第90話 精霊工房の地下
朝の新領都予定地は、昨夜とはまるで違う顔をしていた。
焚き火を囲み、ワイバーンの肉を頬張りながら笑っていた領民たちは、もうそれぞれの持ち場で泥にまみれている。湿った土の匂い。まだ固まりきっていない道。積み上げられた木材。仮設住宅の隙間を埋める者たち。
その整備されていない道で、泥で汚れた男たちが荷車を押していた。車輪がぬかるみに沈み、ぎしぎしと嫌な音を立てる。三人がかりで押しても、なかなか動かない。
「せーの!」
「ぐっ・・・!」
「もう一回!」
掛け声と同時に、荷車が少しだけ進む。だが、その代わりに一人が膝まで泥に沈んだ。
「くそっ、足取られた!」
「引っ張れ!」
近くでは、別の班が石材を運んでいる。大きさを揃えたとはいえ、人の手で運ぶには重い。若い男が二人がかりで抱え、年配の男が後ろから支えていた。
遠くでは、セドリックが板に挟んだ書類を片手に、作業班へ指示を飛ばしている。
「そちらは今日中に排水路の仮溝を繋げてください。深さは昨日の基準線より浅くしないように。崩れそうなら無理をせず、先に補強を」
「へい!」
「資材の割り当てはあとで確認します。勝手に持ち出さないでください。記録が狂います」
相変わらず堅い。
だが、この場には必要な堅さだ。
昨日の晩餐で、領民たちの顔はかなり変わった。ここは死ぬための土地ではない。苦役として送り込まれた場所でもない。働けば、明日が少し良くなる。
そう思える場所になり始めている。
だからこそ、見えるものがあった。
人手が足りない。
圧倒的に足りない。
俺がいれば、森を切り開くことも、地面を均すことも、溝を掘ることもできる。魔法土木とナノマシンの合わせ技は、たぶんこの世界の常識からすれば反則だ。
だが、それでは駄目だ。
俺がいる場所だけ街が進む。俺がいない場所では止まる。そんな領地では、結局、俺一人に依存する。
「また何か考えている顔ね」
隣に立っていたエマが、こちらを見上げる。
朝の光を受けた銀灰の髪が、薄く輝いていた。領地に来てからも、彼女はやはり姿勢が崩れない。足元が泥でも、どこか上品だ。
「人の代わりに重い物を運んだり、掘ったりできる道具が欲しい」
「道具?」
「ああ。重い石を運ぶ。木材を運ぶ。溝を掘る。荷車を押す。そういう単純だけどきつい仕事を肩代わりできるやつだ」
エマは、泥に足を取られている男たちを見る。
「それがあれば、かなり助かるでしょうね」
「だろ?」
「でも、そんな魔道具、聞いたことがないわ」
「この世界で言うなら・・・ゴーレムだな」
俺がそう言うと、エマの眉がわずかに寄った。
「アキラ。ゴーレムは魔物よ」
「・・・そういや、そういう扱いだったな」
しまった。
俺の中では、ゴーレムという単語は、どうしてもファンタジー作品に出てくる使役可能な人形のイメージが強い。だが、この世界の現地感覚では違う。
魔物だ。
倒す対象。
命令して働かせる道具ではない。
「まあ、その辺はドグランに相談だな」
「嫌な予感しかしないわ」
それでも、必要だ。
領民の腕が限界を迎える前に。
この街が、俺の手を離れても動くようにするために。
俺は精霊工房へ戻ることにした。
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仮設領主館の地下へ降りると、地上の喧騒が一気に遠くなった。
石壁に囲まれた空間は、まだ新しい。木材の匂いも残っている。だが、中央に設置されたゲートだけは、周囲の仮設感から明らかに浮いていた。
「行くぞ」
「ええ」
エマと一緒にゲートを抜ける。
一瞬、視界が揺れた。
次に足をついた場所は、精霊工房側の母屋地下だった。
