822 三十一歳 報告会
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ヴィンセント達との話が終わり、子供達も戻ってきたので報告会を開く事にした。
最初に口を開いたのはバリーだった。
「父上、相談したい事があるんですが」
「どうした? 話が上手くいかなかったかい?」
バリーが肩を落としているのでアイザックは心配そうな声色で答えるが、内心は「やったぜ!」とガッツポーズをしていた。
「鳥の赤ちゃんにご飯を食べさせるのはどうすればいいのですか?」
「鳥の赤ちゃんに? ……ミミズとかバッタのような虫でいいんじゃないかな」
「でも虫には触りたくないそうです」
バリーの一言で、アイザックは色々と察する事ができた。
「なるほど、顔合わせした女の子に相談されたというわけか。それも自分でエサを食べさせてやりたいから、いい方法はないのかと」
自分で虫に触れるのが嫌ならば、誰かにやらせればいい。
そうしないのは自分で育ててみたいからだ。
アイザックは我が子の言葉を聞き逃すような事はせず、数少ない言葉からその発言が出た理由を推測した。
「どうしてそこまでわかるんですか!?」
「親なら子供の言いたい事はわかるものさ」
正解だったようなのでアイザックはドヤ顔を見せる。
だが、それどころではなかった。
もう一つ、重要な事に気づいたからだ。
「……その子と仲良くなったのか?」
「ソフィーティアさんとは、あんまりお話できませんでした。話してくれたのは、今朝拾った鳥の赤ちゃんに関してだけです」
(ソフィーティアというと……。ブランドンの孫娘だったか。そりゃあ、明るくお話する気分にはなれないか。……でも立場がわかっているのなら、バリー達に愛想を振りまいてもよさそうなものを。可愛げのない奴だ)
アイザックはヴィンセントの顔が付いた五歳くらいの女の子を想像する。
あまりの可愛げのなさに助けてやりたいという気持ちがなくなるが、バリーの頼みである。
息子の頼みは聞いてやるしかない。
「小さく切った果物とかでもいいけどね。鳥の赤ちゃん用の給餌器もあるから、この街の鍛冶師に……、細工師のほうがいいか。作らせてみるとしよう」
「ありがとうございます」
「いいさ。ドウェインのほうは仲良くなれそうな女の子はいたかな?」
(いないでくれ!)
そう願いながら、もう一人の主役に尋ねる。
ドウェインは首をかしげていた。
「仲良くなれそうな子はいましたが、結婚とか婚約とかそういうのがまだ実感できません」
「うんうん、それは仕方ないね」
アイザックはドウェインの答えに八十点を付けた。
百点満点ではないが、婚約者を求めていないという点が高得点である。
この調子なら、まだ数年は大丈夫そうだ。
「まぁまだしばらくはここに滞在する。貴族の女の子と会う事もあるし、少しずつ交流を深めていけばいいよ」
もちろん、アリバイ作りも忘れない。
婚約者が決まりそうにないのを喜んでいると、どこからか妻達の耳に入りかねない。
だから表向きは残念がるようにしていた。
「じゃあ給餌器の設計図を描くとしよう」
給餌器自体は難しいものではない。
注射器のようなものを描くだけだ。
問題は押し子の先に付けるゴムをどうするかだが、鳥用の餌やり用なのでコルクで代用しておけばいいだろう。
パパッと描くと、それを秘書官に渡して細工師に急いで作らせるように命じる。
「ザック、クリス、アルバイン。みんな、二人の付き添いをしてくれてありがとう。なにか気になった事はあったかな?」
「問題は特にありませんでした。ただあちら側は暗い雰囲気だったのが気になりました」
「降伏して皇族ではなくなるというのと、親が反逆者になったせいかもしれません」
「バリーが話していたソフィーティアさんも気落ちしているようでした。小鳥を育てたいというのも『親に捨てられた私と同じだから』と話していました」
「なるほど、それはそうなるか」
アルビオン側の子供達が明るくなれる材料はない。
親や祖父が反逆者であり、婚約者も反逆者の家系として婚約が解消される事になる。
アイザックの子供達と婚約する機会が与えられたとはいえ、それも救いにはならない。
なぜなら「この子達に媚びを売れば助けてやる」という上から目線の同情を受けるのに抵抗があるからだ。
アルビオン家の子供達にも当然皇族としてのプライドがある。
子供ながら、そのような施しを受ける事を屈辱のように感じていた。
今の境遇を考えれば、素直に喜べるはずがない。
(……もしニコルのような女なら「チャンスが貰えてラッキー!」と飛びついていただろう。自分の立場をわきまえているだけまだマシと考えられるか。……子供はあげたくないけどな)
少しだけアイザックも同情する。
子供なので助けてあげたいという気持ちもあるが、まずは我が子の意向が最優先である。
子供達がどうしても婚約したいと言えば助けてやってもいいが、そうでなければ積極的に介入するつもりはなかった。
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子供達が寝た夜には大人の報告会が開かれる。
モーガンとウィンザー公爵を呼び、バークレイ王家の情報を聞き出した。
「王太子はそこそこ優秀でそこそこ真面目でそこそこ誠実で大きな野心を持っていなかった。婚約者候補のオルデンも普通の良い子だったので特に問題はなかった」
「少なくとも国をひっくり返してでも王子の婚約者を奪おうとするような者ではなさそうだった」
トゲのあるウィンザー公爵の言い方に、さすがにアイザックも眉をひそめる。
「簒奪者を婿にはしたくはないだろう? それとも、エリザベスを嫁に出したくないからか? 子供への執着が強いから気を付けろとパメラから聞いているぞ」
