第六話 騎士団の集団爆睡事件と、聖女疑惑
騎士団本部での「業務委託契約」が締結されてから数日。 紬は約束通り、本部の片隅に設置された「仮眠室(紬専用サロン)」にいた。
「いい? あんたたち。これは仕事じゃないわ、強制リセットよ。戦場で寝られないのは仕方ないけど、帰還してまで脳を覚醒させてるのは『プロ失格』。さっさとシャットダウンしなさい」
紬の目の前には、並み居る精鋭騎士たちが、まるで処刑を待つ罪人のように緊張の面持ちで並んでいた。 だが、紬が一人、また一人と「物理攻撃(指圧)」を施していくたびに、室内には異様な光景が広がっていった。 紬が狙うのは、長年の激務で硬化し、魔力の流れを阻害している「社畜の結節」。現代の解剖学と、聖女としての無自覚な浄化力が指先に宿り、騎士たちの防衛本能を物理的に無力化していく。
「あ……が……? 世界が、溶ける……」
「団長……。私、あんなに憎んでいた嫁の小言すら……今は子守唄に聞こえます……」
屈強な男たちが、紬の指先一つで、バターが熱いフライパンに溶けるようにベッドへ崩れ落ちていく。 本来、騎士団本部は常に誰かの叫び声や訓練の音が響く喧騒の場だ。しかし、紬が訪れた日の夕方、本部ビルは不気味なほどの「静寂」に包まれた。 あまりの心地よさに抗えず、交代制の歩哨までもが立ったまま白目を剥いて夢の世界へ旅立ち、要塞としての機能が一時的に完全停止するという、前代未聞の事態に陥ったのである。
見回りに出たカイルが目にしたのは、食堂で、廊下で、そして執務室の机の上で、よだれを垂らして爆睡する騎士たちの死屍累々(ししるいるい)ならぬ「爆睡累々」の姿だった。
「……信じられない。あの『鉄の規律』を誇るグスタフ団長まで、ソファでいびきをかいて寝ているとは」
この「フェルゼン騎士団・集団爆睡事件」は、瞬く間に王都へと伝わった。 しかし、その内容は「マッサージで疲れが取れた」という微笑ましいものではなく、尾ひれがついてあらぬ方向へ飛躍していく。
『北の地に、指先一つで人の意識を刈り取る暗黒の魔女が現れた』 『いや、あれは手から神の癒やしを放つ、本物の「安眠 of 安眠聖女」だ』 『公爵様も、狂犬のような騎士たちも、彼女の前では赤子のように眠るという』
噂は、いつしか伝説へと変わり、ついに王都の「あの男」の耳にまで届くこととなった。
一方、そんな騒動を露ほども知らない紬は、報酬として手に入れた『最高級・雲の上の寝心地・羽毛布団』に包まり、自分の屋敷で至福の溜息をついていた。
「……ふぅ。やっぱり、仕事の後の有給(睡眠)は格別ね。これでしばらくは静かに寝られるわ……」
しかし、彼女はまだ気づいていなかった。 自分が救った公爵や令嬢、そして騎士たちが、彼女を「自分たちだけの聖女」として囲い込もうと、密かに周囲の警備(という名の独占)を鉄壁に固め始めていることに。 そして、その「聖女」の名声を面白くない顔で聞きつけ、自尊心をズタズタにされた一人の王子が、北へ向かって馬車を走らせ始めていることに。
「(……ん。……なんだか、嫌な予感がして目が覚めちゃったわ。……まぁいいわ、あと5分だけ……)」
紬は再び毛布に潜り込む。 安眠を求める彼女の戦いは、王子の影が迫る中、さらなる波乱へと続いていく。