静かだ。
新領都側の騒がしさと比べると、耳が少し寂しくなるくらい静かだった。荷運びの声も、木箱を動かす音もない。置かれているのは、俺たちが一時的に使う資材箱が数個だけ。
(転移門の運用も考えないとな)
『国境を越えているので、両国間協議も必要です』
(だよなぁ・・・めんどくせぇ)
『今は領都建設に集中しましょう』
(だな)
俺は小さく息を吐き、階段を上がった。
母屋を抜けると、ヴェルクハーフェンの空気が戻ってくる。
石畳と古い街の匂い。そして工房から漂う、木と油と布の匂い。
精霊工房へ近づくと、以前より音が多いことに気づいた。木箱を動かす音。布を畳む音。誰かが確認する声。
「・・・なんか、嫌な予感がする。増えてないか?」
「人の声?」
「ああ」
店舗側へ顔を出すと、そこには明らかに以前より人がいた。
従業員が木箱を運んでいる。別の従業員が商品を並べている。奥では、細縁の眼鏡をかけたセレナが帳簿に目を落としていた。
彼女は俺に気づくと、顔を上げる。
「お帰りなさいませ、アキラさん、エマさん」
「ただいま。・・・なんか、人増えてないか?」
「増やしました」
「軽いな」
「必要でしたので」
またそれか。
どこかで聞いたような言い方に、俺は少し嫌な顔をした。
その横を、従業員が白い布の束を抱えて通り過ぎる。
白い。
柔らかそうだ。
そして、見覚えがある。
「あれ、タオルも作れるようになったのか?」
「作れるようになりました」
「また軽いな」
「必要でしたので」
「まさか、手作業で?」
「それは無理でした」
即答だった。
ここまで綺麗に切られると、逆に気持ちいい。
セレナは周囲に視線を走らせてから、少しだけ声を落とした。
「機械を作っていただきました。設計はアル、製作はドグランさんが」
「・・・俺の知らないところで、何が起きてるんだ?」
「見ていただいた方が早いです」
セレナはそう言って、店舗奥へ向かう。
俺とエマは顔を見合わせた。
「嫌な予感、当たったわね」
「まだ序の口な気がする」
「否定できないわ」
俺たちはセレナの後についていった。
セレナに案内されて階段を降りると、すぐに音が変わった。
布を送る規則的な音。木箱を動かす低い音。誰かが検品結果を読み上げる声。それに混ざって、乾いた薬草と香料の匂いが漂ってくる。
魔導灯が奥まで並び、通路の左右には作業台と棚が続いていた。以前俺が見た地下作業場とは、もう別物だ。
大勢の人がいる。
物が動いている。
熱気がある。
精霊工房の地下は、いつの間にか小さな工場になっていた。
「・・・いや、ちょっと待て」
「どうかされましたか?」
「地下、すげぇ広がってないか?」
「広げました」
「誰が?」
「アル様です」
『必要でした』
「お前か!」
脳内で即答されて、思わず声が出た。
近くの従業員がこちらを見たので、俺は咳払いでごまかす。
「・・・いや、独り言だ」
エマが横で小さく笑った。
セレナは何事もなかったように進む。
「こちらがタオル製造区画です」
案内された先で、俺はまた足を止めた。
そこでは、布が流れていた。
ローラーが布を送り、織りを補助する機構が一定のリズムで動く。別の台では、規格に合わせた裁断が行われていた。その先に縫製補助機があり、人が布を合わせると、針が一定の速度で進んでいく。
完全自動ではない。
人の手は入っている。
だが、手作業では絶対に出せない速度と均一さがあった。
「次のロット、縫い上がりました!」
「検品に回してください」
「この縫い目は少し甘いです。二級品へ」
「はい!」
女性たちが布を確認し、糸くずを払い、畳み、品質ごとに分けていく。
