表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女の力は安眠のために。〜ブラック企業帰りの私は、現代知識で冷徹公爵を寝かしつけます〜  作者: サバ味噌饅頭
第10章:公爵邸の密室、安眠の罠?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/85

第三話 三人(+一人)の奇妙な夜

結局、アルベルトの寝室にはシリルが居座ることになった。 アルベルトは、獲物を横取りされた猛禽類のような眼差しで不機嫌の極致にあり、対するシリルは「愛の力で城門を突破したよ!」と我が世の春を謳歌している。紬はといえば、もう怒るエネルギーすらもったいないと、「……もう、どうにでもなれ」の精神で、シリルが持参したホット・ワインをヤケ気味に口に含んだ。


だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。 シリルの影から、なぜか顔に「夜用の白い美容パック」を貼り付け、その上から優雅に扇子を動かしている奇妙な人影が現れたのだ。


「あら、シリル様だけずるいですわ! わたくし、アルベルト様と紬様がこんな密室で二人きりだなんて、心配で、心配で……! 美容に悪いと思いながらも、シリルの馬車に紛れ込んで参りましたわ!」


「エレノア嬢、君……。その姿、暗闇で見ると真珠の粉末っていうより、ただの白い化け物だよ。僕の繊細な美意識が悲鳴を上げている」


シリルが顔を引き攣らせて指摘すると、エレノアは「なんですって!?」と白い顔を一層険しくして扇子を叩きつけた。かつて前世で、深夜残業中にトランス状態に入った同僚が、顔に冷えピタを貼りまくって「私は今、氷の女王なの……」と虚空を見つめていた姿と重なり、紬の心に乾いた風が吹き抜けた。


「これこそ紬様に伝授していただいた最新の『真珠粉末・美白パック』ですのよ! これを貼ったまま寝れば、明日の朝には女神も嫉妬する肌になりますの! 紬様、この無礼極まりない王子の口を、特製のアロマキャンドルか何かで塞いでやってくださいませ!」


部屋は一気にかつてないカオスと化した。 最強の騎士、第二王子、公爵令嬢、そして安眠の聖女。王都の社交界が見たら泡を吹いて倒れるようなメンバーが、公爵の私室でホット・ワインの湯気を囲んでいる。


だが、ワインのアルコールとスパイスの香りが回り、暖炉の薪がパチパチとはぜる音だけが響くようになると、不思議と刺々しかった空気が凪いでいった。


「君、意外と酒癖が悪いね。令嬢の面影がどこかへ飛んでいっているよ」


「シリル様こそ、女性を口説く言葉が安っぽくて反吐が出ますわ。……でも、このワイン。悔しいけれど、わたくしの喉を優しく温めてくれますわね」


「……ふん。素直じゃないな。ほら、空になったんだろう? 注いでやるよ」


シリルが、いつもの「獲物を狙う目」ではなく、悪友をあしらうような手つきでエレノアのグラスにワインを注ぐ。エレノアも、ツンとそっぽを向きながらも、それを拒まずに受け取っていた。


その様子を眺めながら、アルベルトは紬の隣に、音もなく座り直した。 そして、暖炉の影を利用して、誰にも見えないように紬の指を自分の大きな手で、壊れ物を包むように優しく、強く、包み込んだ。


「……紬。本当は、いつかあの騒がしい二人を力尽くで追い出して……。この広い部屋で、静かな夜を、君と二人きりだけで過ごしたい」


アルベルトの低い、けれど今までで一番穏やかな声。 紬は、彼の手から伝わってくる熱と、かすかな震えを感じ、そっと指に力を込め返した。


「……そうですね。まずは、庭でまだ控えめに演奏を続けている、シリル様の楽団を帰すところから始めましょうか」


「ああ……。そうだな。……明日、全員除隊処分にするようシリルに言っておこう」


紬は、自分の「有給休暇」が、当初の予定だった『誰にも邪魔されない孤独な隠居』とは、全く違う方向へ転がっていることを自覚した。 けれど、自分の手を握る不器用な騎士や、喧嘩をしながらワインを飲む王子と令嬢、そして天井裏で密かに自分たちの安全を見守るカイル――。


(……一人で寝るより、少しだけ、体温が高い夜も……悪くないのかもね)


暖炉の火に照らされた彼女の横顔は、どの安眠アロマよりも、穏やかに微睡んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