第六話 安眠聖女の「宣戦布告」
「……いい加減にしてちょうだい、あんたたち!!」
紬の怒号が、静まり返った北の空に響き渡った。 アルベルトが、シリルが、そして天井裏に逃げようとしたカイルまでもが、石像のように硬直した。
「私がここに来たのは、有給休暇を満喫するため! 誰にも邪魔されずに、死んだように眠るためなの! それなのに、朝から晩まであんたたちが独占欲を垂れ流して小競り合いをしてるせいで、私の睡眠負債は今、国家予算並みに膨れ上がってるわよ!」
「紬、私はただ君を――」
「紬、僕の愛が――」
「言い訳禁止! 私が今、一番愛しているのは『睡眠』! 二番目は『ハーブ』! 三番目は『静寂』よ! あんたたちの順位なんて、今のところ圏外なんだから!」
紬は、自分の胸元で激しく脈打つ心臓を抑え、二人を指差した。かつて王都で無能と罵られた時ですら出さなかった、腹の底からの絶叫。それは聖女の奇跡というより、理不尽な残業を押し付けられた末にキレたベテラン社員の如き迫力だった。
「明日から三日間、このサロンは完全閉鎖します! 全員出入り禁止! 往診もトリートメントも一切受け付けません! 私の自律神経が正常化するまで、あんたたちは自分の部屋で壁と喋ってなさい!」
「……えっ」
「……そんな」
絶望の表情を浮かべる猛獣たちを置き去りにし、紬はサロンの重い扉を、文字通り叩きつけるように閉めた。
バタン! ガチャリ、と鍵がかかる音。 拒絶されたアルベルトは、暗闇の中で拳を握りしめた。これまでの彼は、彼女の安眠を守ることでその隣に留まろうとしてきた。しかし、今の言葉で悟ったのだ。平穏を与えているだけでは、彼女の優先順位は自分に回ってこないということに。
「(……出入り禁止、か。……ならば、彼女がこちらに来ざるを得ない『理由』を作るまでだ)」
アルベルトの瞳に、これまでの「待ち」の姿勢ではない、獲物を追い詰める騎士としての冷徹な策謀が宿る。それは略奪愛に近い、危うい熱を帯びていた。
一方、サロンの内側で、紬は壁にもたれかかってズルズルと膝をついた。
「……はぁ。……言い過ぎたかしら。……でも、本当に心臓に悪すぎるわよ、この隠居生活……」
紬の指先には、まだシリルの手の温もりと、アルベルトの殺気の余熱が残っている。 安眠聖女による、決死のシャットダウン。 だが、この「三日間の静寂」こそが、アルベルトに禁断の決意させる、嵐の前の静けさであることを、今の紬はまだ知る由もなかった。




