台帳の余白
しばらく不定期更新で進みます。
書架の受付は昨日と同じ顔をした老人だった。
紹介状を出した。令状の写しを添えた。老人が二枚を交互に見て、台帳に入館日時を書き込んだ。インクが紙に沈む音が廊下に響いた。
「封鎖区画への立ち入りは、令状の申請中につき制限されております」
「通常区画の閲覧を希望しています」
「どちらへ」
「三年前の査察関連書類です。整理区画への指定前のものを確認したい」
老人が一瞬だけ手を止めた。ペンを置き、こちらを見た。何かを判断するような間だった。
「案内の者を付けます」
「結構です。場所は把握しています」
「規則でございます」
案内の男は二十代後半で、無口だった。廊下を先行して歩き、曲がり角では止まってこちらを待った。振り返るときに視線が一瞬だけ斜め上に逸れる癖があった。
七号架まで来た。前回と同じ棚だった。
「こちらで閲覧いたします」
「承知しました。何かあればお呼びください」
男は棚の端から三メートル離れた位置に立った。こちらを直接見ていなかった。だが、気配が残った。
前回確認した位置に手を伸ばした。
三年前の秋から冬にかけての査察書類が並んでいる区画だった。前回は代理担当者の名前を見つけて時間が尽きた。今回はその名前が出てくる書類一枚ずつを丁寧にめくることが目的だった。
最初の書類を引き出した。査察の対象施設名、対象期間、立ち合い署名の欄がある標準書式だった。代理担当の名前は記録者欄の隅にある。インクの色が微妙に違った。
手元に紙を出した。日付と書類番号を書き留めた。
次の書類。また次。
四枚目で手が止まった。
査察書類の末尾に、追記欄があった。原則として空白のはずの欄だった。どの書類も空白だった。四枚目だけ違った。
追記欄に、小さな記号があった。
文字ではなかった。印に近いものだった。黒檻の形をしていた。
男の位置を確認した。こちらを向いていなかった。
書類を光の方へ傾けた。棚の間から差し込む窓明かりが追記欄を照らした。記号は手書きだった。印ではなく、何かを書き込んだものだった。線が細く、急いで書いた跡があった。インクの色が本文と違った。後から書き足されたものだった。
日付を確認した。査察書類の本文の日付は三年前の秋だった。追記欄のインクの色は、それよりも新しかった。半年から一年ほどの差があるように見えた。三年前の秋の書類に、三年前の冬ごろのインクで後から何かが書き加えられていた。
記号を紙に写した。黒檻の形と、その下に数字が二つ並んでいた。二桁の数字が二組、間に短い線が挟まれていた。
ページ番号か。台帳の参照番号か。
書類を戻した。五枚目を引き出した。
午後の光が傾く前に、十七枚を確認した。
追記欄に記号があったのは、四枚目だけだった。
十七枚の書類で代理担当の名前が出てくるものが六枚あった。六枚のうち、追記欄に何かがあるのは一枚だった。
書き留めた紙を折り畳んだ。上着の内側に入れた。
「終わりました」
男が近づいてきた。棚の状態を確認した。書類を一冊引き出して戻した。確認しているというより、確認しているように見せていた。
受付に戻った。退館時刻を記録された。外へ出た。
石畳の広場に馬車を待たせていなかった。
歩いて戻るつもりだったが、途中で足が止まった。
手の中に折り畳んだ紙がある。七号架四枚目の書類に後から書き込まれた記号。黒檻の形と二組の数字。それが何を指しているかを、今ここでは確かめる術がない。
だが、一つ当たれる場所があった。
書架の中ではなく、書架の外にあるものだった。
行政局の南棟は、評議会の書架とは別の建物に入っていた。
三年前の死亡届が公的な記録として残っているとしたら、行政局の戸籍管理部門になる。それが非公開かどうかを確認する必要があった。
窓口に近づいた。
「三年前の死亡記録の閲覧を希望しています」
「故人との関係をお聞かせください」
「評議会書架の業務記録に関連する調査です。王立魔法捜査局の令状申請案件と関連があります」
窓口の女性が奥の同僚に目配せした。二言三言、低く交わした。
「お名前と、調査の対象となる故人のお名前を」
名前を告げた。故人の名前を告げた。
女性が台帳をめくった。指が一ページずつ進んだ。途中で止まった。
「三年前の十一月に届が出ております。病死として処理されています」
「届を出したのは誰ですか」
「雇用主として、公爵家の名前が記載されています」
外へ出た。
空が橙色になっていた。石畳が光を跳ね返していた。
死亡届を出したのが公爵家だった。病死として処理されていた。書架での代理業務が終わった時期と重なる。追記欄の記号が書き込まれた時期と重なる。
馬車を呼んだ。
動揺はなかった。というより、動揺を処理する前に考えが先に動いた。
グレゴールは「旦那様から伺いました」と言った。書架に人を送り込んだ経緯を父から聞いていた。その人間が死んだとき、公爵家として届を出した。一連の流れの中に父がいた。
それが何を意味するかは、まだわからなかった。関与か、後処理か、それとも事後に利用されたのか。しかし、記録の上に父の名前があった。
屋敷には戻らなかった。
使いを出した。シリルへの手紙だった。
*行政局の死亡記録に届出人として公爵家の名が記載。届出日付は三年前の十一月。現役録の確認結果を聞きたい。*
返事は夜になった。
シリルの字は細く、均等だった。
*現役録を確認した。当該人物の名前はない。該当年に評議会書記として在籍した人物の記録と照合したが、一致しなかった。評議会外から一時的に入れる立場という条件で絞り込むと、該当時期に公爵家付きの書記として登録されている人物が一名あった。名前を確認している。詳細は明日。*
紙を折り畳んだ。
机の上に、今日書き留めたものを広げた。
追記欄の記号。数字の二組。死亡届の届出日。現役録で一致した書記の名前。
黒檻の記号が、台帳の何かを指しているとすれば——そしてその台帳が整理区画の中にあるとすれば——令状が下りた後に確認できる。
ペンを取った。
紙の端に、小さく書いた。
*追記欄の記号→台帳参照か。整理区画内の記録に対応する可能性。令状の結果を待つ。*
その下に一行付け足した。
*現役録で一致した書記の名前——公爵家付きとして登録。当時の屋敷に出入りがあったはず。グレゴールが知っているか。*
灯りが揺れた。窓の外で風が動いた。
三年前に死んだ人間の名前は、書類の中で沈黙している。しかし同じ年に動いた別の名前が、現役録の中に残っていた。その人間がまだいるかどうか。今どこにいるかどうか。
シリルが明日答えを持ってくる。
令状の結果が来る前に、もう一つの糸口が見えてきた。
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