第四話 添い寝の権利、譲らぬ三つ巴
暖炉の火が小さくなり、ホット・ワインの瓶が空になった頃、逃れられない最大の問題が浮上した。 ――**「誰が、どこで、寝るか」**である。
「当然、紬はここに残る。ここは私の寝室であり、私のベッドだ。お前たちは客間のソファで丸まっていろ」
アルベルトが、紬の肩を抱き寄せるようにして領土を主張する。その銀色の瞳には、一歩も譲らぬ「主」のプライドが宿っていた。
「それは暴君の論理だね、アルベルト。紬がここに一人で残ったら、君が何を仕掛けるか分かったもんじゃない。……紬の純潔と安眠を守るため、僕もこのベッドの端に陣取らせてもらうよ。君たちの監視役としてね」
シリルが優雅に靴を脱ぎ捨て、当然のような顔をしてベッドの左側に潜り込もうとする。
「ちょっと! お二人とも不潔ですわ! 紬様はわたくしの『美容の師匠』。わたくしが紬様の隣で、最新の指圧技術と白湯の真髄を夢の中で伝授していただかなければなりませんの。男の方は床でおやすみなさいませ!」
エレノアが白いパックを剥がし(剥がした後の肌は確かにピカピカだった)、紬の右側に陣取ろうとドレスの裾を捲り上げた。
だが、エレノアの威勢のいい言葉とは裏腹に、その視線は泳いでいた。 彼女が陣取ろうとしている紬の右側の、さらにその先には――当然、シリルがいる。
(な、なんですの。紬様を挟んでいるとはいえ、シリル様と同じベッドで眠るなんて……。わたくし、アルベルト様を追ってきたはずですのに、どうしてこんなに心臓がうるさいのかしら)
シリルが横になる気配を感じるたび、エレノアは耳たぶが熱くなるのを自覚した。彼がふわりと纏わせている、洗練された香水の残り香とワインの香りが、美容液の香りよりも強く鼻腔をくすぐる。前世で、嫌いなはずのチャラい同期と不意に狭いエレベーターに閉じ込められた時の、あの「理屈ではない動揺」を思い出し、紬はエレノアの横顔を密かに観察した。
「……あのね。あんたたち」
紬の額に青筋が浮かぶ。
「ここは公爵様の部屋で、公爵様のベッド。それは認めるわ。でもね、私は一人の女性なの。……この、加齢臭こそしないけど『筋肉と欲望の塊』みたいな男二人に挟まれて、寝られるわけないでしょうが!」
紬は立ち上がり、寝室の隅にあった予備のクッションと、長い抱き枕を次々とベッドの中央に並べ始めた。
「いい? センターは私。右側はエレノア様。アルベルト様とシリル様は、ベッドの両端。……そしてこの抱き枕は『国境線』よ。一本の指、一房の髪の毛でもこの線を越えたら、その場で強制退去(物理指圧)にするから。……わかった?」
「……うっ。……承知した」
「紬が真ん中なら……まぁ、妥協しようかな。隣のエレノア嬢が、あんたが僕を意識して動悸を激しくさせなければ、の話だけどね」
シリルの意地悪な囁きに、エレノアは
「なっ、ななな何を仰いますの! 自意識過剰ですわ!」
と裏返った声で叫び、慌てて背を向けた。抱き枕という防波堤があるはずなのに、背中越しに感じるシリルの気配が、どんな「ざまぁ」な結末よりもエレノアを混乱させていた。
結局、王国の権力者たちが、紬が作った「枕の壁」に阻まれ、修学旅行のような状態でお行儀よく横並びになった。
紬は両隣から伝わる、三者三様の熱気と気配にため息をついた。 右側からはエレノアの甘い花の香りと、なぜか微かに震えている呼吸。左側からはアルベルトの重厚な体温、そしてその奥からはシリルの不敵な、しかしどこか穏やかな気配。
「(……信じられない。私、世界一贅沢で、世界一寝心地の悪い環境にいるわ……)」
だが、暗闇の中で紬がそっと目を閉じると、不思議と孤独な夜よりも心が落ち着いていることに気づいた。 壁越しに聞こえる、アルベルトの少し速い鼓動。シリルの「紬、寝た?」という小さな囁き。それに過剰反応して「静かになさいませ!」と小声で怒るエレノアの、どこか浮足立った声。
紬は、自分の「安眠シェルター」では得られなかった、不規則で温かな「他人の気配」に包まれながら、かつてないほど奇妙で、幸せな微睡みの中へと落ちていった。




