第85話 奪われたもの
「壁の向こうだ」
俺がそう言うと、セドリックは水路の壁を見た。
黒く濁った水路。
不自然に積み直された石壁。
そこに、金属反応と魔石反応がある。
普通に考えれば、あり得ない。
水路の壁の奥に、金属と魔石。
つまり、ただの補修跡ではない。
誰かが、何かを隠している。
「閣下」
「何だ?」
「開ける前に、記録を残します」
「今か?」
「今です。ここは水路であると同時に、犯罪の現場である可能性があります」
「・・・なるほど」
俺は壁に当てていた手を一度離した。
気持ちとしては、今すぐぶち抜きたい。
だが、セドリックの言うことは正しい。
水が止まり、人が濁った水を飲んでいる。
その原因が、ここにあるかもしれない。
なら、ただ開けるだけでは駄目だ。
誰が、何を、どこに隠したのか。
そこまで残さないと、また誰かが言い逃れをする。
(アル、記録できるか)
『可能です。映像、音声、指紋、足跡、繊維、壁面構造、加工痕、魔力反応、金属反応、魔石反応を記録中』
(証拠として使える形で)
『改竄検知用の認証情報を付与します』
(よし)
「アルが記録する」
「ありがとうございます」
セドリックは短く頭を下げた。
それからメギの方を見る。
「メギ。あなたの見解も聞きます」
「お、俺の、ですか?」
「はい。あなたはこの水路を知っているのでしょう」
「・・・はい」
「なら必要です」
メギは戸惑いながらも、壁に近づいた。
膝をつき、指で石の継ぎ目をなぞる。
その手つきは、さっきまでの怯えた男とは違っていた。
慣れたしぐさで石を見て、泥の付き方を見ている。
水が流れていた頃の記憶と、今の状態を比べている。
「ここ、後から積んでます」
「分かるのか?」
「石の合わせが違います。昔からある場所は、もっと噛み合ってる。水を通す職人なら、こんな積み方はしません」
「わざと雑に積んだ?」
「雑というか・・・見た目だけ、です。水路を守る積み方じゃありません」
「どこから開けるのがいい?」
メギは驚いたように俺を見た。
「俺が決めるんですか?」
「お前が一番詳しいんだろ」
「・・・」
メギは、もう一度壁を見た。
そして、低い位置を指差す。
「ここです。上を崩すと、水路の石まで割れます。下から外せば、たぶん壁だけ取れます」
「アル?」
『妥当です。水路本体への損傷を最小限にできます』
「よし。メギの言った場所から開ける」
メギが息を呑んだ。
自分の言葉が、本当に採用されると思っていなかった顔だ。
俺は壁の前に立つ。
石に手を当てた。
(切り抜く。派手に壊すな)
『了解。壁面接合部へナノマシンを浸透。石材境界を分離します』
指先から、淡い光が広がる。
水路の壁に、細い線が走った。
石が震える。
砕けるのではない。
目地に沿って、ゆっくりと切り離されていく。
やがて、壁の一部が音もなく浮いた。
「・・・本当に、何でもありね」
エマが小さく呟く。
「何でもじゃない。今回はかなり慎重にやってる」
「慎重に壁を外す時点で、普通ではないわ」
「それはまあ、そうだな」
切り離された石が、ゆっくり横へ滑る。
その向こうから、冷たい空気が流れてきた。
中から漂ってくる湿った石の匂い。そして古い木の匂いと金属の匂い。
「空間があります」
セドリックの声が硬くなる。
「ああ」
俺は、水路の壁の向こうを覗き込んだ。
暗い。
だが、アルがすぐに視界を補正する。
薄暗い空間の奥に、木箱が並んでいた。
ひとつや二つではない。
大きな箱、小さな箱、麻袋、金属製の箱、油紙で包まれた束。
どう見ても、水路の補修には必要ないものまである。
「隠し倉庫か」
『肯定。内部に金貨、銀貨、魔石、金属インゴット、保存食、薬品類、水路補修用資材、複数年代の図面および管理文書を確認』
「図面?」
俺は眉をひそめた。
セドリックが中へ入り、手近な木箱の封印を確認する。
