第三話 アルベルトの守護と、カイルの暗闘
「……くっ、ええい! 役立たずの衛兵どもめ! 私が直接、この女を黙らせてくれる!」
逆上したエドワード王子が、傍らに鎮座する『不夜の鐘』に手をかけた。彼が鐘の表面に刻まれた紋章に魔力を流し込むと、鐘からは耳を刺すような不快な高周波――「不眠の呪い」を増幅させた物理的な魔力波が、紬をめがけて放たれた。
「死ね! 寝言は地獄で言うがいい!」
紫色の電光のような衝撃波が紬を襲おうとしたその瞬間、彼女の前に、巨大な黒金の背中が割り込んだ。
「……紬。前だけを見ていろ。背後は私が、一片の埃も通さぬ『城壁』となる」
アルベルトだった。彼は愛剣を抜くことさえせず、ただその巨大な籠手で衝撃波を真っ向から受け止めた。 「ギギギィッ!」と火花が散り、石造りのバルコニーに亀裂が走る。並の騎士なら消し飛ぶような一撃だが、アルベルトは眉一つ動かさず、その一歩も引かぬ重厚な存在感で紬を守り抜いた。前世で、理不尽な怒号を飛ばすクライアントの前に立ちふさがり、無表情で「規約違反です」と言い放ってくれた、あの頼もしすぎる法務部長の威厳がそこにはあった。
「な、何だと!? 私の魔力出力を、ただの筋力で受け止めるというのか……!?」
「殿下、あなたは疲れすぎて距離感さえ見失っているようだ。その程度の『雑音』では、彼女の眠りを守る私の盾は揺るがない」
アルベルトが放つ威圧感に、バルコニーを取り囲んでいた不眠騎士団が思わず後ずさる。
一方その頃、王子の背後の影――誰もが見落としていた『不夜の鐘』の真裏では、カイルが「掃除」を開始していた。
「……あのような汚い魔力に当てられては、紬さんのマッサージの効果が薄れてしまう」
カイルは音もなく、鐘を支える巨大な魔導回路の結節点に降り立っていた。 王子の警護に付いていたはずの精鋭隠密たちは、すでに首筋を的確に突かれ、白目を剥いて転がっている。カイルの動きは、もはや人間のそれではない。紬に「調整」されたことで、彼の神経伝達速度は極限まで高まり、世界がスローモーションに見えていた。
「……この『指』を、切り落とすと言いましたよね」
カイルの手の中で、漆黒の短剣が閃いた。 彼は鐘を破壊するのではなく、その魔導供給ライン――人間で言えば「神経」に当たる部分を、外科手術のような正確さで次々と切断していく。その手際は、前世で紬が目にした「不具合だらけのシステムから、特定のバグだけを無音で削ぎ落とす凄腕プログラマー」の如き冷徹さであった。
「一……、二……、これで終わりです。……あとは紬さん、あなたの好きなように『おしおき』を」
カイルが最後の一線を断ち切った瞬間、鐘が放っていた禍々しい紫色の光が、プツンと途絶えた。
「な、何だ!? 鐘が……私の『不夜の鐘』が動かない! なぜだ、魔力が供給されないぞ!?」
狼狽し、空になった紋章を必死に叩くエドワード。 アルベルトという「鉄壁」に防がれ、カイルという「影」に根源を絶たれた王子は、今やバルコニーの上で孤立した、ただの「ひどく顔色の悪い男」に成り下がっていた。
「……さあ、邪魔者は消えたわ」
紬が、ゆっくりとエドワードに向かって歩み寄る。その手には、ゼノスが徹夜で仕上げた「超高濃度・安眠アロマ」を仕込んだ特製針が、月光を浴びてキラリと光っていた。
「エドワード。あんたのその汚い叫び声、いい加減聞き飽きたのよ。……今すぐその口を閉じて、一生分、寝かしつけてあげるわ」
聖女の背後に、慈愛と殺気が奇跡のバランスで混ざり合った「最強の癒やし」のオーラが立ち昇る。 いよいよ、紬とゼノスが用意した「究極の処方箋」が、狂った王子へと叩き込まれようとしていた。




