番外編 安眠聖女の「耳栓」革命と、喋る壁の怪
紬が宣言した「三日間の完全鎖国」。
サロンの扉は固く閉ざされ、紬は究極の防音室に引きこもった。しかし、それでもなお、彼女の安眠を脅かす存在があった。
「(……聞こえる。壁の向こうから、あいつらの『重たい念』が聞こえてくるわ……!)」
物理的な音は遮断できても、猛獣たちの執念はもはや魔力に近い波動となって壁を浸透してくる(ような気がする)。そこで紬は、温存していた「利子(賠償金)」を使い、さらなる防衛兵器を開発した。
それは、ドワーフの細工師に特注した、**「形状記憶・魔導遮音耳栓」**である。
「これを耳にねじ込めば、たとえ隣でアルベルト様が愛の詩を朗読しようが、シリル様がヴィラで夜な夜なパーティーを開こうが、私の世界は真空になる……!」
紬がその耳栓を装着し、至福の無音世界に浸っていた、その時。
サロンの外壁では、アルベルトとシリルが、本当に**「壁に向かって喋って」**いた。紬の言いつけを(極端な形で)守った結果である。
「紬……聞こえるか。私は今、君が言った通り壁と喋っている。この壁は君が選んだ石材だ、つまり君の一部と言っても過言ではない……」
「アルベルト、君の理屈は相変わらず怖いよ。紬、僕のヴィラからは君の部屋の窓が見えるんだ。今、愛を込めて窓ガラスを磨いているよ。キュッキュッという音が、君への子守唄になるといいな」
……カイルは天井裏で、頭を抱えていた。
「(……お二人とも。紬様は今、最新鋭の耳栓であなたの声をシャットアウトしていますよ。というか、その壁越しに話しかける姿、領民に見られたら公爵家の権威が消滅します)」
だが、ここで事件が起きる。
あまりに二人が壁に向かって熱烈に語りかけ、魔力を無意識に注ぎ込んだ結果、サロンの壁材(火山岩)が魔力を帯び、**「紬の声で相槌を打つ」**という怪奇現象が発生したのだ。
壁:『……寝なさいよ、あんたたち』(録音された紬の声の幻聴)
「「紬の声がした!!」」
歓喜に沸く猛獣たち。しかし、耳栓をして爆睡中の紬には、外で二人が「壁と感動の再会」を果たしている狂気など、知る由もなかった。
翌朝、三日間の休暇を終えてスッキリした顔で出てきた紬を待っていたのは、壁を愛おしそうに撫でる、目の下に深い隈を作った二人の男であった。
「紬。壁が、君の声で私に『寝ろ』と言ってくれた……。私は救われた……」
「僕たちの愛は、ついに無機質さえも震わせたんだね、紬!」
「……カイル。悪いけど、今すぐその壁、全部張り替えて。今度は『魔力絶縁体』で」
安眠聖女の戦いは、ついに「物質との対話」というオカルトの領域にまで足を踏み入れようとしていた。




