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聖女の力は安眠のために。〜ブラック企業帰りの私は、現代知識で冷徹公爵を寝かしつけます〜  作者: サバ味噌饅頭
第6章:安眠妨害の第二王子と、不眠公爵の独占欲

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第六話 王都への帰還と、最強のボディーガード軍団

数日後。王都の正門は、建国以来、類を見ない異様な光景に包まれていた。

「第一王子エドワード殿下の召喚に応じ、フェルゼン領より紬殿、お越しになられた!」


門兵の震え声と共に現れたのは、王家が用意した地味な馬車――ではなく、北の公爵家が誇る、漆黒の重装馬車だった。しかもその前後を固めるのは、あの「不眠不休の狂犬」と恐れられたフェルゼン騎士団の精鋭たち。その中央で、白馬に跨り銀の瞳を冷たく光らせるアルベルト公爵と、派手なヴィラから飛び出してきた第二王子シリルが、左右をガードするように並走している。


「おい、あれを見ろ……。公爵様と第二王子殿下が、一人の平民の女を護衛しているぞ……」

「あの女が、噂の『安眠の聖女』か?」


民衆のどよめきを無視し、馬車は王城の神殿へと乗り入れた。そこはかつて、紬が「ゴミ」としてつまみ出された、あの始まりの場所だ。


ドーム状の天井の下。高座に座るエドワード王子は、以前にも増して酷い顔色で紬を待ち構えていた。目の下には、もはや化粧では隠せないほど黒々とした隈が居座り、肌はストレスでカサついている。その隣には、派手な光を放つ聖剣を抱え、注がれる期待の重圧に疲れ果てた表情の女子高生聖女の姿もあった。


「……遅いぞ、紬! 私をどれだけ待たせるつもりだ!」


エドワードの声が神殿に響く。だが、紬は馬車から降りるなり、優雅に一礼するどころか、耳を塞いで深い溜息をついた。かつての紬なら、この威圧的な怒鳴り声に萎縮していただろう。だが、今の彼女は「安眠」という最強の武器を手に入れ、王子の怒号すらも「調律の狂ったノイズ」としてしか認識していない。


「……相変わらず、デシベルの暴力ね。あんた、その声の大きさのせいで、自分の脳を毎日直接殴ってる自覚ある? だから肌荒れが治らないのよ」


「き、貴様っ……! 以前と変わらず無礼な女だ。だがいい、私の広い心で許してやろう。さあ、今すぐ私の不調を治せ。そして『光の聖女』の補助役として、生涯私に仕えることを命じる!」


傲慢に言い放つエドワード。しかし、その言葉が終わる前に、神殿内の温度が氷点下まで下がった。 アルベルトが、無言で剣の柄に手をかけたのだ。


「エドワード殿下。言葉を選んでいただきたい。彼女は私の命の恩人であり、フェルゼン領の至宝だ。……これ以上、彼女を『道具』として扱うなら、私はこの場で公爵家の旗を降ろし、あなたと敵対する準備がある」


「兄上、僕も同意見だよ。君が捨てた宝石を、今更泥棒みたいに盗もうなんて、王子として品格を疑っちゃうな」


最強の騎士と、人気者の第二王子。二人の重圧に、エドワードの顔が青ざめる。しかし、紬はそんなボディーガードたちを制して、一歩前へ出た。


「いいわ。仕事(召喚)で来たんだから、きっちり『成果』を出してあげる」


紬は鞄から、北の地で調合した特製のアロマオイルを取り出した。それは、公爵をも一撃で沈没させた成分に、さらに「エドワード専用」の調整を加えた劇薬――もとい、聖薬だ。


「……何をするつもりだ?」


「初診よ。あんたの腐った自律神経を、強制的にシャットダウンさせてあげる」


紬は、警戒する騎士たちの隙間を縫うように、驚くべき速さでエドワードに接近した。広告業界で培った「納期直前の火事場の馬鹿力」である。彼女は逃げようとするエドワードの首筋を、冷徹な手つきで掴んだ。


「あんたが欲しかったのは、これ(奇跡)でしょ? ――《リラックス・オーラ》、全出力」


次の瞬間、紬の指先から、鑑定水晶では「ライター程度」と言われた淡いピンク色の光が、神殿全体を包み込むほどの柔らかな波動となって溢れ出した。 その光は、女子高生の聖剣のような眩しさはない。だが、触れた者の心を、まるで温かい毛布で包み込むような、圧倒的な「静寂」へと誘うものだった。その瞬間、エドワードの「第一王子」という重責も、歪んだプライドも、すべてが深い眠りの底へと溶けていった。


「あ……。あ、あぁ……」


エドワードの瞳から、険しい光が消えた。 脳の奥で鳴り響いていた苛立ちが、雪解け水のように消えていく。あまりの心地よさに、エドワードは膝をつき、よだれを垂らして紬の足元に崩れ落ちた。


「……これで、一件落着ね」


紬は、床で情けなく爆睡し始めた第一王子を見下ろし、事務的にエプロンを叩いた。


「エドワード殿下、これが私の『回答』よ。あんたに必要なのは、世界を救う光じゃない。単なる『たっぷりとした睡眠』だったの。……女子高生さんも、あんたも、おやすみなさい。……あ、初診料と強制連行の慰謝料、それに私の貴重な有給休暇を潰した営業妨害の慰謝料は、後で公爵様を通じて王宮に請求書を送っておくから。一桁多く書いておくわね」


神殿は、静まり返った。 女子高生聖女も、あまりの解放感にその場で眠りに落ち、エドワードを護衛していた騎士たちも、紬のオーラに当てられて次々と白目を剥いて倒れていく。


「……さて。公爵様、シリル様。仕事は終わったわ。……帰りましょう、北の城へ」


紬の言葉に、アルベルトは初めて柔らかな微笑を浮かべた。


「ああ。……君のベッドを、新調させてある。誰にも邪魔させない、究極の暗闇を用意しよう」


「最高。……帰ったら、一週間は起こさないでね」


こうして、かつて「無能」と蔑まれ追放された女は、自分を捨てた王国の中枢を「爆睡」という名の平和で制圧し、最強のボディーガードたちに守られながら、意気揚々と北の安住の地へと帰還していった。


王都には、彼女が去った後も**「眠りの聖女の残り香」**が漂い続け、エドワード王子は目覚めた後、二度と彼女に逆らおうとは思わなくなったという。


安眠を愛する元社畜の隠居生活は、ここから本当の意味で、最高に贅沢な「有給休暇」へと突入していくのであった。


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