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転移先は密室殺人事件の渦中!? 悪役令嬢に憑依した私が、魔法世界で異能力探偵になります   作者: 堀吉 蔵人


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処理された側

しばらく不定期更新で進みます。

廊下は薄暗かった。


 石壁に沿って魔灯が等間隔に並んでいた。白い光だったが、壁が吸い取るように足元まで届かなかった。デルクスが先を歩いた。急かすでも制止するでもない足取りで、職務のルートだけを辿っていた。


 アルヴィン・ケロウが隣に並んだ。施設の廊下を歩く足音ではなかったが、三年ぶりに自分の意志で前へ進む音でもなかった。速すぎず、遅すぎず、どこも見ていない目のまま前を向いていた。この廊下の一歩一歩を何度も繰り返してきたのかもしれなかった。ただし今日この瞬間は、別の意味を持っていた。


 シリルが後ろを歩いた。


 角を曲がったところでデルクスが止まった。木製の扉だった。アルヴィンの部屋と同じ作りだったが、鍵穴の位置が数センチ違った。デルクスが鍵を取り出す手を、わずかに止めた。


「ベルナルド・クレイスです」


「分かっています」


 扉が開いた。



 部屋は暗かった。


 高い位置に縦長の窓があり、外光が細く差していた。その光を遮るように、男が窓の下に立っていた。背が高かった。アルヴィンより二十センチは上背があり、体格も違った。アルヴィンが削られるように三年を過ごしたのに対して、この男は別の方法で時間と折り合いをつけてきたように見えた。痩せていたが、締まっていた。壁に片手をついて、窓の外を向いていた。


「ベルナルド」


 アルヴィンが声をかけた。


 男が振り返らなかった。


「客が来た」


「聞こえています」


 声が低かった。乾いているのではなく、抑えている声だった。何かを言いたくて、言わないでいる人間の声だった。ゆっくりと振り返り、目が合った。黒い目だった。一瞬でこちらを見て、次にシリルを見て、アルヴィンに戻った。計算ではなかった。入ってきた人間が何者か、一秒以下で整理する動きだった。


「グレイ家の」


「レティシアです」


「捜査官が一緒なのか」


「ハートウェルです」とシリルが言った。


「局の人間がここに来た」男が静かに言った。疑問でも非難でもなかった。「ラインホルトの指示ではない」


「ありません」


「局長は」


「関知していません」


 一拍置いた。


「なら、誰の裁量で」


「私の判断です」とシリルが言った。「正式な捜査権限の範囲内での接触です」


 ベルナルドが壁から手を離した。部屋の中央に一歩踏み出した。石の床だったが、足音がなかった。靴底がこの部屋の床に三年間で馴染んでいた。


「アルヴィンが一緒に来たということは」ベルナルドが低い声で言った。「もう話したのか」


「送った側のことは話した」アルヴィンが言った。


「処理された側は話していない」


「それを聞きに来ました」


 ベルナルドが目を閉じた。長くはなかった。一拍だけだった。目を開けた時、何かが決まっていた。窓の外を見るのをやめた目だった。


「座った方がいい」



 部屋に椅子は三脚あった。デルクスが廊下から一脚追加した。アルヴィンは壁際に立ったままでいた。


「書類の処理は、私の担当だった」ベルナルドが机の前に座って言った。「外部査察官宛の確認申請は、局内の分類上、補助書類として処理される。ラインホルトのラインを通らない経路として設計されていたが、最終的に保管される倉庫は局内にある」


「倉庫の管理は」


「副局長室の管轄です」


 シリルが椅子の上で数ミリ、背を起こした。


「三年前、アルヴィンの申請が届いた時」ベルナルドが続けた。「私は処理担当として書類を受け取った。申請の内容は確認した。補助承認者欄に王立側の名前が入っているという確認要請だった。経路は外部査察官宛で正規だった。問題はなかった」


「しかし」


「届かなかった」ベルナルドが机の上に両手を置いた。指先が板に触れて、動かなかった。「処理した書類は倉庫へ移した。翌朝、書類が消えていた。倉庫の記録からも消えていた。受け取った記録も、処理した記録も、残っていなかった」


「あなたが消したわけではない」


「私が消せるものではありません」ベルナルドが静かに言った。「倉庫の記録に触れられるのは、管轄を持つ人間だけです」


「副局長室の」


「ラインホルトだけです」


 部屋が静かだった。窓から差す光の中に、細かい埃が浮いていた。動かないように見えて、ゆっくりと動いていた。三年間、この部屋でそれを見続けてきた人間が今、机の前に座っていた。


