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聖女の力は安眠のために。〜ブラック企業帰りの私は、現代知識で冷徹公爵を寝かしつけます〜  作者: サバ味噌饅頭
第8章:新装開店! 癒やしの庭園と秘密のハーブ

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第六話 月夜のティータイム:四人の束の間の休息

増築工事の喧騒が去り、カイルによる「鉄壁の静寂」に守られたサロン。その新しいテラスに、今夜は四人の影があった。


頭上に広がるのは、北の地特有の、吸い込まれるような深い藍色の空と、零れ落ちそうな星々。 テーブルの上には、紬が自ら庭で摘み取り、乾燥させていた新作の「月見草とレモンバームのブレンドティー」が湯気を立てている。


「……ふぅ。ようやく、落ち着けるわね」


紬が深く背を預けて呟くと、隣に座るアルベルトが、彼女のカップにそっとお代わりを注いだ。


「ああ。……これほどまでに静かな夜は、人生で初めてかもしれない」


かつて「死神」と呼ばれた公爵の横顔には、今や鋭い刺はなく、月の光を反射する銀髪が穏やかに揺れている。不眠の呪いに苛まれていた頃、彼にとって夜は永劫に続く拷問でしかなかったが、今は紬の隣で穏やかに更けていく時間を、ただ慈しんでいた。


「僕もだよ。王都の舞踏会より、君が淹れてくれるこのハーブティー一杯の方が、ずっと贅沢に感じる」


シリルがいつもの軽薄さを潜め、しみじみと夜の闇を見つめる。彼は今日、紬のために王都から取り寄せた最高級の砂糖を、彼女に


「糖分の摂りすぎは睡眠の質を下げるわよ」


と一蹴されつつも、どこか嬉しそうにしていた。


「わたくしもですわ。紬様に出会うまで、美容とは戦いでしたけれど……こうして静かに月を眺めることが、何よりの美容液になりますのね」


エレノアが、慣れない手つきで自分のハーブティーを飲み、満足げに微笑む。 四人はしばらくの間、言葉を交わさず、ただ夜風が森の葉を揺らす音と、遠くで鳴く夜鳥の声に耳を傾けていた。


かつて、紬は王都で「無能」と蔑まれ、灰色のオフィスと冷たい石畳の間で、ただ摩耗するだけの毎日を送っていた。けれど、今。 彼女の左右には、自分の命以上に彼女の眠りを案じる二人の男がおり、目の前には、自分を師と仰ぐ愛すべき令嬢がいる。そして天井の影には、命を懸けてこの静寂を守る隠密騎士が潜んでいる。


「ねえ、あんたたち。……私、ここに来て良かったわ」


不意に溢れた紬の本音に、三人が同時に顔を上げた。 紬は少し照れくさそうに、ハーブの香りが残るカップを両手で包み込んだ。


「追放された時は、正直『これでせいせいした』って思ってただけだったけど。……今は、このボロ屋――あ、今はもう要塞ね。この場所が、私の本当の家なんだって思えるの」


「紬……」


「当たり前じゃないか。君がいない北の地なんて、ただの雪原だよ」


「紬様、どこへも行かせませんわよ。わたくしの肌の管理を、一生任せますわ!」


三人の言葉に、紬は「一生とか、重いわね」と笑いながらも、その胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。 孤独に眠ることを選んだはずの聖女の周りには、いつの間にか、どんな最高級の寝具よりも温かな「絆」という名の毛布が重なっていた。


「さぁ、冷える前に中に入りましょう。明日は新種の種を植えるんだから。……カイルも、いつまでそこにいるの? あんたの分も、お茶を淹れておいたわよ」


天井から微かな苦笑の気配が漏れ、影が揺れた。


四人(と一人の影)が、温かな光の漏れるサロンへと戻っていく。 安眠を求める聖女の物語は、ただの「休息」を超え、大切な人々との「日常」という、かけがえのない宝物を育てていく。


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