第三話 共同作業(?)と、安眠のための荒療治
朝食バトルから数時間。事態は沈静化するどころか、さらに悪化していた。
「紬、この羽毛は少し硬くないか? 僕のヴィラから最高級の白鳳鳥の羽毛を持ってこさせよう。君の安眠には僕の財力が必要だ」
「余計な真似を、シリル。……紬、防音魔法の触媒を強化した。これで隣のチャラついた男の声も聞こえなくなるはずだ。私の魔力が君を守る」
サロンの中では、シリルが勝手に家具の配置換えを始め、アルベルトは壁に手を当ててゴリゴリと魔力を流し込んでいる。二人の美男子が狭い屋敷の中で小競り合いを続けるたび、床が揺れ、火花が散り、何より――うるさかった。
紬は、ソファに深く沈み込み、眉間を押さえて耐えていた。 彼女が欲しかったのは、静寂だ。誰にも邪魔されない、穏やかな暗闇だ。それなのに。前世で、締め切り間際に不要な機能追加を議論し合うディレクターとエンジニアの怒号に挟まれていた、あの地獄のようなオフィス環境がフラッシュバックする。
「……あのね。二人とも」
「なんだい、紬? 遠慮せずに僕を頼って――」
「紬、何か不快な点があれば、この第二王子を今すぐ領外へ――」
「うるさいって言ってんでしょうがぁぁぁ!!」
紬の怒号が石造りの壁に反響した。その凄まじい気迫に、最強の騎士である公爵も、不敵な王子も、文字通り凍りついた。
「あんたたち、ここを何だと思ってるの? 私の隠居先よ! 有給休暇の聖域なのよ! あんたたちがマウントを取り合ってるせいで、私の副交感神経は今、絶滅の危機に瀕してるの! 睡眠不足は万病の元。今のあんたたちは、私にとってただの『巨大なノイズ』なのよ!」
「ノ、ノイズ……? この僕が……?」 「紬、私はただ、君の環境を……」
「言い訳禁止! 脳が興奮して止まらないなら、強制終了させるしかないわね」
紬の瞳に、冷徹な「仕事人」のスイッチが入った。彼女はまず、呆然とするシリルの背後に音もなく回り込むと、その美しいうなじにある、自律神経を司る急所を親指で捉えた。
「シリル様、初診のおまけよ。現代指圧奥義――『強制ログアウト』!」
「えっ……あ、がふっ!?」
紬が体重を乗せて垂直に圧を加えた瞬間、シリルの華やかな美貌が驚愕に染まり、そのまま糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
「次はあんたよ、隈男(公爵)! 徹夜してまで私の仕事を増やす不届き者には、特別メニューが必要ね!」
「ま、待て、紬! 私は――ぐ、おぉっ……!?」
逃げようとしたアルベルトの肩甲骨の隙間に、紬の容赦ない肘打ち(のような一点指圧)がめり込んだ。魔力の暴走を逆手に取り、一瞬で循環を正常化――もとい、急激な弛緩を強制する禁じ手。
ドォン! ドォン! と、床に二つの「美形の塊」が転がった。
「……ふぅ。……よし。静かになったわ」
紬は、床で揃って白目を剥いて爆睡し始めた二人を見下ろし、ようやく訪れた静寂を深く吸い込んだ。 エレノアはすでに「あら、わたくしも……」と、とっくにハーブの香りに誘われてソファで沈没している。
「カイル! カイル、いるんでしょ!」
天井の影から、カイルが困ったような、しかしどこか感心したような顔で姿を現した。
「……お呼びでしょうか。見事な手際ですね」
「この二人、隣のヴィラまで運んでおいて。あと、玄関に『猛犬……じゃなくて、猛者(公爵・王子)注意:施術中は静粛に』って看板立てて。……私は、これから三時間の昼寝に入るわ。……いい? 起こしたら、次はあんたを指圧で廃人にするわよ」
「……御意。どうぞ、良き夢を」
カイルが苦笑しながら二人を回収していく中、紬は自作の遮光カーテンをピッチリと閉めた。 外界の騒がしい男たちを排除し、ようやく手に入れた究極の暗闇。
紬はベッドに潜り込み、今日一番の幸せな溜息をついた。 たとえ明日、王都から軍隊が来ようとも、今の彼女を止めることはできない。
眠りの聖女の「鉄の休息」は、こうして守られたのである。




