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聖女の力は安眠のために。〜ブラック企業帰りの私は、現代知識で冷徹公爵を寝かしつけます〜  作者: サバ味噌饅頭
第14章:聖女、公爵夫人になっても寝かせてもらえません!

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第二話 至福の初夜……のはずが?

参列者が一人残らず庭園の芝生で爆睡を続ける中、アルベルトは紬を「お姫様抱っこ」で抱え上げ、公爵邸の最上階にある新婚の寝室へと運び込んだ。 重厚な黒檀の扉を閉め、鍵を二重にかけ、ようやく訪れた二人きりの時間。アルベルトは紬を柔らかいベッドへと下ろし、その愛おしい顔を覗き込んだ。


「……やっと、邪魔者がいなくなったな。紬、今日は君を……」


アルベルトの低い、情熱を孕んだ声が室内に響く。しかし、彼が紬の手に触れようとしたその瞬間。


「(……ガサッ)」


天蓋の影、絶対に見えないはずの梁の上から、無機質な気配が降ってきた。前世で、ようやく有給休暇を取ってスマホの電源を切った瞬間に、なぜか枕元に立っていた「緊急対応をお願いしたい」と囁く上司の幻影を見た時のような、背筋が凍る不快感が紬を襲った。


「……奥様。初夜の警戒態勢、完了しております。周辺100メートル、ネズミ一匹通しません。また、枕元での呼吸の乱れ、および心拍の上昇は、逐一私が影から記録し、異常があれば即座に介入いたします」


「……カイル。お前、いつからそこにいた……?」


アルベルトの額に、ドロリとした青筋が浮かび上がる。カイルは影の中に溶け込みながら、当たり前のような顔で「結婚式が始まってからです」と答えた。


「出て行けと言っているだろう! 今日は私の、人生で一番大切な夜だ!」


「奥様の安全が第一です。……閣下、あなたのその『荒い鼻息』も、奥様の安眠を妨げる雑音と判断いたしました」


「なんだと……!?」


アルベルトが腰の剣(今日は儀礼用だが)に手をかけたその時、今度はベッドの「下」から、聞き覚えのある不気味な笑い声が漏れ聞こえてきた。


「……ヒヒッ、ヒヒヒ……! 聞こえる、聞こえるぞ……。紬の興奮状態における魔導波の変化……。これを採取すれば、新型の『強制子守唄デバイス』の波形が完成する……! 構わん、アルベルト、続けてくれ。僕はただ、床下でデータを取るだけだ……」


「ゼノス……ッ! 貴様まで床下に潜んでいたのか!!」


アルベルトはついに堪忍袋の緒が、物理的な音を立てて千切れるのを感じた。 公爵邸に響き渡る、主君の怒号。カイルは影を操ってアルベルトの死角を突こうとし、ゼノスはベッドの下で魔導計器をカチカチと鳴らし続ける。新婚初夜の甘い雰囲気は、もはや「不法侵入者たちの学会発表会場」へと変貌していた。


「ああ、もう! 全然寝かせてもらえないじゃない!」


紬は、ベッドの上で枕を抱えたまま立ち上がった。 新妻としての羞恥心よりも、セラピストとしての「静寂を乱された怒り」が勝った瞬間である。


「あんたたち! 誰の許可を得て、新婚の寝室を『安眠研究所』にしてるのよ! アルベルト様も、いつまでも喧嘩してないで! 全員、今すぐその眼を閉じて、床に転がりなさい!」


紬の手から、これまでで最も高濃度な「強制安眠アロマ」の煙が爆発するように吹き出した。


「な、……紬、……私はまだ、……君と……」


「奥様、……この、香りは、……ずる……い……」


「データ、が……幸せな……夢、の……データ……に……」


公爵、隠密、魔導師。王国最強の三人が、紬の「おしおきトリートメント」によって、新婚の寝室の絨毯の上に、重なり合うようにして崩れ落ちた。


「……ふぅ。全く、結婚してもこの調子なんだから」


紬は呆れ顔で、倒れ伏した三人に優しく毛布を掛けてあげた。 結局、公爵夫人の初めての夜は、夫と、夫の部下たちと、その居候をまとめて「寝かしつける」という、彼女らしい奉仕活動で幕を閉じることになった。

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