M一二 クール系メイド!彼女の心にチートが走る!
双子姉妹メイドの伝統に則って、片方はクール系です。
古事記にもそう(以下略)
“……………………私はまるで、歯車そのもの───────────────”
『愛しき花は門に咲く』における大半のシーンをスキップしている
転生真理亜でも、囲碁留叶穂のこの独白は、印象深かったため、覚えていた。
と、いうより、設定資料集のキャラクター紹介ページの見出しでも
使われていたため、シーン飛ばし読み野郎であったドMでも覚えやすかった、
というのもある。
─────真理亜から依存される前の叶穂は、自分の人生を諦観しており、
ただただ、機械的に生きている少女であった。
優れた〈退魔法師〉としての〈力〉を持ちながら、
真渡園一族にメイド長として仕える母、
囲碁留漱祗は、叶穂に言い聞かせる。
『貴き方々を助け、支え、命を懸けてお守りするのが、囲碁留家の使命です』
しかし、実際に目にした真渡園家の当主、真渡園美摩は、実の娘である兎萌を、
魔力を操作できないことを理由に、言葉で精神的に虐待したり、無視したりする
醜悪な毒親であった。
兎萌も兎萌で、母親に怯え縮こまり、対人恐怖症気味に、
叶穂の姉である叶夜の背に隠れる毎日。
………………………………………………このひとたちに、私の一生を捧げる?
叶穂の心を、暗く冷たいものが覆った。
自分より慈悲深い姉の叶夜は、兎萌に大いに同情し、専属メイドとして、
まるで母親代わりをするかのごとく、兎萌を庇護するように接している。
だが、叶穂は、姉のように、兎萌を見ることができなかった。
いや、兎萌だけではない。
母である漱祗が主と仰ぐ美摩のことも、母と同じように主としては、
見れなかったのである。
兎萌お嬢様は、臆病な弱者で、そしてその母親である奥様は、冷血な暴君。
どちらも、“貴き方々”とは、到底思えない。
このまま、盲目的に、真渡園の家の人間たちに仕える人生で、いいのだろうか。
そう疑問を覚えても、叶穂は、母と姉に背を向けてまで外の世界に飛び出し、
やりたいことがない自分に気づくのだった。
この境遇と自分の心の虚ろさが、『私はまるで歯車』云々の独白につながる。
原作では、真理亜の専属メイドとなったあと、美摩の散々な虐待を受ける
真理亜から依存されることに暗い歓びと優越感を覚え、その時ばかりは自分が歯車ではないと思えた、
と、主人公に心情を吐露するシーンがあるのだった。
その前までの時点で、叶穂は既に主人公に心奪われており、
転生真理亜がウットリしているところの、精神的NTRは、完了している。
それでも叶穂が抱く、真理亜との〈約束〉への想いだけは嘘ではなかったため、
主人公への心情の吐露は、
あえて嫌われるように仕向けた偽悪的行為であったのだった。
けれどそこで原作主人公から『あなたは〈歯車〉なんかじゃない』云々と
心動かされる言葉を投げかけられ、熱い抱擁を交わしたあと、
情熱的KISSからの愛のまほろば(文学的表現)シーンに移行する。
そのあと、事後直後の現場を、主である真理亜に見つかってしまい、
『あなたもわたくしを裏切るのね……?
“一生そばにいる”って言ったくせに……』
という例の台詞が、精神的にも物理的にもNTRをされてしまった真理亜の口から
放たれるのであった。
では、その肝心の、真理亜と叶穂が〈約束〉を交わすタイミングは、
いつか、というと。
真理亜が真渡園の屋敷に来てしばらく、当主である美摩から折檻という名の虐待を
肉体的にも精神的にも受け続け、初めて心が完全に折れた日の夜のことになる。
が、この世界では、転生真理亜が亡き母の手紙を美摩に渡したことと、
ノリで兎萌の体に眠っていた〈鳳凰の杖〉を復活させた一連の行いにより、
美摩が虐待毒親になる芽は完全に潰されてしまった。
つまり、叶穂と〈約束〉を交わす通常の流れは、転生真理亜自身の手で
ブッ千切っていたのである。
とんだ因果応報と自業自得もあったものだ。
それでいて『〈約束〉っていつするのかしらん?』などと悩んでいたのだから、
世話はない。
そして時は、転生真理亜が目覚めて、叶穂との〈約束〉のことで、ベッドの上で思い悩む、
その一時間前のことになる。
叶穂は、朝の支度を整え、メイド服に袖を通すなり、漱祗から美摩の執務室に
呼び出された。
すぐさま叶穂が執務室に向かえば、既に正装を終えデスクに座る美摩と、
母である漱祗がその後ろに控え、真剣な面持ちで、叶穂を見つめてくる。
「叶穂。あなたには、真理亜専属の側仕えになることを命じます」
真渡園家当主である美摩は、開口一番、叶穂にそう言い渡してきた。
「─────承知いたしました」
叶穂は、昨日の今日での、性急な人事発令にわずかに驚いたが、
そうなることも多少予想していたので、頭を下げて、
端的に、了解の意を示して見せる。
「あなたも、昨日の〈鳳凰の杖〉が復活顕現したあの場にいたから、
薄々察しているでしょうけれど─────あの子、真理亜は、
伝説の〈聖女〉である可能性が高いわ」
「………はい」
「それでなくても、あの子の魔力は、破格のもの。現時点でも、今の私より、
高い魔力を持っているわ。成長すれば、日本の、いえ、世界の頂点に立つ
〈退魔法師〉になる、と言っても、過言ではない。
