第五話 公爵の帰還と、招かれざる「お茶会」
「おい、紬。……なぜ、この女がここにいる。そして貴様、なぜ騎士団の徽章をそんなところに付けている」
翌日の午後。約束通り屋敷に現れたアルベルトは、玄関を入るなり、不機嫌を絵に描いたような顔で固まった。 視線の先には、昨日の「デトックス・ティー」にすっかりハマり、優雅に(というよりはダラけきって)ハーブを仕分けているエレノア。そして、騎士団から「業務委託の証」として支給されたピンバッジを、適当にエプロンの紐に括り付けている紬の姿があった。
「あら、アルベルト様! ちょうど良いところに。紬様のハーブ、本当に素晴らしいんですのよ!」
「紬『様』……? エレノア、貴様、昨日はあんなに喚き散らして出かけていったではないか」
「そんな野蛮なこと、わたくしがするはずありませんわ。今は紬様との『美と健康の作戦会議』の最中ですの。アルベルト様こそ、紬様の安眠を邪魔してはなりませんわよ!」
「なっ……。私の専属だと言ったはずだ! グスタフの奴、勝手な真似を……!」
「専属なんて一言も言ってないわよ。はいはい、二人とも不快な物質を撒き散らさない。脳が興奮して睡眠の質が下がるでしょ」
紬は、口論を始めようとする高位貴族二人の間に、事務的に白湯のカップを置いた。 アルベルトは、自分だけが知っていた「聖域」に、いつの間にかエレノアや騎士団の影が入り込んでいることに、子供のような独占欲を剥き出しにしている。その様は、かつて前世で「自分の優秀な部下」を他部署に引き抜かれそうになって、意味のない会議を乱発して引き止めようとした無能な上司を彷彿とさせた。
「紬。……私は、昨日の続きを受けに来たのだ。この女は帰らせろ。騎士団の仕事も、私がすべて白紙に戻してやる」
「公爵様。患者に優先順位はないの。それに、仕事はもう契約しちゃったわよ。布団がかかってるんだから。……エレノア様、あんたは肩甲骨周りがまだ硬いわ。アルベルト様、あんたは……とりあえず座って。目が血走ってるわよ。嫉妬は美容と健康の劇物よ」
「……じ、嫉妬だと……!? 誰が……ぐ、分かった。座ればいいのだろう」
氷の公爵ともあろう男が、紬の「仕事モード」の冷たい声に押され、大人しく椅子に腰を下ろす。 紬は、二人の美形貴族を両脇に従えながら、重い溜息をついた。 彼女が求めているのは、高級な羽毛布団と、誰もいない静寂だけだ。それなのに、なぜか目の前には国宝級の顔面を持つ美男美女が、自分を巡って火花を散らしている。
「(安眠サロンどころか、これじゃ『わがまま貴族と脳筋騎士の更生施設』じゃない……。私の有給休暇、どこへ行ったのよ……)」
紬の指先は、今日も安眠を求めて(あるいは仕事を早く終わらせるために)、彼らの凝り固まった急所を的確に捉えるのだった。




