第三話 安眠vs科学:ゼノスの持ち込んだ『悪夢』
アルベルトに襟首を掴まれたまま気絶したゼノスを、紬は「……仕方ないわね」とサロンの予備室に収容した。しかし、彼が馬車から引きずり出してきた「未完成の魔導具」が、その夜、事件を引き起こす。
それは、ゼノスが紬の噂だけを頼りに作り上げた、**『広域安眠導入機・試作零号』**だった。
「(……なんか、嫌な予感がするわね)」
紬がそう思った時には遅かった。深夜、ゼノスが寝ぼけて魔導具のスイッチを蹴飛ばしたのか、機械が「キィィィン」という奇妙な高周波を放ち、サロン全体に紫色の霧のような魔力が充満したのだ。それは前世で深夜残業中に鳴り響いた緊急アラートのような不快な音色で、人々の理性を強制的にシャットダウンさせていく。
「……う、……なんだ、この暴力的な眠気は……」
見回りをしていたカイルが、膝から崩れ落ちる。
「紬……、体が……動か、な……」
隣の部屋で読書をしていたアルベルトも、本を落として深い眠りへと強制的に引きずり込まれた。
紬自身も、抗えない重力に押し潰されるようにベッドに倒れ込んだ。 だが、その眠りは「安眠」とは程遠いものだった。
「(なによこれ……。脳が勝手に変なイメージを見せられてる……!?)」
ゼノスの機械が放出したのは、脳内の欲望を増幅させて具現化する**『強制夢』**の魔力だった。
夢の中で、紬は真っ白な空間にいた。 そこに現れたのは、これまでにないほど積極的なアルベルト。 「紬……。もう、公爵としての立場などどうでもいい。私を、君だけのものにしてくれ」 彼は紬を押し倒し、その首筋に熱い吐息を吹きかける。
だが、そこへシリルの声が割って入る。
「おっと、アルベルト。君には重すぎるよ。紬、僕と一緒に、誰にも見つからない永遠のバカンスへ行こう」
シリルが紬の反対側の手を引き、二人の男が彼女を左右から奪い合う。
「……待て。その筋肉量と心拍数のデータは、安眠の妨げだ。……解析、させて、くれ……」
夢の中にまで、眼鏡を光らせたゼノスがノートを持って乱入してくる。
「うるさーーーーい!!」
紬は夢の中で、現代知識という名の鉄槌を振り下ろした。
「あんたたちの欲望で私のレム睡眠を汚さないで! 睡眠の質を下げたら、明日の私の肌はどうなると思ってるのよ!」
紬の怒りの波動が、ゼノスの未完成な魔法回路を内側から焼き切った。 「ガシャン!」という音と共に、サロンに充満していた紫色の霧が霧散する。
翌朝。 全員が、かつてないほどの「寝起きの悪さ」で居間に集まった。 アルベルトは顔を真っ赤にして紬を直視できず、シリルは「……変な夢を見たよ。でも、悪くなかったな」と鼻の下を伸ばしている。
「……あ。……あぁ、僕の試作機が……。紬、君の『怒りの脳波』で、回路がオーバーヒートしたのか……。……素晴らしい……、これだよ、このデータが欲しかったんだ……」
ゼノスは床に這いつくばりながら、壊れた魔導具から漏れる煙をうっとりと眺めていた。
「ゼノス。……あんた、次に私の睡眠を邪魔したら、その眼鏡を叩き割って、一週間『目覚まし時計の精霊』と一緒に監禁するからね」
紬の冷徹な宣告に、天才魔導具師は
「……ゾクゾクするね……。その非論理的なまでの執着、ビジネスパートナーとして最高だよ……」
と隈を深くして微笑むのだった。




