番外編 安眠遠征軍の「パッキング」騒動:聖女の鞄はブラックホール
王都への出撃を明日に控えた夜。サロンの広間には、かつてないほどの緊張感……ではなく、**「荷造り」**という名のカオスが広がっていた。
「紬、私の馬車は鉄壁だ。王都までの三日間、君を揺らさず、一睡も邪魔させないと誓おう。だから、この『公爵家秘蔵の純金製・防犯魔導具』も持って……」
「アルベルト様、重いです。却下。そんなものより、予備の『乾燥ラベンダー』を5キロ詰め込んでください」
アルベルトの「重すぎる愛(物理)」をバッサリ切り捨てた紬は、テキパキと巨大なトランクに荷物を詰め込んでいた。その中身は、王都を救う聖遺物……ではなく、大量の安眠グッズである。
「紬、見てくれ! ゼノスに特注したんだ。移動中でも最適な湿度を保ち、僕の美しい声を癒しの囁き (ASMR )に変換して君の耳元に届ける『魔導ヘッドフォン・マークII』だよ!」
「シリル様、それ電池(魔石)の無駄です。あと、あんたの声はたまに覚醒作用があるから夜は禁止。それより、その隙間に『湯たんぽ用の予備の炭』を詰めて」
「……紬さん。閣下たちの荷物はすべてダミーとして囮の馬車に積んでおきました。あなたの『特製・指圧オイル』の瓶は、私の肌身離さず持つ隠密ポーチの中に……。一本の傷もつけさせません」
「カイル、あんたのポーチ、私の私物でパンパンじゃない。自分のクナイとかはどこに入れたのよ」
カイルは無言で、自分の武器を捨ててまで紬の「安眠アロマ瓶」を守る決意を瞳に宿らせていた。
そこへ、エレノアが息を切らして駆け込んでくる。その後ろには、山のようなドレスの箱を持った侍女たちが。
「紬様! 王都に乗り込むのですから、パジャマ姿というわけにはいきませんわ! これはわたくしがデザインした『安眠防護・戦闘ドレス』ですの! 襟元にハーブを仕込み、スカートの裾には相手を黙らせるツボ押し用の鉄球を編み込んでありますわ!」
「エレノア様……。最後の一言が不穏だけど、それ、採用よ。肩こりしなそうだし」
前世で、長期出張のたびに「あれも必要、これも必要」とパニックになり、結局一番大事な「心の余裕」を忘れて駅へ走っていた自分を思い出し、紬は苦笑した。
「(……あの頃は、誰かの期待に応えるための荷造りだった。でも今は、あいつ(エドワード)を黙らせて、みんなでぐっすり眠るための準備だわ)」
紬がトランクの蓋を「よっこらしょ」と閉めたその時、アルベルト、シリル、カイル、そしてエレノアとゼノス。全員の視線が彼女に集まった。
「よし、パッキング完了! 全員、今夜は21時消灯よ。一分でも夜更かししたら、王都に着くまで『首の皮一枚残し指圧』の刑だからね!」
「「「はいっ!!(御意!)」」」
最強の遠征軍が、一人の聖女の「就寝命令」によって、軍隊よりも一糸乱れぬ速さで布団に潜り込んだ。
明日から始まる、王国史上もっとも「静かで、かつ激しい」戦いを前に、北の地には最後のおだやかな寝息が響いていた。