その目が細くなった。
「閣下。これは私財ではありません」
「分かるのか?」
「封印が違います。これは鉱山管理局の封印です。こちらは水路管理局。こちらは領主館の備蓄印ですが、管理記録と一致しない可能性が高い」
「つまり?」
「領地から抜かれた金と物資です」
「全部か?」
「断定はできません。ですが、少なくともこの箱は、ここに隠されていていいものではありません」
セドリックは別の箱を開けた。
中には、金具や工具、石材用の接合剤らしきものが入っている。
さらに奥には、乾燥させた豆、穀物の袋、塩、干し肉。
古いが、まだ使える保存食も混じっていた。
そして、また別の油紙に包まれた束。
セドリックはそれを慎重に取り出し、濡れていない場所で広げた。
「これは・・・水路図か?」
「いいえ」
セドリックの声が、少し低くなった。
「改修図面です」
「改修?」
「はい。しかも一枚ではありません。年代が違います」
セドリックは油紙の束を一枚ずつめくる。
古いもの。比較的新しいもの。
水に強い油紙で包まれていたせいか、保存状態は悪くない。
「こちらが古い基礎図面。こちらが第一改修。こちらが第二改修。さらに三枚、後年の追加改修図面があります」
「ずいぶん丁寧に残してあるな」
「隠すために残したのでしょう。表の管理局に置けない図面です」
「なるほどな」
俺は思わず笑った。
楽しいからではない。
むしろ逆だ。
腹の奥が冷えていく。
「水路補修材に、保存食に、薬に、改修図面か」
「はい」
「これだけ隠しておいて、あいつらに濁った水を飲ませてたのか」
誰も答えなかった。
答えられるわけがない。
俺は箱の中身を見下ろした。
水路を直す材料があり、食べ物があり、薬がある。
それなのに、外では子供が腹を壊し、老人が水を待って並び、ネネスが震えながら配水している。
「旧領主派は、随分と丁寧に領地を殺してくれたらしいな」
エマが俺の隣に立った。
その表情は静かだ。
けれど、瞳の奥に冷たい光がある。
「奪ったものを、元の場所へ戻しましょう」
「ああ」
俺はセドリックを見る。
「これ、使えるか?」
「用途次第です」
「水路補修材は?」
「水路補修費として計上されていた物なら、問題ありません。むしろ本来の用途へ戻すだけです」
「保存食と薬は?」
「出所の確認が必要です。ただ、緊急救命目的であれば、仮押さえの上で配給できます」
「金は?」
「仕分けが必要です。税、鉱山収益、補修費、私財。それぞれ扱いが違います」
「面倒だな」
「必要です。閣下が略奪者ではなく、領主であるために」
俺は少しだけ口を閉じた。
そうだ。
全部奪うだけなら簡単だ。
アルに探させて、全部回収すればいい。
だが、それは旧領主派と何が違う。
不正は暴く。
奪われた領地財産は取り戻す。
だが、正当に持っているものまで奪わない。
そこは絶対に間違えてはいけない。
「分かった。金はセドリックが仕分けろ。今すぐ使えるものだけ教えてくれ」
「承知しました」
「補修材は使う。保存食と薬は仮押さえ。水と食料と病人を優先する」
「問題ありません」
「じゃあ、まず水だ」
「はい」
セドリックが広げた改修図面を見下ろす。
旧領都周辺の水路が描かれている。
線が多い。
分岐が多い。
見ただけでは、どこへどう流れるのか分かりにくい。
(アル、解析)
『水流制御構造を解析中』
視界の端に、立体化された水路図が浮かぶ。
水の流れが、色つきの線で表示される。
最初に浮かんだのは、青い線だった。
おそらく、元々の設計だ。
共同井戸区画と旧領主館区画へ、ほぼ均等に水が流れている。
次に、赤い線が増えた。
後年の改修箇所。
一本。
また一本。
さらに一本。
赤い線は、ほとんどが旧領主館側へ伸びていた。
『本来設計では、水源からの水は共同井戸区画と領主館区画へ、おおよそ均等に供給される構造です』
(本来は?)