見覚えのあるふわふわタオルが、次々と束になっていく。
「・・・マジか」
思わず声が漏れた。
セレナが淡々と言う。
「タオルは売れています。足りません」
「足りないのか、これで?」
「足りません」
淡々としているが、内容はかなり恐ろしい。
「特に上質品は注文が集中しています。庶民向けの二級品も出せば売れますが、それでも数が足りません」
「二級品って、あれか。縫い目が少し甘いとか、形が微妙とか」
「はい。使用には問題ありませんが、精霊工房の正規品としては出せないものです」
「それでも売れるのか」
「売れます。むしろ庶民層にはそちらの需要があります」
なるほど。
品質管理が機能している。
上質品、通常品、二級品。
価格帯を分ければ、客層も広がる。
セレナらしい。
だが、そこで終わらない。
機械が作る。だから、作れる量が増える。
作れる量が増えれば、運ぶ量が増える。検品する量が増える。畳む量が増える。箱に詰める量が増える。棚へ動かす量が増える。
つまり、別の場所に負担が移る。
「機械化しても、人の手は残るんだな」
「はい。むしろ製造量が増えたことで、運搬と仕分けの負担は増えています」
「だよな」
俺は動いている従業員たちを見る。
彼女たちは慣れた手つきで作業しているが、忙しい。誰かが箱を運び、誰かが布を受け取り、誰かが検品している。
「次はこちらです」
セレナに案内され、給水布と容器の区画を続けて見ていく。
「給水布は他の国でも需要が増えています」
「そりゃ、ここにしかないからな」
「はい。そして、便利さ、清潔さを知った人は、以前の生活には戻れません」
セレナの言葉に、俺は少し黙った。
それは商売の言葉だ。
だが、同時に生活の言葉でもある。
水がある。身体を拭ける。汚れを落とせる。清潔な布を使える。
その快適さを一度知った人間は、確かに戻れない。
風呂や洗濯、清潔な寝具。
前世では何でもなかった生活の土台が、この世界ではまだ贅沢品になり得る。
「容器も増えてるな」
「保存容器は需要が高いです。薬品、香料、調味料、化粧品、乾燥素材。密閉できるだけで価値が変わります」
「まあ、そうだよな」
密閉できる容器。
ただそれだけで、保存期間が変わる。湿気を避けられる。匂いが漏れにくい。中身を守れる。
前世では当たり前だったものが、この世界では商材になる。
俺は地下全体を見回した。
商品が生まれ、検品され、箱に詰められ、どこかへ向かっていく。
これは店ではない。
物が生まれ、人の手を渡り、生活へ届く流れだ。
「俺の知らないところで、工房がとんでもないことになってるんだが」
「この程度で驚かれては困ります」
「この程度?」
セレナはそこで、少しだけ表情を変えた。
普段の冷静さは崩れていない。
だが、声に熱があった。
「足りません」
短い言葉だった。
「こんなものでは足りません」
その言葉は、地下の作業音に混ざっても、不思議とはっきり聞こえた。
「アキラさんの商品は、もっと多くの人の生活を変えられます」
セレナは、作業台の上に畳まれたタオルを見る。
「清潔な布。密閉できる容器。身体を洗う習慣。腐りにくい保存。肌や髪を守る薬品」
次に、俺を見る。
「それは、ただの商売ではありません」
俺は返す言葉を失った。
セレナは続ける。
「ですが、小さな商店のままでは、世界を変える前に潰されます」
「潰される?」
「はい。欲しがる者は増えます。真似しようとする者も、奪おうとする者も、囲い込もうとする者も出ます」
それは脅しではない。
現実だ。
「いずれ、商会としての格を上げる必要があります」
セレナの声は静かだった。
だが、迷いはなかった。
