番外編 安眠要塞改造記(後編)『隠密工事と、動力源の確保』
改造二日目。紬の家は、相変わらず外見こそ古びた平屋のままであったが、その周囲には異様な緊張感が漂っていた。
「……静かすぎる。不自然なほどにな」
背後に立ち込める「静寂」の違和感に気づき、不機嫌を極めたアルベルトが姿を現した。彼は昨日、紬に「バカ公爵」と罵られたショックを癒やすため、彼女の家の周囲をうろついていたのだが、目の前の光景に絶句した。
家を取り囲むのは、数百人の隠密たち。彼らは一糸乱れぬ動きで、ドワーフたちが振るう金槌の衝撃を「魔力中和の陣」で受け止め、発生する音波を空中で握りつぶしていた。それは本来、暗殺や国家転覆に用いられる最高機密の技法である。
「カイル。貴様、私の領地で……いや、紬の聖域で何をしている」
「閣下。紬様のために、一切のノイズとストレスを通さない『究極の寝室』を構築しております」
カイルは、ドワーフたちが壁の裏側に「無響石」を隙間なく、まるでパズルのように嵌め込んでいく様子を監視しながら答えた。
「紬様は先日、『シーツが湿気ていると、夢の中にまで嫌な上司が出てくる』と溢されました。閣下の昨日の暴走による異常気象は、この地の湿度を5%上昇させました。……閣下、これは重大な背任行為です」
「なっ……! 私の魔力が、彼女に悪夢を見せたと……!?」
アルベルトが衝撃に打ち震えていると、そこに黄金のドリル髪を揺らしながらエレノアが優雅に歩み寄ってきた。彼女は家の外壁に無理やり連結された、巨大で禍々しい魔導装置——「全自動・高機能環境管理炉」を指差した。
「アルベルト様。嘆いている暇がありましたら、その有り余る『紬様への執着心』を、物理的なエネルギーに変換していただきたいのですわ。紬様の安眠のため、室内の温度を26度、湿度を50%に固定し、さらに24時間いつでも適切な温度の蒸しタオルが提供されるよう、この装置の『心臓』になっていただきますわよ!」
「……私に、生活家電になれと言うのか。このフェルゼンの主である私に」
アルベルトの銀色の瞳に誇り高き炎が宿る。だが、エレノアは扇子で口元を隠し、冷徹に言い放った。
「あら、拒否なさってもよろしくてよ? その代わり、今夜も湿気た布団で紬様が寝返りを打ち、明日には『……なんだか、アルベルト様といると体が重いわね』と、あなたの存在そのものをストレス要因だと認識されるだけですわ」
「…………。どこへ座ればいい。接続の術式を教えろ」
公爵のプライドは、紬の「寝心地」という絶対正義の前に、一瞬で塵となった。
アルベルトは炉の前に鎮座すると、一国を焼き尽くすほどの魔力を、極限まで「精密」に、そして「穏やか」に制御し始めた。彼の魔力は導管を通じ、家全体の壁、床、そして寝具の一本一本の繊維へと行き渡る。
「……ああっ、素晴らしい魔力出力ですわ! これで室内は、外が吹雪だろうと火山が噴火しようと、永久に『五月の微睡み』のような環境が維持されますわ!」
「……カイル。床下の防振材はどうなっている」
「完了しました。ドワーフ特製のバネと、私の影魔法を組み込んだ浮遊床です。紬様がどんなに激しく寝返りを打たれても、地面には一切の振動が伝わりません。……これで閣下の荒い鼻息も、紬様の耳には届かないでしょう」
「……ふん、余計な世話だ」
三日目の夕刻。突貫工事の末、家の中身は最新鋭の軍事要塞を凌駕する「安眠の神殿」へと生まれ変わった。
ドワーフたちは「これ以上の静寂は、我々の歴史にもない」と満足げに去り、隠密たちは痕跡を消すために森の空気を浄化した。エレノアは、窓に嵌められた「偏光魔導ガラス」を自ら磨き上げ、西日が紬の肌を焼かないことを確認した。
「……来るぞ。紬様が帰還される」
カイルの合図で、全員が気配を消し、森の影へと霧散した。
後に残されたのは、以前と変わらぬボロ家の外見。
だが、その壁の向こう側では、アルベルトが「給湯・除湿ユニット」として、彼女の帰りを待って静かに魔力を燃やし続けていた。