……この見通しがどういうことか、わかるわね?」
「────真理亜お嬢様が、真渡園家の次期ご当主になられる、
ということでしょうか」
「その通りよ。真理亜のおかげで、兎萌の“魔力操作不能症”は、
きっと解消されたでしょうけれど、真理亜の魔力保有量には、
まるで及ばない────元より真理亜は、姉様……私の姉の娘。
兎萌より、正当な当主筋にあります」
そこで美摩は立ち上がり、叶穂の目を見据えてから、言葉を続けた。
「叶穂。あの子、真理亜の側仕えになるということは、あなたが思う以上に、
責任重大です。もちろん、漱祗や他のメイドたちもサポートはするけれど
……あなたの持てる力のすべてを懸ける心づもりで、役目に臨んで頂戴」
「はい。真理亜お嬢様の専属となるお役目、謹んでお受けさせていただきます」
叶穂はそう応えて、深々と頭を下げる。
……そもそも、歯車である自分に、否の選択肢はないのだし、
と、胸の内でつぶやきながら。
真理亜の専属メイドに任命されても、仕事内容は姉の叶夜とほぼ同じであろうし、
たいして変化もあるまい。
歯車のように、これからもただ淡々と、回るだけ──────────。
自分の人生に対して、諦念に満ちている叶穂の心の中は、凪いだ海のごとく、
冷ややかで、静かなものであった。
専属メイドとして最初の仕事となる、真理亜の体調伺いにも、
なんの感慨もわくことなく、淡々と真理亜の休んでいる部屋のドアをノックし、
感情のこもらない定型句を口にする。
「真理亜お嬢様、お目覚めでしょうか? 失礼致します」
起きていても、他人同然の家で目覚めた状態、まして幼子なのだから、
正確な返答はない。
そのように判断して、叶穂は、真理亜からの返答を待たず、ドアを開けた。
そして、目が合う。
かわいい、ではなく、美しい、という言葉がふさわしい、紅玉色の瞳を持つ幼女と。
その視線を受けて、叶穂は、全身に、かすかな電撃が走ったかのような感覚を
覚える。
続けて、幼女の視線に対して、わずかに怪訝な気持ちを抱いた。
あたかも、ベッドの上で、自分を待っていたかのような視線に
感じられたのである。
───そんな不思議な思いを振り払いながら、
叶穂は、真理亜に頭を下げて見せた。
「……おはようございます。お目覚めになられていたのですね。
ご気分は、いかがでしょうか」
叶穂の問いかけに、真理亜はふわりとした微笑を返してくる。
「おはようございます。体調は大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
叶穂の表情が、かすかに曇った。
メイド長である母親の漱祗から、他者の体調に気を配る観察眼を
鍛えられているため、真理亜が気分の優れない状態にあることは、
察せられたからである。
加えて、幼子らしからぬ受け答えなのに、
それが無理をした演技とも感じられない。
実母を喪って間もなく、右も左もわからない、親戚の屋敷への転居。
初めて会った従妹のために、命の危険に関わるほどの、膨大な魔力の供給。
それら心的負荷に、幼子の精神が耐えられるとは、とても思えない。
だというのに、目の前の、美しい幼女は、何事もなかったかのような微笑を
浮かべているのだ。
叶穂は、美摩が言った言葉を思い出す。
『あの子、真理亜は、伝説の〈聖女〉である可能性が高いわ』
〈聖女〉、本当にそうなのか。
この子は、自分でも、それを理解しているのか。
──────────この子は、〈聖女〉であろうとするあまり、
自分が不憫な境遇にあると、自覚していないのではないか。
様々な疑問を抱くと、叶穂は、真理亜という子供の在り方が、
痛ましいものに思えてきた。
叶穂の胸に、憐憫の情が、知らずわき起こってくる。
叶穂は、自分でもそれと気づかず、真理亜に対して、
強い庇護欲も生じさせだしていた。
「改めて、自己紹介させていただきます。私は、囲碁留叶穂と申します。
この真渡園のお屋敷に、住み込みで、ご奉公させていただいております。
────本日より、真理亜お嬢様の、身の回りのお世話を
担当させていただくことになりました。どうぞ、よろしくお願い致します」
幼児にもわかりやすいようにと、ゆっくりと説明するように自己紹介し、
丁寧にお辞儀をする叶穂。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
にこりと、真理亜は、花咲くような微笑と共に、お辞儀を返す。
微笑んだ美幼女の応えに、叶穂はまた、年齢以上の物腰の落ち着きを覚え、
軽く感服した。
自分が同じ年齢の頃、このように落ち着いた受け答えができただろうか、と。
だが、感服してばかりではいられない。
「……まずは、お嬢様のお熱を測らせていただきますね。失礼しま─────」
体温計を取り出し、叶穂は、真理亜の胸元の寝衣に手を掛ける。
その手に、真理亜の小さな手が、そっと重ねられた。
「真理亜お嬢様?」
叶穂は手を止めて、真理亜の顔を覗きこむ。
その叶穂に、真理亜が、刃のような言葉を投げかけてきた。
「──────────叶穂さん。貴女は、自分のことを、
〈歯車〉だと思っていますね?」
忍び寄る原作知識チート……
叶穂ちゃんにも、もちろん念入りに勘違いしてもらいます(^∀^;)




