そうにしながら、アーチボルドは内心ガッツポーズをする。
他の貴族とならば、おそらく話は通じる。
フューリアスも生きているのなら、婚姻などで縁を結んでいけば、それなりの影響力を取り戻せそうだ。
王位を取り戻すのは無理でも、そこそこの面目を取り戻して、そこそこの暮らしをしていけるだろう。
半ば隠居生活のようなものだが、アルビオン帝国で暮らすよりはマシだ。
王族として相応の配慮をしてもらっている暮らしをしていても、捕虜は捕虜だからだ。
それに「仕方なく施されている」という感じがして嫌だった。
帰国するチャンスがあるのならば、それに乗りたい。
だが、どうしても気になるところも確認しておかねばならなかった。
「ところで、私をどう扱うかは貴族が決めるというのは確かなのか?」
「ええ、アーク王国の貴族に決めさせます。平民や神官などには関わらせません。それはお約束しましょう」
(平民が関わってこないのならば、まだ光明はある……か?)
アーチボルドは反乱を起こした平民に厳しい対応を取っていた。
だから彼も平民に恨まれているかもしれないという自覚はある。
だが、その平民が帰国後のアーチボルドに関わらないのならば、チャンスの芽はあるはずだ。
アーク人民解放戦線などと大層な名前を自称する反乱軍が関わってくれば危険だが、貴族だけならばこれまでの関係がある。
まだなんとかしのげるはずだ。
(さすがにアルビオン帝国まで併合するとなると、アーク王国の統治にまで手が回らないか。だからアーク王家の肩書きを利用したいのだろう。……フフフッ、この私を簡単に利用できると思うなよ)
「アーク王国はアルビオン帝国への派兵も続いているため、やや不安定な情勢が続いています。アーク国民を落ち着かせるためにもご協力いただきたい。そう思っているのですよ」
「……そこまで頼まれては仕方がない。奴らも戦争が続いて不安だろう。一度帰国して、協力できるかどうか考えてみよう」
「ええ、アーチボルド陛下がお越しになられれば、きっとアーク王国の民は一丸となる事ができるでしょう。前向きに考えてくださって助かりました。近々、ヴィンセント陛下を連れて私は帰国します。その時、一緒にアーク王国にまで同行していただきますがよろしいですか?」
「もちろんだとも。私も皆を心配していたのだ。私の存在が安心に繋がるのならば、この身を捧げるつもりだ」
「そこまでご覚悟を決められているとは。今のお言葉を聞けば、貴族達も胸をなでおろすでしょう」
「だといいがな」
二人は笑みを見せ合った。
しかし、二人とも腹の内では表情とは正反対のどす黒い考えを持っていた。