「Aランク商会の許可も、本気で視野に入れるべきです」
「いつの間にそんな話になってるんだ」
「アキラさんが領地を作り始めた時点で、そういう話になっています」
おかしい。
俺は領地開発をしていたはずだ。
なのに、精霊工房では商会の格を上げる話になっている。
いや、違う。
繋がっているのだ。
領地を作る。生活を変える。商品が必要になる。流通が必要になる。組織が必要になる。
考えてみれば、当然だった。
「・・・問題は山積みだな」
「はい」
「人手も足りない」
「はい」
セレナは即答した。
「製造機械はあります。ですが、原材料の運搬、完成品の棚入れ、梱包箱の移動、容器の補充、出荷場所への整列。人手が必要な工程は多く残っています」
俺は地下工場を見る。
新領都には土木作業を助ける手が必要だ。
ここには工場内作業を助ける手が必要だ。
外で使うなら、不整地に強い四脚。
中で使うなら、人間用の通路や棚に合わせた二足。
セレナが目を細める。
「また何か作る顔をしていますね」
「作るとは言ってない」
「作らないのですか?」
「・・・作る」
「でしょうね」
その反応、もう少し驚いてくれてもいいんじゃないか。
そう思ったところで、近くの扉が開いた。
薬草と香料を煮詰めたような匂いが濃くなる。
「ぐふふ・・・店主さん、また面白いものを作る顔ですねぇ」
リファニーが顔を出した。
セージグリーンの髪が、今日も少し跳ねている。研究室の中には蒸留器や瓶、薬草束が並んでいるのが見えた。
「なんでみんな顔で分かるんだ」
「研究者の顔ですぅ」
「そんな顔してるか?」
「してますねぇ。危ないことを思いついた顔ですぅ」
「危ないとは限らないだろ」
「では、面白いことですねぇ」
「否定しづらいな」
リファニーは、ぐふふと笑う。
だが、ここで核心を話すつもりはない。
ゴーレムの話は、まだ人前でする内容ではない。
「悪い、また後でな」
「はいですぅ。面白いものができたら、見せてくださいねぇ」
「内容による」
「ぐふふ・・・その返答、余計に気になりますぅ」
俺はリファニーの視線から逃げるように、その場を離れた。
通路では、タオルの束が運ばれていく。給水布が検品されている。木箱が積まれ、容器が棚へ並べられていく。
どこを見ても、人が動いていた。
新領都には新たな手が必要だ。
そして、この工房にも。
「私は上を手伝ってくるわ」
不意に、エマがそう言った。
「え?」
「人手、足りないんでしょう?」
セレナが頷く。
「助かります」
「それじゃ、後で」
エマは軽く手を振って階段の方へ向かっていく。
「セレナ」
「はい?」
「俺はドグランのところに顔を出してくる。エマを頼んだぞ」
「はい、任されました」
そう言って、その場を離れる。
向かう先は工房の奥。
ドグランのいる鍛冶工房だ。
精霊工房の奥にある通常鍛冶工房へ向かうと、熱気が先に来た。
金属を叩く音。
炉の赤い光。
火花。
ドグランは相変わらずだった。太い腕で槌を振るい、赤く焼けた金属を打っている。
俺に気づくと、ドグランは槌を止めた。
「おう、小僧。戻ったか」
「ああ。ドグラン、ちょっと相談がある」
ドグランは俺の顔を見て、鼻を鳴らす。
「表で話せんやつか」
「ああ」
「ちょっと待っとれ」
そう言うとドグランは若い職人を呼び寄せ、仕事を引き継がせた。
「ついて来い」
話が早い。
通常鍛冶工房の奥で、ドグランが手慣れた動作をする。
重い音がして、隠し扉が開いた。
扉の向こうへ入ると、表の槌音が一気に遠くなる。
扉の先の空気は静かだった。
小型万能炉、魔法金属、宇宙素材、マルチスキャナー。
作業台の上には分解中の魔道具。
半分だけ形になった試作品。