「あなたはその後、ここへ連れてこられた」


「翌々日でした」ベルナルドが言った。「書類の消失を上に報告しようとした翌日に、令状が出た。魔法規則違反の疑いでした。処理した書類に許可なく目を通したという内容でした」


「正規手続きで処理担当になれば、内容確認は義務のはずです」


「そういうことです」


 ベルナルドの指が、机の上でかすかに動いた。握るわけでも開くわけでもなく、力が入って解けた。


「告発した人間は誰ですか」


「書類には副局長室の印がありました」


 シリルが口を開いた。「令状の発行は局長の権限です」


「そうです」


「副局長室が申請し、局長が発行した、という形でした」


「局長も関与していた」


 ベルナルドが少し黙った。


「局長が知っていたかどうかは分かりません」声が低くなった。「令状は発行されていた。その事実だけが残っています。局長が内容を理解した上で発行したのか、副局長室からの上申を確認せずに押印したのかは、外からは判断できない」


「内側からは」


「内側にいた私にも分かりませんでした」



 アルヴィンが壁際から少し前に出た。


「三年前、ここへ来た最初に話したことがある」


 ベルナルドが顔を上げた。


「ルーファス様が書庫で何かを調べていると言っていた」


「言いました」


「それが何かは、当時は分からなかった」アルヴィンが言った。「今は分かるか」


 ベルナルドの視線がこちらへ移った。目が問うていた。この二人が何を知っていて、何を確認したいのか。測るような目だった。


「ルーファス・グレイは、三ヶ月前に亡くなりました」


 ベルナルドの目が止まった。止まったまま、何秒かあった。部屋の空気が変わった、という感覚ではなかった。ずっとそこにあったものが、今初めて言葉として届いた。


「書庫で調べていたのは、黒檻台帳の補助承認者欄に関わる過去の書類です」続けた。「同じ内容を追っていた可能性があります」


「……そうか」


 声が変わった。薄くなった。


「書庫にあった何かが、ルーファスを動かした」ベルナルドが言った。「私が処理した書類の消失記録——倉庫の改ざん記録——そういったものが、書庫の副本に残っていたとすれば」


「残っていた可能性があります」


「書庫の副本は局が管理しています。ラインホルトの管轄下にはない」ベルナルドが指を机の上に押しつけた。「だから消せなかった。倉庫の記録は消せたが、書庫の副本までは手が届かなかった。西塔の書庫は独立した管理系統を持っている」


「ルーファスがそれを見つけた」


「見つけて、持ち出そうとした時に」


 口が少し開いたまま、閉じた。顎の筋肉が張った。


「本棟の査察室に呼び出されました」言葉を選んだ。「封鎖魔法が施された部屋で発見されました」


 男が目を閉じた。


「三年前、私が出した書類の確認が通っていれば」


 言いかけて、止まった。言うべき言葉がなかったのではなく、この場でその言葉を引き受ける権利がなかった。三年間をここで過ごした人間に対して、外から届いた者が返せる言葉ではなかった。


 ベルナルドが目を開けた。


「黒檻台帳の補助承認者欄に載っていた王立側の名前」ベルナルドが言った。「私はそれを書類で確認しました。申請の内容に書いてあった」


「名前を教えてもらえますか」


 男が一拍置いた。


「王立魔法捜査局の外部監査官、ヴィクトル・ノルデンです」


 シリルが動いた。椅子の上で前に乗り出した。


「ノルデン監査官が」


「補助承認者として、台帳の特定の項目に署名していた。その確認要請が、アルヴィンの申請の内容だった」


「特定の項目とは」


「黒檻の印で管理されている項目のうち、局内決裁を経ずに承認されたもの、という分類です」ベルナルドが言った。「局内の手続きを通さずに、外部監査官が直接承認した記録が複数あった。それがなぜそうなっているのか——そこが問題だった」


 アルヴィンが壁際で静かに立っていた。表情が変わらなかった。変わらないまま、何かを受け止めていた。自分の動きが引き起こした波が、三年越しにここで言葉になった。それを聞いている顔だった。


「ヴィクトル・ノルデンは現在も監査官の職にいます」シリルが言った。


「三年間、外の情報は入らなかった」ベルナルドが言った。


「現職です。ラインホルトとの関係で言えば——ノルデンは十年前にラインホルトの副官だった人間です」


 部屋が静かになった。石壁が音を吸っていた。


 局内手続きを経ずに、ラインホルトの旧部下が補助承認者として台帳に署名していた。それを確認しようとした人間が、施設に封じられた。ルーファス・グレイが書庫の副本でそれを見つけた時——査察室の封鎖魔法が、その続きを消した。


