第一話 狂乱の王都と、安眠ドリームチーム: 最強の布陣で出発
「……よし。荷造りは完了。安眠枕、最高級ハーブオイル、特製アイマスク……そして、物理的に黙らせるためのおしおき用マッサージ棒」
サロンの入り口で、紬は毅然と、しかしどこか楽しげに「武器(仕事道具)」を確認していた。その背後には、この国を、いや世界をも動かしかねない、あまりにも過剰で物騒な戦力が勢揃いしていた。
まず、圧倒的な威圧感で馬車の傍らに立つのは、辺境伯アルベルトだ。彼はいつもの私服を脱ぎ捨て、フェルゼン家に代々伝わる黒金の魔導鎧を身に纏っている。背負った大剣は、一振りで一軍を沈めると言われる伝説の逸品。
「紬。道中は一羽の羽虫、一つの小石でさえ君の眠りを邪魔させない。……もし王都の騎士団が道を塞ぐなら、私がその鉄門ごと叩き割って更地にする」
その瞳には、かつての「死神」以上の冷徹な覇気が宿っていた。前世で、理不尽な要求を繰り返す取引先に「うちの法務部を連れていくぞ」と脅したくなるような、絶対的な破壊の安心感がそこにはあった。
一方、優雅に馬車のステップに腰掛けているのは、第二王子シリル。彼は王族の正装を完璧に着こなし、その手には「不渡り手形」や「隠し不倫の証拠」といった、敵対貴族を政治的に抹殺するための極秘書類が詰まった鞄を握っている。
「兄上を引きずり下ろすなんて、僕にとっては最高にクリエイティブな暇つぶしだ。……紬、王宮に着いたら僕が真っ先に王座を奪って、君のための『国家公認・爆睡特区』を作ってあげるよ」
その微笑みは、いつになく鋭く、容赦がない。
さらに、影の中から声だけが響くのはカイルだ。
「……辺境の境界線、および街道筋の刺客、すべて排除しました。……紬さん、あなたの髪一房にさえ、あの男たちの汚れた視線を触れさせはしません。……影として、あなたの安眠を妨げる『雑音』はすべて消去します」
彼はすでに実体を持たない殺気の塊となり、紬の周囲数メートルを完璧な死圏に変えていた。
最後に、馬車の後方に奇妙な装置を次々と積み込んでいるのがゼノスだ。眼鏡は指紋と隈で汚れきっているが、その目は狂気的な興奮で血走っている。
「……紬、君の言う『ホワイトノイズ発生器』と『広域アロマ霧化噴射エンジン』の理論、ようやく魔力回路が繋がった! これが発動すれば、王都全域の脳波を強制的にリラックス状態(アルファ波)へ引き込める。……僕の寿命が三日ほど縮まったが、君の理論を具現化できるなら安いものだよ……ひひっ」
彼らが乗り込むのは、アルベルトが秘密裏に建造させた、特製の「要塞馬車」であった。 外見は重厚な装甲車だが、内装は紬の監修により、最新の防振魔法と断熱、さらには究極の寝心地を追求した低反発の羽毛布団で満たされている。外がたとえ戦場になろうとも、中では「心地よい微睡み」が約束されているのだ。
「さあ、行きましょう。……自分たちの健康を削ってまで、他人の睡眠を邪魔するバカな王子を、叩き寝かしつけにね!」
紬の号令と共に、五人の「安眠ドリームチーム」を乗せた馬車が、砂煙を上げて王都へと爆走を開始した。
道中、車内は異様な熱気に包まれていた。ゼノスは紬の膝元に転がりながら魔導具の最終調整を行い、アルベルトとシリルは「王都に着いたらどちらが紬の手を引くか」で火花を散らす。カイルは時折、走行中の馬車の屋根から「偵察をさらに四名、沈めました」と無機質な報告を投げ入れる。
これほどまでに物騒で、これほどまでに心強い「出張トリートメント」が、かつて歴史にあっただろうか。 王都の空には、エドワード王子の放つ不気味な魔力の光が不夜城のように輝いていたが、紬はその光を真っ向から見据え、不敵に微笑んだ。
「待ってなさい、エドワード。……あんたに、一生忘れられないほど最高で……そして『最悪な寝覚め』の夢を見せてあげるわ」




