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聖女の力は安眠のために。〜ブラック企業帰りの私は、現代知識で冷徹公爵を寝かしつけます〜  作者: サバ味噌饅頭
第14章:聖女、公爵夫人になっても寝かせてもらえません!

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第一話 公爵邸の「安眠結婚式」

北の地の冷たく澄んだ空気が、色とりどりの花々の香りを運ぶ最高の日。フェルゼン公爵邸の広大な庭園には、王国の重鎮たちが顔を揃えていた。 王都から招かれた高官たちは、この「聖女と死神」の婚姻を政治的なパワーバランスを確認する場だと捉え、互いに腹を探り合うような、ピリついた緊張感を漂わせていたのだが……。


紬はそんな堅苦しい空気を『安眠の敵』とみなし、参列者全員を強制的にリラックスさせる気満々だった。そんな紬の「歪んだホスピタリティ」が、ゼノスの狂気的な技術と融合していた。


紬が纏うウェディングドレス。それは、ゼノスが極細の「魔力伝導銀糸」で織り上げ、紬の聖女としての慈愛の魔力を、広域かつ指向性を持って放射するように設計された**『広域安眠礼装・プロトタイプ』**だったのである。それは前世で、過酷な納期を乗り越えた最終日の定時後に、社長から「明日は全員、特別休暇だ」と全館放送が入った瞬間の、あの全細胞が弛緩する衝撃を物理現象に変換したものだった。


「……お、おお……。なんという、神々しい……輝き……。……そして……なんという……圧倒的な、重力……っ」


まず最初に崩れ落ちたのは、最前列で威厳を保っていた国王だった。彼は紬の姿を拝もうとした瞬間、脳の報酬系を直接愛撫されるような激しい多幸感に襲われた。

「余は……幸せだ……。もう、何も……いらぬ……」


国王はそう呟なり、玉座のような特等席に深く沈み込み、十数年ぶりの深い、深い眠りへと落ちていった。


「……紬、これ、……広域兵器レベルじゃ、ないか……?」


エスコートするアルベルトさえ、隣から漂う「殺人的な安らぎ」に、その強靭な足取りが生まれたての小鹿のように震えている。 式を執り行う司祭は、聖書を掲げたまま白目を剥き


「健やかなるときも……病めるときも……ぐぅ、すぴー……」


と、愛の誓いの途中で祭壇を枕に崩れ落ちた。

シリル王子にいたっては、優雅に足を組んでワイングラスを傾けようとした体勢のまま固まり


「……君には……敵わないな……」


と恍惚とした微笑みを浮かべて、そのまま美しい彫像のように意識を失った。

異変は参列者全体へと伝播していく。


「なんだ、この眠気は……。隣国が攻めてきても……今は……寝る……」


「予算委員会なんて……どうでもいい……幸せ、だ……」


広場を埋め尽くした数百人のエリート騎士や官僚たち。彼らは、昨日までの権力闘争や激務の記憶をすべて洗い流され、まるでドミノ倒しのように芝生の上へ、あるいは隣の太った貴族の腹の上へと倒れ込んでいった。 数分後、そこには豪華な装飾と、幸せそうな寝息、そして時折響く「カカカッ」という高官のいびきだけが残された「世界で一番静かな結婚式場」が完成した。


「……あら。やっぱり、みんな相当お疲れだったのね。セラピストとして放っておけなかったわ」


紬が満足げに小首をかしげると、静寂の中で唯一、紬への凄まじい執着心だけで意識を繋ぎ止めていたアルベルトが、朦朧としながらも彼女の手を強く握った。


「……ああ。……だが、静かで……いい。……不眠でギラついた連中に、私たちの誓いを汚されるよりは……ずっとマシだ……」


アルベルトは、眠りこける国王や死体のように転がる騎士たちの間を縫うようにして、紬を抱き寄せた。 司祭の爆音のいびきを祝福のファンファーレ代わりに、二人は静かに見つめ合う。 この「安眠結婚式」は、後に王国中の過労死寸前の官僚たちから「伝説の癒やし」として崇め奉られ、フェルゼン領への移住希望者が急増するきっかけとなった。


「……誓います。あんたがどんなに戦いで荒んでも、私が毎晩、深い闇の底まで寝かしつけに行ってあげる」


「……ああ。誓おう。……例えこの命が尽きようとも、君が二度と、不眠の悪夢に脅かされない世界を……私が維持し続けると」


静まり返った(というより全滅した)庭園で、二人は静かに誓いのキスを交わした。 後日、目覚めた参列者たちが「人生で最高の式だった(というか人生最高の熟睡だった)」と口を揃えて語ったのは、言うまでもない。

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