「ルーファス様は、どのように亡くなりましたか」


 扉の外でデルクスの気配があった。聞いていないふりをしているのかもしれなかった。あるいは聞いていたとしても、どこかへ報告するつもりはないのかもしれなかった。三年間、この施設の人間を見続けてきた職員の沈黙だった。


「捜査中です」シリルが答えた。「正式な逮捕に必要な証拠を、今ここで揃えています」


 ベルナルドが少しだけ目を細めた。値踏みする目ではなかった。信頼の確認だった。


「もう一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「封鎖魔法が使えたのは誰ですか」ベルナルドが言った。「密室にするには、封鎖魔法を施せる人間が必要なはずです。局内には資格保持者が複数います。しかし本棟の査察室で使うとなれば、場所の使用許可が必要です。許可を出せるのは副局長以上です」


「ラインホルトが許可を出せる立場にある」


「かつてのラインホルトの副官で、封鎖魔法の資格を持つ人間が局内にいるとすれば——」


 ベルナルドは続けなかった。続ける必要がなかった。


 シリルが紙を取り出した。ここに来る前に準備していたものだった。机の上に置いた。


「局内で封鎖魔法の資格を持つ職員のリストです。確認してもらえますか」


 ベルナルドが紙を手に取った。読んだ。指が止まった。


「これです」


 指先が一点を押さえていた。


「ヴィクトル・ノルデン」


 シリルが頷いた。


「封鎖魔法の上級資格保持者です」ベルナルドが言った。「局員登録は十二年前。ラインホルトが副局長に就任したのと同じ年です」


 外の光が変わった。雲が流れたか、時間が進んだか。窓から差す光の角度が変わって、部屋の明るさが少し増した。ベルナルドの横顔に、三年分の疲労とは別の何かが浮いていた。誰かに届いたという事実が、この部屋の空気を少し変えていた。


「ルーファス様が書庫で調べていたもの——副本の記録——それが今も西塔に残っているとすれば」


「残っている可能性があります」シリルが言った。


「それとこの証言を合わせれば」


「十分です」


 ベルナルドが紙をシリルに返した。手が、渡した後も少し宙に浮いていた。それから膝の上に戻った。


「もう一つ」ベルナルドが言った。「三年前、ここへ来た夜——令状を受け取った時——副局長室の使いがいた。担当者の顔を見た」


「誰でしたか」


「ノルデンでした」


 室内の空気が止まった、という感覚ではなかった。もともと動いていなかったものが、そこで初めて輪郭を持った。令状を届けた人間が、封鎖魔法の資格を持つ人間で、台帳に違法に署名していた人間だった。ラインホルトの旧副官だった人間だった。


「ありがとうございます」


 シリルが立ち上がった。


「話してくれて」


 ベルナルドが小さく頷いた。アルヴィンが壁際から離れた。扉の方へ歩いた。途中で止まった。


「来てくれてよかった」アルヴィンが言った。ベルナルドに向けた言葉だった。「一人では、届かなかった」


 ベルナルドが目を上げた。


「届いた」


 それだけだった。



 廊下に出た。デルクスが先を歩いた。アルヴィンが後ろについた。施設の外まで案内するつもりなのか、戻る場所があるのか、聞かなかった。石の廊下が続いた。


 シリルが横に並んだ。声を落とした。


「ノルデンは現在、局の書庫の外部監査を担当しています」


 足が、一瞬だけ乱れた。


「書庫の」


「今日の午前中から、局の書庫に入っています」


 歩きながら聞いた。廊下が続いた。出口が遠かった。副本が残っているとすれば——ルーファスが見つけた記録が、今もあの書庫の棚にあるとすれば——


「今日中に消える可能性があります」


 デルクスが前を歩いていた。この会話を聞いているかどうか分からなかった。


「急がなければなりません」


「そうです」


 出口の扉が見えた。光が差していた。施設の外の、昼の光だった。扉を押した。冷えた廊下の空気が後ろで閉じた。


 外は風があった。石の施設が背後に立っていた。三年間、アルヴィンとベルナルドが過ごした場所が、今は遠い石の塊に見えた。それは、ここを出てきたからではなかった。三年分の言葉を受け取ったから、向こう側になった。


 西塔が、頭の中で立ち上がった。書庫があった。副本があった。ノルデンが、今そこにいた。

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