第四話 紬の休日~森のピクニックと安眠シェルター選手権~
「たまには日光を浴びないと、光合成ができなくて枯れてしまいますわよ、紬様!」
「そうだよ、紬。僕が最高のピクニック・スポットを見つけておいたんだ。君を馬に乗せてエスコートさせてよ」
「……馬は揺れる。私の領地の、揺れの少ない特製馬車を出す」
三人の猛烈なプレゼンに押し切られ、紬は重い腰を上げた。たまには外の空気を吸うのも悪くない。自律神経を整えるには、適度な太陽光とセロトニンの分泌も必要だからだ。
向かったのは、フェルゼン領内でも指折りの美しさを誇る「銀鏡の湖」。 しかし、現地に着いた途端、三人の「おもてなし」という名の暴走が始まった。
「紬、ここへ座って。僕が王都から取り寄せた最高級の魔法絨毯だ。地面の凹凸を一切感じさせないよ」
シリルが広げたのは、金糸で刺繍された眩いばかりの絨毯だ。しかし、紬は眉をひそめた。
「シリル様、色が派手すぎて目がチカチカするわ。これじゃ網膜が休まらない」
「ならば、これだ」
アルベルトが、どこから持ってきたのか、巨木の陰に巨大な天蓋付きの寝椅子を設置していた。騎士団の面々が遠くで汗を流しながら設営作業をしているのが見える。
「公爵様……。ピクニックに家具を持ち込むのは、もはや引っ越しなのよ。重厚すぎて、せっかくの開放感が台無しだわ」
「お二人とも甘いですわ!」
エレノアが誇らしげに指し示したのは、大量のバラの花びらで埋め尽くされた特製の「花のベッド」だった。
「見てくださいませ、この色彩と香り! 乙女の昼寝にはこれこそがふさわしいですわ!」
「エレノア、バラの香りが強すぎて、ハチが寄ってきてるわよ。これじゃ刺される恐怖でアドレナリンが出ちゃう」
三人が「あぁでもない、こうでもない」と、再び火花を散らし始めたその時。 紬は呆れ果て、自ら持参した質素な麻のシートを、湖畔の少し湿り気のある、ひんやりとした木陰に敷いた。
「いい、みんな。安眠の極意は『調和』なの。余計な装飾はいらない。ただ、風の音と、水の匂いと、この程よい地面の硬さがあればいいのよ」
紬はゴロリと横になり、手近な木の根を枕代わりにした。
「……あぁ、最高。マイナスイオンが、肺の隅々まで染み渡るわ……」
紬の深い呼吸に合わせて、周囲の空気が凪いでいく。前世で求めて止まなかった「完全なオフの状態」。誰の目も気にせず、ただ自然の一部として溶け込むこの瞬間こそが、彼女にとっての真の贅沢だった。
紬が数秒で深い眠りに落ちそうになったのを見て、三人は顔を見合わせた。 自分たちが用意した高級品よりも、ただの地面を選んだ彼女。だが、その寝顔は驚くほど穏やかで、陽光に透ける肌は聖画のように美しい。
「……負けたよ。君の『安眠への美学』には、金も魔法も敵わないらしい」
シリルが苦笑し、紬のそばにそっと腰を下ろした。
「……静かだな。私たちが黙れば、これほど良い場所だったのか」
アルベルトも、紬を挟むように反対側に座る。
「……紬様の仰る通りですわね。わたくし、バラの香りで少し頭が痛かったですわ……」
エレノアも、紬の足元にちょこんと座り込んだ。
結局、豪華な絨毯も天蓋も放置され、湖畔の木陰には、世界で最も贅沢な「沈黙」が流れた。 紬を中心に、公爵と王子と令嬢が、まるで家族のように寄り添って微睡む。 通りかかった騎士たちは、そのあまりに平和な光景を、息を殺して見守るしかなかった。
「(……あぁ、静か。……今日だけは、この騒がしい居候たちも、いい枕代わりね……)」
紬は夢うつつの中で、左右から伝わる二つの大きな体温と、足元に丸まる温かな気配を感じながら、これまでにないほど深い、本物の「有給休暇」を味わっていた。




