第四話 カイルの「影の防衛線」
令嬢たちが紬の家を「聖地」として取り囲み、アルベルトが嫉妬で部屋の温度を下げ続ける中、最も危機感を募らせていたのは隠密騎士カイルだった。
(このままでは、紬様の休息が奪われる。それはすなわち、紬様の『機嫌』を損ね、閣下と我ら騎士団が再び不眠の地獄へ叩き落とされることを意味する……!)
カイルにとって、紬の安眠を守ることは、もはや国防上の最優先任務となっていた。 彼は独断で、紬の家の周囲に「影の防衛線」を構築し始めた。
「……そこの令嬢。その香水の匂いは、紬様の繊細な嗅覚を刺激する。ここから先への立ち入りは禁止だ」
「えっ、あなたは誰……っ!? ひゃんっ!」
カイルは姿を見せることなく、紬の家の半径50メートル以内に近づく不確定要素を、次々と「物理的な静寂」へと導いていった。 かつて紬から受けた「首筋への一突き」を、彼は隠密の技術と融合させ、独自の**『おやすみ暗殺術』**として昇華させていたのだ。
結果として、紬の家の周囲の街道には、幸せそうな寝顔で転がる令嬢の侍女や、野次馬の兵士たちが「死屍累々」ならぬ「爆睡累々」の山となって積み上がっていった。
「カイルくん。……ちょっと外の街道、大変なことになってるんだけど。あれ、あんたの仕業?」
「……紬様。不純物を排除しました。これであなたの『二度寝』は守られます」
血走った目で、しかし声だけはどこまでも平穏に報告するカイルに対し、紬は深い溜息をついた。
「あんた、それを効率化とは呼ばないのよ。ただの不法投棄よ。……あーもう、あんなに転がってたら、逆に気になって寝られないじゃない!」
一方、その「爆睡の山」を見て、アルベルトは別の懸念を抱いていた。
「……カイル。あそこに転がっている令嬢たちの寝顔、紬が施した私への『処方』と似ていないか? ……まさか、貴様も彼女から『特別な技術』を伝授されたというのか」
「……閣下。これは模倣に過ぎません。ですが、紬様の指先の温度を知る者は、私と閣下だけであるべきだという点では同意します」
主従揃って、紬の技術(と指先)に対する独占欲が、いよいよ「安眠」という目的を逸脱し、ドロドロとした執着へと変質し始めていた。
「(……この人たち、もうダメだわ。不眠症が治ったら、今度は『依存症』っていう別の病気が発症してるじゃない……)」
紬は、自分の「有給休暇」を守るためのボディーガードたちが、最大のストレス要因になりつつある事実に頭を抱えるのだった。




