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聖女の力は安眠のために。〜ブラック企業帰りの私は、現代知識で冷徹公爵を寝かしつけます〜  作者: サバ味噌饅頭
第10章:公爵邸の密室、安眠の罠?

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第一話 誘い出された聖女

「……ちょっと、アルベルト様。話が違うじゃないですか。プロの意見が欲しいって、こういうことだったんですか?」


三日間の休養(閉鎖)が明けた翌晩。紬が招かれて訪れたのは、フェルゼン公爵邸の最上階。そこはアルベルトの完全なる私域であり、許可された者しか立ち入ることのできない「聖域」だった。


「最新の寝具を導入した。君に一番に試してほしい」という、至極全うな仕事の依頼を信じてやってきた紬を待っていたのは、確かに言葉通りの光景だった。広大な寝室の中央には、最新の魔法技術と最高級のシルク、そして希少な魔鳥の羽毛を贅沢に使った、雲のようなベッドが鎮座している。


しかし、問題はその「演出」だった。 部屋には紬とアルベルトの二人きり。照明は極限まで落とされ、以前、紬が彼に教えた「リラックス効果のある蜜蝋とサンダルウッドのキャンドル」が、甘く重厚な香りを揺らめかせている。かつて前世で、残業確定の深夜に「少し休憩しよう」と甘い缶コーヒーを差し出してきた狡猾な上司を思い出したが、今、目の前にいる男の視線は、それよりも遥かに純粋で、回避不能な重圧を孕んでいた。


「……何か不備があっただろうか。私は君の教えを忠実に守ったつもりだ。寝室の温度は20度、湿度は50%。色彩心理学に基づき、視覚的に神経を鎮める深いミッドナイトブルーで全てを統一した」


アルベルトは、普段の厳格な軍服を脱ぎ捨て、薄手の室内着を纏っていた。上質なシャツのボタンがいくつか外され、鍛え上げられた胸元のラインが、キャンドルの火影に揺れて無防備に覗いている。


紬は、彼がこれほどまでに真面目に、かつ執拗に自分の「安眠理論」を形にしたことに感心した。だが、それと同時に、あまりに近すぎる彼の距離と、部屋に満ちた濃密な熱気に、自分自身の心拍数が警報を鳴らすのを感じていた。


「……環境は完璧です。ぐうの音も出ないほどに。でも、これじゃまるで、その……」


「……まるで?」


「……いえ、なんでもありません。とにかく、まずはプロとして枕の硬さと反発係数をチェックしますね」


紬が逃げるようにベッドに腰掛けようとした、その瞬間だった。 背後から、アルベルトの逞しい腕が伸びてきた。 抱きしめるわけではない。だが、彼は紬を背後から包み込むような姿勢で、彼女が座る場所に力強く手を置き、紬を自分の体温の檻に閉じ込めた。


「紬。……三日間の静寂は、私には長すぎた。君がいない夜、この部屋はあまりに広すぎて、凍えるように寒かったんだ」


「アルベルト様……。それは、ただの気のせいです」


「……呪いが解け、死神の影が消えても、君が隣にいないのなら、結局私はまた永い悪夢に堕ちる気がする。……君の声が、君の香りが届かない場所では、私はもう、微睡むことさえ叶わない」


「それは……ただの『依存』ですよ、公爵様。私のトリートメントなしでも眠れるようになるのが、最終的なゴールだったはずでしょう?」


紬の指摘に、アルベルトは顔を彼女の項に寄せ、低く、切実な吐息を漏らした。かつては世界を拒絶していた冷たい銀色の瞳が、今はただ一人の女性への渇望で焼き尽くされそうに揺れている。


「依存で構わない。……君なしの安眠など、私には何の価値もないんだ。……私を救ったのなら、最後まで責任を取れ」


アルベルトの低い声が、紬の敏感なうなじをくすぐり、熱い体温が薄い室内着越しに伝わってくる。 「睡眠不足は判断力を鈍らせる」とは紬がいつも言っていることだが、今、脳を麻痺させているのは不眠ではなく、目の前の男が放つ圧倒的な熱量だった。


紬の理性が、甘い蜜蝋の香りに溶かされるように、じわじわと崩れ始めていた。


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