第三話 要塞の静寂、完成
アルベルトの「強制日食」という前代未聞の暴走を受け、カイルとエレノアの間には奇妙な連帯感が生まれていた。
「……エレノア様。閣下の独占欲は、もはや天災の域です。紬様が『セロトニンが足りない』と仰るのであれば、日中は適切に光を取り入れ、夜間は閣下の殺気すら遮断する、完璧な『自律神経保護シェルター』を構築せねばなりません」
「同感ですわ、カイル。わたくし、隣領のドワーフの石工を全員買収いたしましたわ。紬様の家の壁を、音を吸い込む『無響石』に張り替えさせますわよ!」
二人の「過保護」が、ついに物理的な形となった。 数日後、紬のボロ屋は、見た目こそ元の風情を保っているものの、中身は大陸最高峰の技術が結集した「安眠要塞」へと変貌を遂げた。
「……なによ、これ。部屋の中が、無音すぎて自分の血流の音が聞こえるわね」
紬が室内を歩くと、カイルが開発した「影歩き」の技術を応用した床材が、一切の振動を吸収する。窓にはエレノアが特注した「偏光魔導ガラス」が嵌められ、日中はセロトニン分泌に最適な波長の光だけを通し、夜はアルベルトがどんなに空でオーロラを踊らせようと、一筋の光も通さない。
さらに、アルベルト自身の魔力は、家の外壁に設置された「魔力変換炉」に直結させられた。彼の重すぎる執念は、すべて室内の「全自動・湿度管理システム」の動力へと変換され、紬のシーツを常にサラサラに保つためのエネルギーとして消費される。
「(……完璧だわ。完璧すぎて、一歩も外に出たくない。これこそ私の求めていた『永久有給休暇』の形よ……)」
紬は、雲のような寝心地のベッドに身を沈め、至福の吐息をついた。 もはや、アルベルトの小言も、エレノアの美容自慢も、壁一枚隔てた向こう側の出来事だ。彼女はようやく、前世で夢にまで見た「誰にも、何にも邪魔されない12時間睡眠」を手に入れた。
しかし、その「究極の静寂」は、長くは続かなかった。
静寂に包まれたシェルターの奥深く。紬の耳が、壁の向こう側から漏れ聞こえる、微かな、しかし規則的な「音」を捉えたのだ。
「……トントン、トントン……」
それは、誰かが包丁で何かを刻む音。そして、微かに漂ってくる、どこか懐かしい出汁の香り。
「(……ちょっと待って。この家、キッチンは完全に遮音したはずよ。なんで『おふくろの味』みたいな匂いが漂ってくるのよ)」
紬が不審に思ってリビングへ向かうと、そこにはエプロンをつけたアルベルトが、真剣な面持ちでカブを刻んでいた。
「……紬。起きたか。……お前の健康管理のためには、睡眠だけでなく、起床後30分以内の適切な栄養摂取が必要だとカイルから聞いた。……今、お前の胃腸に最も負担の少ないスープを作っている」
「……あんた、この要塞のセキュリティをどうやって突破したのよ」
「突破? ……私がこの家の『動力源』だと言っただろう。……私は今、この家そのものと繋がっているのだ」
安眠を守るために構築した要塞は、皮肉にも「アルベルトというインフラ」と一体化したことで、彼に合法的な侵入ルートを与えてしまっていた。
紬は、差し出された完璧な温度のスープを前に、遠い目をした。 「(……ダメだわ。この人、インフラから『家事代行サービス』にまで職域を広げてる……。私のプライバシーという名の有給、どこへ消えたのよ……)」




