番外編 聖女の休日と、三者三様の「独占欲」
嵐のような「安眠防衛戦」が幕を閉じ、フェルゼン領に平穏が訪れてから一週間。紬の家は、相変わらず「世界で最も静かな場所」として森の中に佇んでいた。
今日の紬は、正真正銘の休日。 朝の11時にゆっくりと目覚め、アルベルトが「火力調整(魔力制御)」を完璧に行った適温の白湯を飲み、今は庭の木陰に置かれた特注の寝椅子で、読書をしながら微睡んでいる。
そんな彼女を、少し離れた場所から見守る(あるいは監視する)三人の影があった。
「……見てくださいませ。あの紬様のお姿。日差しを浴びて、まるで森の妖精のようですわ……。ああ、わたくしもあのお隣で、共に美容パックをしながらお昼寝したい……!」
エレノアが、特製の「遮音扇子」で口元を隠しながら熱っぽく呟く。彼女は今や、紬の「一番弟子」を自称し、三日に一度は最高級のハーブを持って押しかけてくるのが日課だ。
「エレノア様、声が大きい。紬様の読書の邪魔だ」
カイルが影から音もなく現れ、釘を刺す。彼は今、紬の家の半径1キロから「鳴き声のうるさい鳥」や「羽音を立てる虫」を物理的に遠ざけるという、もはや隠密の無駄遣いとしか思えない任務に没頭していた。
「……ふん。カイル、貴様こそ先ほどからその『殺気』が漏れているぞ。紬が『誰かに見られてる気がして寝付けない』と溢していたのは、貴様の過剰な警備のせいではないのか?」
最後に現れたのは、領主としての激務を秒速で終わらせて駆けつけたアルベルトだ。彼は、紬が今使っている「膝掛け」が、自分の魔力で編み上げた「温度一定保持魔法」の逸品であることを、誰に対してもマウントを取るように見せびらかしている。
「……閣下。それは言いがかりです。私は紬様の『パーソナルスペース』を死守しているだけ。……閣下のように、スープの具材の切り方一つで紬様に『愛が重くて胃にもたれる』と言われるような真似はいたしません」
「なっ……! あれは栄養学に基づいた……!」
静かだが激しい火花を散らす三人。その視線の先で、紬がふわりと欠伸をした。 彼女が本を閉じ、少しだけ体制を崩した瞬間、三人は同時に「お迎え(世話焼き)」の体制に入る。
「紬! 冷えてきたのではないか? 私が今すぐ体温で――」
「紬様! お肌の乾燥対策に、わたくしがこのミストを――」
「紬様、お目覚めですね。……本日のおやつは、糖分控えめの――」
一斉に駆け寄ろうとする三人。
だが、紬が「……あー」と、ほんの少しだけ眉を寄せた瞬間、三人はピタリとその場で制止した。
「……あんたたち。……静かにしてって、言わなかった?」
「「「…………っ!!」」」
紬の静かな、しかし有無を言わさない一言。
三人は即座に石像のように固まり、息を殺す。
「……いい? 私が今求めてるのは、あんたたちの至れり尽くせりなサービスじゃなくて、……一人でボーッとする時間。……アルベルト様、あんたはあっちでスクワット。エレノア様はあっちでハーブの選別。カイルくんは……とりあえず、そこに立って日除けになってて」
「……御意」
三人は、紬に「役割」を与えられたことに喜びを感じながら、嬉々として(?)それぞれの作業に散っていった。
「(……はぁ。やっぱり、この人たちを使いこなすのが一番の重労働ね……)」
紬は、自分に向けられる三者三様の「重すぎる執着」を、今や心地よい環境音の一つとして受け流しながら、再び深い、深い二度寝の海へと潜っていくのだった。




