第四話 公爵の告白(寝言への返答)
アルベルト特製の「胃腸に優しいスープ」を飲み干した紬は、完璧な調温・除湿・遮音機能が備わったソファの上で、再び深い微睡みの中へと落ちていった。
アルベルトは、空になったカップを静かに受け取ると、音を立てずに彼女の傍らへ腰を下ろした。かつては狂気と不眠で枯れ果てていた彼の銀色の瞳には、今や紬という「光」を反射する穏やかな、しかし底知れない執着の熱が宿っている。
「……ん……。……だめ、……納期、延ばして……」
紬の唇から、小さく苦しげな呟きが漏れた。 それは異世界の誰にも理解できない、前世の彼女を縛り付け、魂を削り取った呪いの言葉。夢の中でさえ、彼女は終わりのない業務と、誰かに追い立てられる恐怖に震えている。
アルベルトは、その細い指先をそっと、壊れ物を扱うような手つきで包み込んだ。
「……紬。お前を苦しめるその『ノウキ』とやらが、どのような魔獣かは知らぬが……」
彼は、彼女の耳元で、地響きのように低く、しかしこの上なく優しい声で語りかけた。
「案ずるな。お前の人生は、既にこの私が永久に買い取った。お前を追い立てるすべての責務、すべての期待、すべての『仕事』は、私の名において本日をもって消滅させる」
紬の眉間の皺が、微かに解ける。
「……もう、起きなくていい。誰のために笑う必要もない。……お前が望むなら、この国そのものを眠らせてでも、私はお前の静寂を守り抜こう。……お前はただ、私の用意したこの庭で、飽きるまで眠り続ければいい」
それは、恋というにはあまりに重く、愛というにはあまりに独占的な、究極の「救済」の宣言だった。
紬の意識の底に、その言葉が染み渡っていく。 前世で誰も言ってくれなかった「もう頑張らなくていい」という言葉。それを、この世界で最も美しく、そして最も重たい男が、魂を削るような真剣さで囁いている。
「(……あぁ、そうか……。この人、私を『便利屋』として使いたいんじゃなくて……。ただ、私を……)」
紬は夢うつつの中で、自分の手を握るアルベルトの手に、微かに力を込めた。 それは無意識の拒絶ではなく、初めて彼を「自分の世界の一部」として受け入れた、小さな、しかし決定的な合図だった。
アルベルトの喉が、歓喜で小さく震える。
「……ああ。……おやすみ、私の『安らぎ』。……良い夢を」
要塞の外では、カイルとエレノアが「閣下がまた重すぎる愛を囁いている……」と、壁に耳を当てながら複雑な表情を浮かべていたが、今の二人にはそんな「ノイズ」さえ届かない。
究極の静寂の中で、二人の鼓動だけが、一定のリズムで重なり合っていた。




