821 三十一歳 勝手の違い
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子供達に同席を断られたアイザックは、仕方なくヴィンセント達を誘って別室で話をする事にした。
「ハッハッハッ! まさかアイザック陛下ともあろうお方が、子供相手に反論できずにすごすごと引き下がるとは」
ヴィンセントが愉快そうに笑う。
もちろん、他の出席者――義弟やヴィンセントの孫達は笑えない。
アイザックを笑う事などできなかった。
それができるのは、この場にいる者の中だとヴィンセントだけだろう。
アイザックは肩をすくめる。
「一応、子供の婚約者を探すという名目で顔合わせをしているのでね。こっちにその気がなくとも、話の邪魔になると言われれば引き下がりますよ」
「だから大人は別室で集まる事になったというわけか。まぁそれも悪くない。曾孫に皇帝でなくなった姿は、まだ見せたくはなかったからな」
「孫にはよろしいのですか?」
「もう分別が付く年だからな」
ヴィンセントも曾孫にはカッコいい姿を記憶に残しておきたいという気持ちがあるようだ。
少しだけアイザックは親近感を覚える。
「ならば分別のある若者同士で話をさせて、私達は今後の事を話すとしましょうか。私の義弟達は次世代を担う者達です。アルビオンの未来を担う若者と交流させておくのも悪くはないでしょう」
この場にマイク達を連れてきたのは、そのためだった。
ヴィンセントの孫は上は二十五歳、下は十一歳。
アルフレッドやブランドン、クリフォードが後継者として期待できない以上、彼らの中の誰かが後継者となるだろう。
エンフィールド帝国の次世代を担う若者との顔合わせは、双方にとって悪くないはずだ。
アイザックの言葉を聞いたあと、マイク達はお互いに自己紹介を始める。
それを横目に、アイザックは切り込んだ発言をする。
「それで、ヴィンセント卿は誰を後継者にしようとお考えですか?」
アイザックのせいで、進んでいた自己紹介が途中で止まる。
彼らは「空気を読め」と言いたいところだったが、軽々しく口出しできるような内容ではなかったので我慢する。
一方、ヴィンセントは質問を予測していたのか、動揺している様子を見せなかった。
「悩んでいるところだ。……王国として残る余地はないのか?」
「無理ですね。ですが皇帝だったヴィンセント卿の面子を考慮して、公爵家の地位は保障してもいいかなとは考えています。ただこれは現状の話です。アルビオン家の後継者や、その親族があまりにも反抗的であれば、もっと低い爵位になるかもしれません。だから誰を後継者にするのか? 配偶者の実家がどのような考えを持っているのか? それをよく考えてお答えいただきたいのですよ。エンフィールド帝国と上手くやっていけそうな者を選んでいただければ、アルフレッドやブランドンの子供でも気にしません。ヴィンセント卿のお考え次第です」
アイザックの言葉は、ヴィンセントにとって難しいものだった。
皇太孫に当たる孫を選んでもいい。
だが、その子はアルフレッドの息子だ。
やはり自分を裏切った者の子供は選びにくい。
彼には三人の息子、二人の娘がいる。
しかし、三人の息子は反逆、娘が嫁いだ家もアルフレッドかブランドンの陣営に着いた。
みんな自分を裏切ったので、本当は誰も選びたくはない。
とはいえ、親族から養子を貰うくらいなら、自分の孫か曾孫から選びたい。
ヴィンセントは難しい問題に直面していた。
だからこそ、アイザックは彼を急かした。
彼が決断しやすいようにと。
「何人か候補はいる。だが能力面はともかく、エンフィールド帝国に対する感情まではわからないので何とも言えん。今は何とも思っておらずとも、いざ父親が処刑されれば敵愾心を持つようになるかもしれん。この内戦と戦後の処理が終わるまでは誰かを選ぶのは難しい」
だが、ヴィンセントも即決はできなかった。
帝都にいるのが孫や曾孫のすべてではない。
アルフレッド達と一緒に行動している子供達の様子を確認してからでも遅くはないと考えたからだ。
彼の判断に、後継者の座を狙う孫達は残念がりながらも心の中で安堵する。
「ところで、こちらから提案がある。どうだろうか、帰国する時に私達も連れて行ってほしい。今回は男児だけ連れてきているが、そちらには女児もいるのだろう? もしかすると、そちらと気が合う子供がいるかもしれん。婚約の選択肢は広いほうがいいと思わんか?」
(この野郎、とんでもない事を言い出しやがった!)
