M二九 儀式を終えて
Tips!:〈神導教〉は名のない“善なる〈女神〉”を信仰する、この世界の日本における主要な宗教です。
〈退魔法師〉と同じく、基本的に女性が祭司の席を占めています。
真渡園家の応接間────────────。
その中でも、特別な客をもてなすための、格調の高い部屋。
そこで、祭司長が上座に座り、美摩は、テーブルを挟み、
向かい合って座っていた。
〈退魔法師〉御三家がひとつ、真渡園家当主よりも、〈神導教〉祭司長のほうが
立場的には上となる。
テーブルの上には、漱祗に用意させた日本茶が、湯気を立てていた。
「………祭司長様。本日は、鑑定儀式を執り行っていただき、
誠にありがとうございました」
美摩が、祭司長に向かって、深々と一礼する。
「いいえ、こちらこそ、真渡園家の〈鳳凰の双姫〉の儀式に臨ませていただき、
光栄に思っています」
祭司長は、美摩の一礼に、そう微笑で返してきた。
「〈鳳凰の双姫〉────〈神導教〉の方々のお耳には、そのように……?」
「ええ。真渡園家の姉妹は、大変優秀な、とても仲睦まじい御令嬢で、
ふたりとも姫君と呼ぶにふさわしい可憐さと聡明さを持っていると」
「……恐縮です」
自分の娘と、姪子が、噂話でそこまで褒め称えられているとは、
初耳の美摩である。
真理亜が真渡園の屋敷に来てから、一年弱だというのに、
〈神導教〉の人間にまで、そんな評判の声が届いているとは。
実子、兎萌ひとりであったなら、そこまではならなかったに違いない。
美摩は、客観的にそう分析しつつ、複雑な思いを抱いていた。
祭司長が、卓上に出されている茶をひと口飲んだあと、今日の鑑定結果のことを
切り出してくる。
「それで……最初にお話しされていたように、真理亜さんの魔力属性の
鑑定結果は、公にはしない、ということで、よろしいのですね?」
「────はい」
美摩は、一言、だが、はっきりとうなずいた。
「………一般の〈退魔法師〉なら、〈神導教〉の囲い込みが
あるところでしょうが、真渡園家の御令嬢ならば、
その心配は無用のはず。むしろ、御家の益を思えば、
公表されたほうが良いのでは?」
祭司長が、真意を問うように、美摩の目を覗きこんでくる。
「あの子────真理亜は、鑑定結果を伏せておいても、いずれ、〈聖女〉として
〈退魔法師〉界で名を馳せることになると思っています」
「〈聖女〉、ですか。確かに〈聖〉属性の魔力を持つ者ならば、そうなる
かもしれませんね」
祭司長の言葉は、慎重なものであった。
〈聖女〉とは、希有な〈聖〉属性の魔力を持っているからといって、名乗れる
存在ではないからである。
だが、祭司長は、美摩の、思い詰めたような表情を見て、真理亜を〈聖女〉と
目す理由が他にあることを、察した。
「……真理亜さんには、他に、特別な何かがある、と、いうことかしら」
「はい…………あの子には───未来のことが、視えているようなのです」
「───〈予見〉の〈力〉をお持ちなのね」
祭司長の確認に、美摩は、うなずきを返す。
「『なんでもはわからないけれど、自分に関わることは、わかっていることが
ある』と、家の者に言っておりまして……つい先月も、あの子の〈予見〉に
よって、重大犯罪事件をふたつ、解決に導いています──────」
『重大犯罪事件をふたつ』という言葉に、祭司長は、すぐに記憶を探り当てた。
思い出したその情報を、そのまま口にして、美摩に再び、確認してくる。
「違法薬物で実子に人体実験を行おうとした元大学教授と、人身売買を行っていた
実業家の逮捕。真渡園家が捜査に助力していた、というお話は聞いていましたが
……真理亜さんが、〈予見〉の〈力〉で事件解決に貢献されていた、と」
「はい────」
「真渡園家当主としては、誇らしいことのはずですけれど。
────美摩さんにとっては、喜ばしくないことのようですね」
うなずく美摩の表情から察し、祭司長は、あえてその胸中を言い当ててきた。
「……実を言えば───本日の鑑定儀式、真理亜には、〈聖〉属性の鑑定結果は、
出てほしくありませんでした。………間違いでも、なんでもいい。〈聖〉属性の
鑑定結果は出てくれるな、と─────でも、やはり、あの子は、〈聖女〉になる
〈運命〉にあるのだと、思い知らされた気持ちです…………」
「………」
祭司長は、口を開きかけたが、途中で、言葉を飲み込む。
美摩の目じりに、光るものを認めたからであった。
「──────────あの子は、未来において、強大な〈魔〉と戦い、自分の
命と引き換えに、それを討ち果たす……その〈運命〉を、知っているのです」
「それは───」
まさしく〈聖女〉伝承そのものではないか。
祭司長は、そう口を挟みそうになる。
しかし、口にしたのは、別の言葉であった。
「………そうでしたか────その話を聴いて、ようやく、合点がいきました」
「合点……?」
「ええ……。鑑定結果が出た直後の、真理亜さんのお顔────最初は、とても
硬い表情をされていました。四大元素属性すべてと、〈光〉属性、さらに
〈聖〉属性の魔力まで備わっていると判ったというのに、少しも嬉しそうには
見えなかったのです。小さなお子さんなら、喜ぶのが自然だというのに」
祭司長は、わずかに瞑目し、その時の真理亜の、表情の変化を思い出す。
自分が助言をしたあとに、真理亜が見せたあの微笑。
あれは─────すべてを受け入れている、悟りの微笑だったのだ。
「真理亜さんには、儀式の結果が、最初から、判っていた………。自分が、
〈聖女〉として、その階段を上りはじめる、今日という日のことも」
「───おそらくは……………」
美摩のうなずきに、祭司長は、思わず、右手で顔を覆ってしまう。
『……あなたに〈力〉があるからといって、すべての責任を、あなたが引き受ける
必要はありません。必ず、家族やまわりのひとたちの力を頼ってください。
そのうえで、あなたの持つ〈力〉が、正しく使われることを、私は願っています。
────あなたに〈女神〉の導きが、ありますように』
なんと、遅きに失した助言もあったことか。
助言どころか、呪いも同然だ。
真理亜の〈力〉が正しく使われる、ということは─────邪悪なる〈魔〉を、
その命を以て滅す、ということなのだから………!
真理亜に関わるヒト、みんな曇ってしまう……。
こう見ると、真理亜の一挙一動、マジで罪深いですね(^∀^;)