『後年の改修が多数確認されました』
アルの声に合わせ、視界の中で赤い線が点滅する。
『第一改修。領主館浴場への専用導水路追加』
『第二改修。庭園用貯水槽増設』
『第三改修。地下貯水槽拡張』
『第四改修。領主館側流量優先化』
『第五改修。共同井戸区画側水門縮小』
(おいおい・・・)
『現在の流量配分は、領主館側約九割、住民側約一割です』
「九割?」
思わず声が出た。
セドリックも図面に目を落としたまま、顔をしかめる。
「・・・図面上も、同じ結論です。改修のたびに領主館側の取水量が増えています」
「住民側は一割か」
「はい。しかも、こちらの注記を見る限り、共同井戸区画側の水門は意図的に絞られています」
「理由は?」
「表向きは、水圧安定のため、でしょうね」
「表向きは?」
「実態は、領主館側の浴場と庭園用貯水槽を優先するためです」
セドリックは別の文書をめくる。
「さらに、沈殿池の維持費が毎年計上されています」
「沈殿池?」
「泥や砂を沈め、水路へ流さないための設備です。本来、水路維持には必要なものです」
「維持されているのか?」
「帳簿上は、です」
「帳簿上は、か」
『補足します』
アルの声が入る。
『領主館側沈殿池の機能停止を確認』
(壊れているのか?)
『いいえ。意図的に使用されていません』
嫌な予感がした。
(どういう意味だ)
『後年の改修により、領主館側で堆積した汚泥を住民側水路へ排出する構造へ変更されています』
「・・・・・・」
「・・・・・・」
その場の空気が凍った。
最初に口を開いたのはエマだった。
「つまり」
低い声だった。
「領主館側に溜まった泥を、住民側へ捨てていたの?」
『その解釈で概ね正しいと判断します』
俺は思わず額を押さえた。
ここまで来ると呆れる。
いや、違う。
怒っている。
浴場を快適にしたい。
庭園へ水を回したい。
領主館の貯水槽を満たしたい。
それだけでも十分に酷い。
だが、その結果出た泥を住民側へ流す?
しかも、沈殿池の維持費は毎年計上している?
つまり、金を抜いて、作業を省いて、汚れだけを住民に押し付けたわけだ。
「セドリック」
「はい」
「これ、帳簿上はどうなってる?」
「沈殿池維持費、水路清掃費、導水路補修費、すべて支出済みです」
「実際は?」
「少なくとも、図面と現場を見る限り、まともに使われていません」
「金だけ消えてる?」
「その可能性が高いです」
「本当に丁寧だな」
「はい」
セドリックの声にも、わずかに怒りが混じっていた。
「丁寧に、腐っています」
俺はメギを見る。
「メギ」
「は、はい」
「心当たりはあるか?」
メギは少しだけ迷った。
それから、水路を見つめたまま口を開く。
「昔は違ったんです」
「違った?」
「俺が若い頃は、ちゃんと流れてました」
静かな声だった。
「最初は少しだけ泥が増えたんです」
「・・・・・・」
「その次は、水量が減った」
「・・・・・・」
「その次は、雨が降るたび詰まるようになった」
メギは拳を握った。
「みんな分かってたんです」
「何をだ?」
「領主館の方だけ綺麗になってるって」
誰も言葉を返さなかった。
「でも言えなかった」
「・・・・・・」
「言った奴は仕事を切られましたから」
重い沈黙が落ちる。
なるほどな。
これは事故じゃない。
管理不足だけでもない。
災害でもない。
誰かが楽をした。
誰かが金を抜いた。
誰かが見て見ぬ振りをした。
その積み重ねが、この水路だ。
水が止まったのは、最後の結果でしかない。
その前に、もう何年も前から、この水路は住民を殺し始めていた。
「なら、その水門は閉じておけ」
俺は水路図を指差した。
「領主館側だ」
近くにいた現地役人らしき男が、慌てて声を上げた。
「お、お待ちください! その水門は領主館へ通すものです!」
「今の領主館に、誰が住んでる?」
「それは・・・」
「誰が住んでる?」
「・・・誰も」
「飲み水がなくて死にかけてるのは、どこだ?」
男は答えなかった。
俺は水路図を指で叩く。