だが彼は悪びれる様子はなかった。
船旅で殺されそうになった事を根に持っていたため、アイザックに対して不機嫌を隠そうとしなかった。
困ったアイザックは、モーガンに視線を送る。
「船旅で苦しまされた事を恨んでいるらしい。どうやら船酔いがだいぶ酷い性質だったようだ」
「海は川や湖での舟遊びとは違うのだ。この年になって渡航させられる事になるとは思わんだろう。しかも、死ぬ思いをしたというのに婚約を渋られたら何のために苦しんだのかわからん。文句の一つも言いたくなるというものだ」
――船酔いになった事と、エリザベスの婚約を渋るアイザックの姿。
そのダブルパンチで、ウィンザー公爵のアイザックへの不満が爆発したようだ。
これにはアイザックも強く言い返す事ができない。
「そこまで船酔いが酷いとは……、知らなかったとはいえ申し訳ありませんでした。ですがエリザベスに関しては誤解です。最初からバークレイ王国に嫁がせるつもりはありませんでしたから」
「なんだと!?」
無駄な事をさせられたと聞いて、ウィンザー公爵が目を見開いてアイザックを見つめる。
こうなっては仕方ないので、アイザックはとある計画を話す事にした。
「この機会にマカリスター連合も潰そうと考えていたんですよ。だからギリアムを呼んで潰す口実を作ろうとしたんです。……彼もそれなりに誠実な対応をしてきたのでバークレイ王国を潰す口実は作れませんでしたけど」
「三代揃って誠実なら、エリザベスの嫁ぎ先としては申し分ないな」
ウィンザー公爵は、アイザックの弱点を容赦なくえぐる。
もちろん、それだけではない。
アイザックの言葉に不審な点がある事を聞き逃さなかった。
「待て、マカリスター連合まで攻め滅ぼすつもりだったのか? アーク王国やアルビオン帝国を併呑しただけでは止まらないのか?」
「ええ、まだ終われません。止まるつもりはありません。すべてを終わらせるまでは」
「すべて?」
さすがにウィンザー公爵も、アイザックがどこまで考えているのかは想像できなかった。
常人の考えうる範囲を逸脱しているからだ。
これもいい機会だと思い、アイザックは二人に胸中を打ち明ける事にした。
「私の代で大陸全土を統一するつもりです」
「なぜそのような事を? アルビオン帝国を降伏させたエンフィールド帝国に歯向かえる国など残っていない。同盟国という名の従属国にでもすればいいではないか」
「その考えはごもっとも。ですがリード王国内でも王党派、貴族派、中立派と派閥があり、しのぎを削っていたではありませんか。ならば国境の数だけ戦争の火種は残ります。だからエンフィールド帝国で大陸を統一し、ザック達には平和な時代を享受してもらいたいのですよ」
「それは……」
「大それた事を……」
二人はアイザックの考えを聞いて絶句する。
リード国王時代であれば途方もない妄想だと笑い飛ばせただろう。
しかし今は違う。
大陸の半分ほどを制圧し、その気になれば統一も夢ではないところまで来ている。
(パメラ恋しさだけで簒奪まで成功させた男だ。大陸統一も誇大妄想と決めつける事はできんな……)
アイザックの底知れぬ欲と行動力にウィンザー公爵は度肝を抜かれる。
「ではファラガット共和国などに攻め込んだのも?」
「ザックが生まれた時に思いついた事です。あの子を抱いたとき、我が子には苦労はさせずに繁栄だけを享受させたい。そう思ったから敵になり得るすべての国を滅ぼす事にしました。できる事ならお二人には理解した上で協力していただきたいですね。ザック達のために」
アイザックの言葉に、二人は考え込む事しかできなかった。
やがて意を決したウィンザー公爵が口を開いた。
「以前、エリアス陛下に文官は問題を起こさないようにするのが仕事。そう言って目立たない功績も評価すべきだと話していた。そう考えてもらえるのは文官としてはありがたい。それでもやはり、名を遺すような働きをしてみたいというのが本音だ」
彼は過去の話を持ち出してきた。
アイザックは黙って彼の話に耳を傾ける。
「エンフィールド帝国初期の安定に私の働きが大きく寄与した。歴史書にそう残してくれるか?」
「かまいません。むしろ言われるまでもなくリード王国時代からの貢献を歴史に記すつもりでした」
「ならいい。ザックのためになるのなら頑張るとしよう。……大陸を統一したエンフィールド帝国は、もちろんザックに継承させるのだろうな?」
ウィンザー公爵は念のために確認する。
アイザックはうなずいた。
「もちろんです。次の皇帝はザックです。それはお約束できます」
「その言葉を信じよう。ウェルロッド公は……、聞くまでもないか」
「極端な話、ザックではない誰が後継者になっても曾孫である事には変わりない。あの子達に多くの物を遺せるのなら異論はない」
モーガンは、ある意味ウィンザー公爵よりも乗り気だった。
誰が皇帝になっても自分の子孫である事には変わりがないからだ。
ウェルロッド公爵家から大陸を統一する大帝国の皇帝を輩出できるのならば異論はない。
年甲斐もなく、ワクワクしているくらいだった。
二人は顔を見合わせてうなずいた。
アイザックも反対されずに済んだので喜ぶ。
「だがそれはそれ。バークレイ王国に問題がなかったのだから、エリザベスとの婚約を進めたほうがいい事には変わりない」
「くっ……」
ウィンザー公爵は念押しを忘れなかった。
パメラから「エリザベスの婚約者にふさわしいと思ったら、アイザックが何を言っても絶対に進めてほしい」と頼まれていたからだ。
大きな話を聞かされて話をうやむやにされるような油断はしない。
彼は貴族派のまとめ役だったのだ。
話を逸らされて簡単に本題を忘れるような甘い人間ではなかった。