アルが管理する投影装置。
表に出したら絶対に面倒なことになるものが、当然のように並んでいる。
(こういう場所は、やっぱり男心に刺さるな)
秘密基地。研究室。危ない実験場。
全部乗せだ。
『安全基準上、危険物管理区画です』
(そういう冷静な補足は今いらない)
俺が内心で突っ込んでいると、ドグランが炉の前で腕を組んだ。
「で、何を作るつもりじゃ」
「土木作業用のゴーレムと、工場内作業用のゴーレムを作りたい」
ドグランの表情が止まった。
「・・・待て」
「おう」
「小僧」
「なんだ」
「おぬし今、なんと言った」
「土木作業用のゴーレムと、工場内作業用のゴーレムを作りたい」
「聞き間違いではないのか」
「残念ながら」
ドグランは、深く息を吐いた。
「ゴーレムは魔物じゃ」
その声は、さっきまでの軽さとは違っていた。
「人が作って命令する道具ではない」
「分かってる」
「分かっとらん顔じゃ」
「いや、今は分かった」
「今か」
ドグランの目が細くなる。
「ゴーレムというのは、土や石や金属に魔石が宿り、魔物化したものじゃ。形が人に似とることもある。だが、あれは道具ではない。動く災害に近い」
「だから、そこを変えたい」
俺が言うと、ドグランは呆れたように髭を撫でた。
「身体だけなら作れる。土を掘る腕も、石を運ぶ脚もな。問題は、そいつを人の近くで動かしてよいかじゃ。体を作ってコアを乗せ、回路を形成して魔石を動力にすればおそらく動く。じゃが、それは人を襲うぞ」
その言葉に、俺は少し頷く。
そう。
そこだ。
作れるかどうかではない。
使っていいかどうか。
『ゴーレムコアの解析は完了しています』
アルの声が響いた。
ドグランが固まる。
「なんじゃと?」
「いつの間に」
『必要でした』
「その言葉、あちこちで聞くが、今日何回目だ・・・」
俺の問いに、アルは答えない。
まあ、アルにとっては本当に必要だったのだろう。
そして、アルが解析が完了したと言うなら、完璧に完了しているのだ。
「コアが問題ないなら、問題は運用じゃな」
ドグランが言う。
「そういうことだ」
俺たちは作業台に向かった。
アルが投影を展開する。
淡い光で、二種類の骨格が浮かび上がった。
一つは四脚。
低重心で、背部に荷台フレームがあり、前方に交換式アームを取り付ける構造。掘削爪、牽引用フック、運搬用の保持具を用途に応じて付け替える。
もう一つは二足。
ただし、人間そっくりではない。低身長で、脚は太く、足裏は広い。腕は短く、箱を持つことに特化している。顔はない。
人ではなく、作業補助機械だ。
「四脚は分かる。土や石の上なら、その方が踏ん張れる」
ドグランが四脚の投影を見る。
「二足は?」
「工房内は人間用に作ってある。通路も棚も作業台も、人が動く前提だ。そこに合わせるなら二足の方が都合がいい」
「人に似せる必要はないんじゃな」
「ない。むしろ似せすぎると気持ち悪いし、誤解も生む」
「道具として割り切るわけか」
「ああ。戦わせたいんじゃない。働かせたい」
ドグランはしばらく投影を見て、それから笑った。
「ゴーレムを働かせる、か。小僧、やはりおぬしは発想がおかしい」
「褒め言葉として受け取っとく」
「褒めとるとも」
たぶん半分くらいは本心だろう。
そこからの試作は、驚くほど早かった。
アルは基本構造を出す。ドグランは、アルの投影を見ながら部材を作っていく。
「ここの関節は、もう少し逃げを作れ」
『指定理由を確認』
「魔力が逃げん。全部ここに溜まる」
「なるほど。魔力バッファか」
「ばっふぁが何かは知らんが、硬けりゃ良いというもんではない」
アルが投影を修正する。
『応力及び魔力逃がし構造を追加します』