「水は人がいる場所へ流す。領主館の空っぽの貯水槽じゃない」
「ですが、慣例では・・・」
「慣例で人が死ぬなら、その慣例はいらない」
男は口を閉じた。
セドリックがその横で静かに頷く。
「記録上の理由は、緊急救命措置。旧領主館側の居住実態なし。共同井戸区画および周辺住民の生命維持を優先。加えて、不適切な改修による配水異常の暫定是正。これで処理します」
「頼む」
「承知しました」
セドリックが、すぐに帳簿の余白へ何かを書き込む。
早い。
本当に実務が早い。
俺の無茶を、こいつはすぐに行政上の形に変えてくれる。
ありがたい。
そして、少し怖い。
この手の人間を敵に回したら、帳簿で殺されそうだ。
セレナと一緒にはしたくない。
きっと俺が死ぬ。
死因は詰められ死、だ。
「メギ」
「は、はい」
「水を流す。にしてもまずは泥を抜かないとな。どこから抜く?」
メギは水路図を見ても、細かい記号は分かっていない様子だった。
だが、現地の水路を見る目は違う。
彼は泥の溜まった角を指した。
「そこです。そこから先に抜かないと、流してもまた詰まります」
「アル?」
『妥当です。汚泥の堆積量が最大。先に隔離する必要があります』
「よし。メギの言う通りにする」
メギの喉が鳴った。
信じられない、という顔。
だが、今は驚いている時間はない。
「メギ、次も言え。お前の知ってることが必要だ」
「・・・はい!」
声が少し大きくなった。
俺は手をかざす。
水路の黒い泥が震え始めた。
そのまま押し流せば、下流が汚染される。
それでは、旧領主派がやっていたことと変わらない。
だから、横に仮設の沈殿槽を作る。
石材。
木箱。
補修材。
周辺にあるものを組み替え、泥を受ける穴を固める。
アルが薄膜コーティングを施し、汚染が外へ染み出さないようにする。
『仮設沈殿槽、構築完了』
「泥を抜く」
『了解』
黒い泥が、水路の底から剥がれた。
まるで生き物のように、ゆっくりと浮き上がる。
それが細い流れになって、仮設沈殿槽へ移されていく。
臭いが酷い。
腐った水と泥、長年放置された水の臭いだ。
エマが少し顔をしかめた。
セドリックも黙って口元を押さえている。
メギだけは、じっと水路を見ていた。
「次は?」
「そこの石を少し外してください。奥に木の板が入ってるはずです」
「木の板?」
「昔、仮止めに使った板です。でも、そのままだと腐って詰まります」
『内部に腐食した木材反応を確認』
「当たりだ。メギ、続けろ」
「はい!」
メギの声がさらに強くなった。
俺は笑う。
いいぞ。
埋もれていたのは金だけじゃない。
こういう人間も、ちゃんといる。
使われず、踏まれ、口を閉じるしかなかった人間。
それを拾えば、領地は動く。
木材を抜く。
泥をさらう。
石組みを補強する。
領主館側への水門を一時的に閉じ、共同井戸区画側へ流れるよう切り替える。
住民側へ泥を押し付ける排出路は封鎖する。
すべてを完全に直すわけではない。
水路全体の恒久復旧は後だ。
今やるのは、命に関わる場所へ水を届ける応急通水。
まずは、人が死なない流れを作る。
『北側水源からの流入を確認』
アルの声が響いた。
水路の奥から、低く鈍い音がした。
最初は、石の中で何かが鳴っているような音だった。
次に、泥の隙間から水が滲んだ。
細く弱く、頼りない流れだった。
けれど、確かに透明な水だった。
メギが息を呑む。
「・・・戻った」
その声は、泣いているようにも聞こえた。
俺は水路を見た。
水が、ゆっくりと流れていく。
旧領主館ではない。
空の貯水槽ではない。
ネネスがいる共同井戸の方へ。
子供と老人と病人が待っている場所へ。
『共同井戸区画への到達予測、三分後』
「流量は?」
『暫定値ですが、改修前の現状比で約二十六倍。元設計値の七割程度まで回復する見込みです』
「十分だ。今はな」
『はい。恒久復旧には水路全体の再設計と清掃が必要です』
「それは後でやる」
今は、まず届けばいい。
水が。
命が。
「ネネス側は?」