息子も婿に出したくないというのに、娘までよこせと言い出した。
到底許しがたい行為である。
しかし、アイザックも場数を踏んで成長している。
子供の事だからと取り乱したりはせず、表情に変化を出さないようにして対応を考えた。
「今の状況で国を離れるのは危険では?」
「どうせ今の状況ではいてもいなくても変わらん」
「長旅は負担がかかりますよ」
「ウェルロッド公やウィンザー公は私より高齢だが、船旅までして大丈夫だったではないか。それにエルフがいる」
曖昧に断ろうとするが、ヴィンセントは諦めなかった。
むしろ、アイザックの態度から「会われては困る事でもあるのではないか?」と鋭く読み取る。
「いずれは私もアイザック陛下のもとへ馳せ参じる事になる。その時、道に迷っては困るだろう? それに謁見の間では、貴族達の前でアイザック陛下との力関係を明らかにしたではないか。私が屈した姿を見せた事で、今帝都にいる貴族達は大人しく従うだろう。こちらも協力しているのだ。譲歩してくれてもいいのではないか?」
実際は選択肢がなかったので頭を下げなければならない状況ではあったが、それをあえてやったという事にして、アイザックに恩を着せようとする。
――アイザックの家族に会えば、何か光明が見えると信じて。
彼も必死である。
取れる手段はすべて取るつもりだった。
皇帝という立場にあった者。
それも強権を使うのにためらいのなかった者が、譲歩してくれとまで言っている。
アイザックも無下にはできない頼みだった。
(しまった、二人きりで話し合うべきだったか! なんて手強い奴なんだ!)
アイザックはマイク達を同席させた事を悔やんだ。
彼らの前で「後継者を誰にする?」と尋ねる事で、アイザックが圧倒的優位に立っている事を見せたかった。
それにヴィンセントの孫達にも「アイザックを味方に付ければ優位に立てる」と思わせようという企みもあった。
そうなれば万が一にも婚約が成立しそうな状況になった場合、子供達を高く売りつけられる。
婿入りしても待遇も良くなるはずだ。
一石二鳥となるところだったが、ヴィンセントの「そっちの家にも訪ねさせてほしい」の一言で崩壊してしまった。
「ウェルロッド公らもバークレイ王国が皇女の嫁ぎ先にふさわしいか確認しにいったと聞いている。どうだろう、婚約者のいない子供達を連れて会いに行かせてもらえないか?」
アイザックが即答しなかったので、ヴィンセントはここがアイザックの弱点だと見抜いた。
――帝都に来て欲しくない理由があるのだと。
だからこそ攻める。
その決断は正しかった。
もし妻達がヴィンセントと会えば「えっ、子供達の婚約者を探している!? ウチの子はどうですか?」と一発で食いつくだろう。
アイザックにとって、一番手強い相手だった。
絶対に避けたいところだが、彼の来訪を断る正当な理由がない。
ただの感情論でしかないため、説得は難しそうだ。
(考えろ、考えるんだ。まだ正式な調印が終わっていないから、こいつは対外的には一応皇帝だ。どんな理由であろうとも、帝都に招いたら家族と会わせないわけにはいかなくなる。紹介したらどうなってしまうか……)
アイザックの脳裏に、性悪なヴィンセントの孫や曾孫が娘達に乱暴な振る舞いをする場面が浮かび上がった。
そんな事は絶対に許されない。
なんとしてでも断らねばならなかった。
「そういえば、皇子殿下に比べて皇女殿下の婚約成立が少ないと姉上が話していました。いい提案ではないのですか?」
(ロイーーー!)
アイザックは背中から刺されてしまう。
さすがにマットも、言葉のナイフは防げなかった。
「アルバイン殿下もオーランド伯のところとようやく決まるかどうかという感じだったし、皇子殿下も婚約成立率が低いよね」
ロイの言葉に反応して、マイクも参加してきた。
「その点、アルビオン家では何歳くらいで婚約が決まっておられましたか?」
「五歳くらいの時には有力貴族との婚約は決まっていたはずだ」
「皇族や王族であれば、そのくらいは当然なのかもしれませんね」
「なんなら生まれてすぐに決まる事もある」
彼らはヴィンセントの孫達を巻き込んで、アイザックの子供の婚約が遅いと話し出した。
「若い者同士で話しておけと言ったじゃないか」
困ったアイザックは、口出しするなと視線で伝える。
「ですが、いきなり後継者問題なんて切り出されたら黙り込むしかないじゃないですか。みんな黙って、話の邪魔をしないようにするしかありませんよ」
「それはそう、だったかもしれないが……」
アイザックは追い詰められてしまった。
これは昔と今で状況が大きく変わっているせいである。
昔はアイザック個人で話す事ができたが、今は人の上に立つ者として若者に経験を積ませてやらねばならない立場になっている。
周囲に人がいるせいで、アイザックが望む方向へと話を持って行くのが難しくなっていた。
「もうしばらく滞在するんだ。今すぐに答えを出さなくてもいいだろう。前向きに検討させてもらおう」
これが悪意ある行為であれば、彼らを遠ざける事もできる。
だが「子供の婚約数が少ない事を心配している」ので、露骨に遠ざけるような真似はできない。
アイザックの力は、密室政治のような膝を突き合わせて話し合う場でこそ発揮される。
大勢が同席する場では、自分が望む方向への誘導は難しい。
自分一人で好き勝手に動けていた時とは違うのだ。
今回はその事を強く実感させられる機会となっていた。







