第二話 アルベルトの「強制皆既日食」
エレノアと紬の「女子会」が盛り上がり、男子禁制の結界が張られてから数日。 一晩中、紬の家の外で「除湿機兼・警備員」として放置されたアルベルトの精神状態は、ついに臨界点を超えていた。
「……紬が、私を見ていない。あの令嬢と語り合い、私の知らない『前世の話』とやらで笑い合っている……」
アルベルトの瞳から光が消え、その周囲にはどろりとした漆黒の魔力が渦巻き始めた。彼は、紬が求めているのは「安眠」であり「暗闇」であるという事実を、歪んだ独占欲で極限まで増幅させてしまったのだ。
「……そうか。ならば、この領地から『朝』を奪えばいい。永遠の夜が続けば、彼女は外に出る必要もなく、ずっと私の用意した暗闇の中で眠り続ける……」
アルベルトが空に向けて手をかざした瞬間、フェルゼン領の空が異様な震えを見せた。 正午近いというのに、太陽が何かに食い散らかされるように欠け始め、世界が不気味な紫色の薄闇に包まれていく。
広域干渉魔術による「強制皆既日食」。一国の軍隊を壊滅させるよりも困難なその魔術を、彼はただ「紬を外に出したくない」という私情のためだけに発動させた。
「大変です、紬様! 閣下の情緒が、ついに天体にまで干渉を始めました!」
カイルが真っ青な顔で家の屋根から飛び降りてくる。
紬は、最高級の耳栓を外して窓を開けた。
「……ちょっと、なによこの暗さ。まだ昼の12時でしょ? 私の体内時計が狂ったらどうしてくれるのよ!」
外に出た紬の目に映ったのは、虚ろな表情で空を黒く塗りつぶし続けるアルベルトの姿だった。
「紬……。暗いだろう? 誰にも邪魔されない、永遠の休息の時間だ。さあ、そのまま私の腕の中で――」
「あんた、バカなの!? ビタミンDが欠乏するでしょ!!」
紬の怒鳴り声が、静まり返った暗黒の領地に響き渡った。
「いい? 質の高い睡眠っていうのはね、日中に適切な日光を浴びて、セロトニンを分泌させてこそ成立するの! ずっと暗いままじゃ、自律神経が死んで、それこそ末期のうつ病ルート一直線よ! 今すぐその『偽物の夜』を片付けなさい!」
「び、ビタミン……? セロトニン……?」
聞き慣れない専門用語(前世の健康知識)と、紬の凄まじい剣幕に、アルベルトの術式が霧散した。空には再び、眩しいほどの太陽が戻ってくる。
「あんた、独占欲が強すぎて脳がバグってるわよ。……カイルくん! この『闇堕ち公爵』を連れてきて。今すぐ日光浴とスクワットを並行してやらせるわ。セロトニンを強制排出させないと、この人のメンタルが持たないわ!」
「承知しました。……閣下、残念ながら『健康管理』という名の労働が始まるようです」
アルベルトは、紬に叱られたショックと、しかし彼女が「自分の健康を案じてくれている(という勘違い)」の狭間で、ふらふらと彼女の元へ引き寄せられていく。
安眠を求めたはずの紬は、今や一国の主の「メンタルヘルス・マネージャー」として、さらなる過重労働の渦中に叩き込まれていた。