『銀の小鳥による監視継続中。配水は安定しています』
「つなげてくれ」
『了解』
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ネネスは、水槽の横に立っていた。
さっきより少しだけ顔色が悪い。
無理もない。
男が精霊に罰せられるところを目の前で見たのだ。
それでも、彼女は配水を続けていた。
子供、老人、腹を壊した者、怪我人。
桶を抱えた手は震えている。
けれど、順番は崩していない。
その時、水場の奥から音がした。
ちょろちょろと。
本当に小さな音。
最初に気づいたのは、子供だった。
「・・・水?」
ネネスが振り返る。
乾いた水路の奥。
黒く汚れた溝の中を、細い流れが進んできていた。
まだ飲むには濾過が必要だ。
まだ十分な量ではない。
けれど、水だった。
井戸の底から汲み上げた濁り水ではない。
北の水源から戻ってきた、水だった。
「水だ・・・」
誰かが呟いた。
その声は、すぐに別の声へ移った。
泣き声。
笑い声。
信じられないものを見るような声。
ネネスは桶を持ったまま、しばらく動けずにいた。
やがて、彼女は袖で目元を拭う。
そして、震える声で言った。
「順番はそのままです。子供と病人が先です」
今度は、誰も文句を言わなかった。
水は流れていた。
細く、弱く、まだ頼りない流れだ。
それでも、確かに流れていた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
水が戻った。
完全ではない。
あくまで応急通水だ。
それでも、ネネスのいる水場には、水が届き始めた。
俺は水路の縁に立ち、細い流れを見ていた。
金を見つけた。
補修材も見つけた。
改修図面も見つけた。
そして、水も戻した。
だが、この領地はまだ腐っている。
それも、かなり深く。
「セドリック」
「はい」
「ここだけだと思うか?」
「思いません」
「だよな」
俺は隠し倉庫を見た。
領民から奪われたもの。
水路から奪われたもの。
そして、命から奪われたもの。
(アル)
『はい』
「探せ」
『対象範囲を指定してください』
「ラッシュバック伯爵領全域。旧領主派、怪しい商人、鉱山管理者、水路管理者、倉庫番。文書、帳簿、税記録、倉庫台帳、鉱山収益、補修費、取引記録。整合性が取れないものを全部洗え」
『ナノマシンによる地中構造調査、金属反応、魔石反応、隠し空間検出を並行します』
「ただし、不正なものだけだ」
『条件を確認。正当な私有財産、合法的な備蓄、相続財産、整合性の取れる秘匿資産は除外』
「そうだ。俺は泥棒を捕まえたいんであって、泥棒になりたいわけじゃない」
『了解しました。不正蓄財、横領資産、領地財産の隠匿、不自然な帳簿不一致を優先検出します』
セドリックが、ほんの少しだけ目を細めた。
「閣下」
「何だ?」
「その条件であれば、私が帳簿側の照合を行います」
「頼めるか?」
「はい。不正な財産と、正当な財産を分ける必要があります」
「面倒だな」
「必要です。繰り返しますが、閣下が略奪者ではなく、領主であるために」
「分かった。任せる」
「承知しました」
セドリックはすぐに帳簿を開く。
メギは、まだ水路を見ていた。
エマは隠し倉庫の保存食と薬を確認している。
それぞれが、自分にできることを始めている。
いい流れだ。
水が戻ったから、終わりではない。
むしろ、ここからだ。
『暫定検出』
(早いな)
『高優先調査地点、十二』
(十二か)
『増加中です』
俺の視界に、領地の簡易地図が浮かぶ。
赤い点。
黄色い点。
地下の空洞。
整合性の取れない倉庫記録。
帳簿上は存在しない魔石反応。
笑うしかなかった。
この領地は、本当に腐っている。
だが、腐った場所が見えるなら、えぐり出せる。
「セドリック」
「はい」
「水の次は、盗まれたものを取り返すぞ」
「承知しました、閣下」
奪われていたものを、ひとつずつ取り戻す。
水も。
金も。
人も。
それが、俺の領地で最初にやる仕事だった。




