第五話 紬、ついにブチギレる
カイルによる「爆睡累々」の不法投棄、アルベルトの零下を下回る独占欲の冷気、そしてエレノアが持ち込む「最新の美容情報の噂話」。
ついに、紬の堪忍袋の緒が「ぷつん」と音を立てて切れた。
「――あんたたち、全員そこに正座しなさい!!」
雷鳴のような一喝がボロ屋に響き渡った。 本来なら、一国の重鎮であるアルベルトや高貴なエレノアを正座させるなど、不敬罪で即刻処刑ものの暴挙である。しかし、凄まじい「負のオーラ(寝不足の怒り)」を背負った紬の迫力に、三人は反射的に床に膝をついた。
「いい? 私は『安眠』がしたいの。それだけなの! なのに何よこれ! 外は気絶した人だらけ、部屋は公爵様の殺気で寒すぎ、エレノア様は私の貴重な休憩時間を美容相談で埋め尽くす……。これじゃ、前世のデスマーチの方がまだマシだったわよ!」
「つ、紬……。私はただ、お前の環境を……」
「黙れ、デカい赤ちゃん! あんたのその『重すぎる期待』が、私にとっては最大の納期なのよ!」
アルベルトがかつてないほどショックを受けた顔で黙り込む。紬の怒りは止まらない。
「カイルくん! あんたもよ! 警備と言えば聞こえはいいけど、家の周りに死体(寝てる人)を転がしといて『ゆっくり寝てください』なんて、どんなサイコパスの嫌がらせよ! 処理に困るゴミ(人間)を増やすな!」
「……申し訳、ございません」
最強の隠密が、子犬のように小さくなる。
「そしてエレノア様! あんたの肌が綺麗になったのは、あんたが勝手に私のハーブティーを飲み干して、勝手に人のベッドの端で昼寝してるからでしょ! 宣伝しなくていいって言ったはずよ!」
「う、ううっ……。紬様、怖いですわ……。でも、怒った顔も血色が良くて素敵……っ」
もはや末期である。紬は、額に青筋を立てながら最後通告を突きつけた。
「今日から三日間、私の敷地内への立ち入りを一切禁じます! もし一歩でも踏み込んだり、気配を感じさせたりしたら、二度とあんたたちの指圧も調合もしないから。これは『完全有給休暇』よ!」
「「「なっ……!!」」」
三日に一度の「紬成分」がない生活。それは彼らにとって、再び不眠の焦燥に焼かれる地獄への片道切符を意味した。
「さあ、帰った帰った! 今すぐこの死屍累々の街道を片付けて、私を一人にしなさい!」
紬は三人(と、気絶した令嬢たちの山)を物理的に外へ放り出すと、玄関の鍵をガチャンと閉め、さらに「絶対に開けるな」と書いた紙をベタベタと貼り付けた。
こうして、北の地に短い、しかしあまりにも重苦しい「聖女のストライキ」が幕を開けた。