「そうじゃ。それなら折れにくい」
こういうところで、ドグランは強い。
アルは完璧に設計できる。
だが、この世界の金属、この世界の魔力の通り、この世界の炉で加工した時の癖を、肌で知っているのはドグランだ。
SFの頭脳と職人の手が噛み合っていく。
俺はそれを見て、普通にワクワクしていた。
何もないところから、形が生まれる。
それも、人の生活を変える道具が。
こういう時間は嫌いじゃない。
いや、かなり好きだ。
最初の四脚型試作機は、深夜になる前に形になった。
試験用なので、まだ小型だ。
それでも、石材を持ち上げられるだけの力はある。
「動かすぞ」
「おう」
ドグランが腕を組む。
俺は試験用の石材を指さした。
「その石材を、あっちの台まで運べ」
四脚型ゴーレムが動いた。
滑らかだった。
石材の前で止まり、アームで掴み、持ち上げる。重心がわずかに沈み、四脚が床を噛む。そのまま歩き、台の前で止まり、石材を置く。
動作は完璧だった。
ドグランが唸る。
「・・・動きよる」
「ああ、動いたな」
『命令実行完了』
うん。
ここまでは問題ない。
問題は、ここからだ。
俺は木箱と棚を動かし、狭い通路を想定した配置を作った。
「次。この箱を、向こうの台まで運べ」
ゴーレムは命令通りに動いた。
箱を持ち上げ、通路を進む。
そして、方向転換した。
「ストップ」
俺の声で、ゴーレムが停止する。
背部の荷台フレームが、棚の角にかなり近い位置で止まっていた。当たってはいない。だが、近すぎる。
『命令は正常に実行されています』
「命令はな。でも今、棚に当たりかけた」
『運搬対象への影響はありません』
「棚が壊れるだろ」
俺は額に手を当てた。
そういうことか。
アルは命令を正確に実行している。
箱を運ぶ。箱を壊さない。目的地へ置く。
その命令自体は完璧に達成している。
だが、命令対象外の副次被害は、初期設定では重く扱われていない。
「アル、お前は命令を正確に実行しすぎる」
『問題点を確認します』
「アルは正確な命令を出す。だから問題が無い。だが人間は命令を正確に出せない」
俺は棚を指さす。
「雑に言う。勘違いする。危ない場所に立つ。勝手に近づく。工房なら、従業員が横を通る。子供が近づくかもしれない。棚も商品もある」
『はい』
「命令を守るだけじゃ駄目だ。命令されていない危険も避けるようにしないと、人の近くでは使えない」
少しの間。
アルが沈黙する。
『安全領域の再定義を行います』
『命令達成よりも、人身保護および周辺物損防止を上位制約に設定』
『ただし、制約過多により作業効率は低下します』
「効率より先に安全だ」
ドグランが髭を撫でる。
「小僧らしいのぅ」
「そうか?」
「戦わせる道具なら、そんなことは考えん」
「働かせる道具だからな」
次の試験では、人型のダミーを置いた。
ゴーレム本体はダミーを避ける。だが、持っている箱の角がダミーに近づきすぎた。
「本体だけ避けても駄目だ。持ってる荷物まで含めて、ゴーレムの体だと思え」
『運搬物を含む拡張安全領域を設定します』
ドグランが感心したように頷く。
「なるほどのぅ。腕の先だけ見とっては駄目なわけか」
「そういうことだ」
さらに、俺はわざと曖昧な命令を出した。
「ここを片付けろ」
ゴーレムは床の箱をまとめ始める。命令としては間違っていない。だが、箱を高く積みすぎると崩れる。
「待て待て待て。それだと崩れる」
『命令範囲が曖昧です』
「だからだ。曖昧な命令でも、危険側に行かないようにしてくれ」
『曖昧命令時は、安全側に制限し、確認要求を返す設定に変更します』
「それでいい」
ドグランが笑った。
