2.彼女の一人に加えてくださいませ
その二週間後――わたくしと父はフォルナー伯爵家に招待されていた。
父と伯爵は大人同士の話があるとかで、わたくしとジュリアン様は二人で庭園に移動する。
色鮮やかな花々が咲き誇る散策路を、やけに静かな彼の隣をゆっくりと歩きながら、わたくしはチラリと横顔を盗み見た。
ゲーム攻略対象の遊び人キャラ、ジュリアン・フォルナ―。
若干十二歳にしてすでに女性を惹きつける甘い顔立ちをしており、成長が楽しみだと言わざるを得ない。
まだ成長途中のため体の線は細いが、あと数年もすれば、令嬢達が思わず弄ばれたいと願うチャラい男に成長するのだろう。
わかりますわ。結婚相手には誠実な人を望みつつも、ちょい悪な男からしか得られない栄養もありますものね…!
そんな事を考え一人納得していると、ジュリアン様が立ち止まり、その穏やかな緑色の瞳と視線が交わった。
「あの、クラウゼル侯爵令嬢……」
「マデリーンで結構ですわ、フォルナー様」
「それじゃ僕もジュリアンで…」
ゲームでの印象よりも大人しい…というよりオドオドした様子のジュリアン様は、わたくしよりも年上だけど少し可愛らしい。
彼は、言うべきか言わないべきか暫し逡巡した後、意を決したように発言した。
「ぼ、僕に興味を持つのは、君の為にならないと思うんだ!!」
「……まぁ。それはどうしてですの?」
お互いまだ婚約者もいないし、侯爵令嬢が年の近い伯爵令息に興味を持つことがそんなに悪い事なのか。
ジュリアン様の意図が分からず首を傾げると、彼は居心地が悪そうに少し視線を外しながら答えてくれた。
「だって僕は、周囲が思っているような人間じゃなくて……その…」
「その?」
「かっ、彼女が二人もいるんだ!!」
「まぁ!!」
この年齢ですでに二人の彼女がいるなんて!
思わず両手を口元に当てて声を上げて驚くと、ジュリアン様は酷く気まずそうな表情をしていたが、そんな顔をする必要はない。だって、これこそわたくしが求めていたプレイボーイですもの!
「なんて…なんてポテンシャル!素晴らしいですわ!!」
「えっ!?えっと……君は僕と婚約をしに来たんじゃ…?」
「あら、違いますわ。わたくしはジュリアン様の彼女の一人になりにきたのです」
「彼女の一人に!?たった一人の婚約者じゃなくて!?」
「ええ。わたくし婚約なんかに縛られたくありませんの」
そう言って腰に手を当てて胸を反らすと、ジュリアン様から心底胡散臭そうな目で見られた。
失礼ですわ、本心ですの!
「ちなみに、お二人の彼女の内どちらかが本命だったりしますの?」
「本命とかないよ…。ただ二人が『彼女になるのは自分だ』って取っ組み合いの喧嘩を始めたから、場を収める為に二人と付き合う事にしただけで…」
あら、ジュリアン様がお側に置いておきたいからと、彼女にしたわけではないのね。
想定外の理由にパチクリと大きく目を瞬かせる。
「…それだけの為に?」
「七歳と八歳の令嬢なんだけど、彼女にして欲しいって大泣きで暴れ出して、大人たちも困っちゃってたからね。
別に付き合うっていっても普通の交友をしているだけだよ」
「それは……お優しい対応をされたのですね」
ゲームが始まる六年後には女泣かせのプレイボーイになるというのに、そのスタートはなんとも可愛らしいものだったようだ。だが、それはそれでとても良い。
「では」と一歩前へ踏み出し、右手のひらを差し出すと、ジュリアン様は不思議そうにその手とわたくしの顔を見つめ返してきた。握手ですのよ、握手。
「わたくしも、ジュリアン様の彼女の一人に加えてくださいませ!!」
「えぇぇ……」
これ以上ややこしい彼女は欲しくないのだろう。
すごく嫌そうな声を出しながら、ジュリアン様は顔を歪めるが、わたくしは完璧な令嬢スマイルで軽やかに躱す。
知ってますのよ、わたくし侯爵令嬢ですから大抵のワガママは押し通せるって。
やがて、先の彼女二人のようにどうにもならないと悟ったのだろう、
「彼女って言っても友達みたいなものだよ?」
と、肩を落として諦めたように溜息をつきながら、ジュリアン様はそっと握手を返してくれたのだった。
女を侍らす遊び人の第一歩は、案外可愛いものだった。