「人間相手の道具は面倒じゃのぅ」
「人間が面倒なんだよ」
「違いない」
二足型の試験も行った。
二足歩行そのものは問題ない。狭い通路も通れる。作業台の高さにも合う。
だが、箱を持ったまま振り返ると、箱の角が棚に近づきすぎる。
「狭い場所では、腕を振るな。通路幅が足りない時は無理に通るな。棚の前では急停止しない。商品を持ってる時は、力より安定優先」
『可動域制限、経路再計算、減速制御、運搬物保護制御を追加します』
指摘すれば、アルは即座に反映する。
不具合ではない。
能力不足でもない。
ただ、初期の思想が違った。
アルは命令を忠実に実行することに主眼を置いていた。
俺は、人間の近くで使う道具として、命令より上に安全を置いた。
そこが違う。
ドグランが、炉の赤い光を受けながら言う。
「動かすより、動かさぬ決まりを作る方が大事というわけか」
「人の近くで使うならな」
「命令を守らせるだけなら、恐ろしい道具にもなり得る」
「ああ」
俺は頷いた。
「だから、守らせる命令の上に、やっちゃいけないことを置く」
人を傷つけない。
物を壊さない。
分からなければ止まる。
無理なら報告する。
命令者を制限する。
緊急停止できる。
「戦うゴーレムではなく、働くゴーレムじゃな」
ドグランの言葉に、俺は小さく笑った。
「そういうことだ」
そこからは、安全基準の詰めだった。
アルが安全領域を投影する。俺が危険パターンを出す。ドグランが可動域を物理的に制限する部材を作る。
炉が赤く光り、金属の焼ける匂いがする。
魔石が淡く光る。
地下の奥は、外の時間から切り離されたようだった。
疲れているはずなのに、眠くない。
俺もドグランも、妙に楽しそうだった。
たぶん、こういう時間が好きなのだ。
何かを思いつき、形にし、試し、直し、また動かす。
知識と手と感覚が噛み合っていく時間。
気づけば、かなり夜が更けていた。
完成した四脚型作業ゴーレムは、試作機としては十分な形になっていた。
低く構えた胴体から、四本の脚が床を掴むように伸びている。背には荷台用のフレーム。前方には交換式の作業アーム。掘削爪も、牽引用のフックも、用途ごとに付け替えられる。
魔石スロットの奥で、小さな光が脈を打っていた。
石材を持ち上げ、運び、置く。人型ダミーを避ける。棚に当たらないように旋回する。曖昧な命令では確認待ちになる。停止命令で止まる。
その一つ一つを確認したあと、ドグランが黙った。
俺も黙った。
炉の音だけが響く。
少し間を置いて、ドグランが言った。
「できてしもうたのぅ・・・」
「できたな」
『試作機としては実用水準です』
ドグランが、アルの投影装置を見る。
「試作機としては、じゃと・・・?」
俺は苦笑する。
「そこは突っ込まない方がいい」
二足型も、基本の形まではできていた。
人間そっくりではない。低く、太く、倒れにくい。短い腕は箱を抱えるためのもので、顔も表情もない。見た目は人型というより、工房の通路を歩くために作られた作業補助機械だった。
「こっちは工房で試す前に、セレナに見せた方がいいな」
「勝手に動かしたら怒られるじゃろうな」
「絶対怒られる」
しかも、たぶん正論で詰められる。
安全基準、運用手順、誰が命令できるのか、保守管理、事故時の責任。
セレナなら全部聞いてくる。
想像しただけで少し胃が痛い。
だが、必要なことだ。
俺は四脚型作業ゴーレムを見る。
「これなら、少しは楽になるか」
人を潰すためではなく、人を楽にするためのゴーレム。
魔物として恐れられていたものを、人の手を助ける道具へ変える第一歩。
精霊工房の地下で、また一つ、この世界の常識が静かに形を変えた。




