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第81話 幻想と科学の交わるとき


 目を覚ますと、腕の中にエマがいた。


 よく知った天井。

 よく知った部屋。


 なのに、景色はまるで違っていた。


 棚にはエマの私物が増えている。机の端には、昨日までなかった小さな髪飾りが置かれていて、壁際の収納も二人分に作り替えられている。


 二つあったはずのベッドは、一つになっていた。


 俺の部屋だった場所は、もう俺だけの部屋ではない。

 俺たちの部屋になっていた。


 腕の中のエマは、まだ目を閉じている。灰銀の髪が枕の上に広がり、白い頬が俺の胸元に触れていた。


 透き通るような肌が、朝日を浴びて、心なしかきらきら輝いて見える。


 昨日の夜もさんざん見たはずなのに、朝になってから改めて見ると、また違う意味で美しく、新鮮に見えた。


 こういうものなのか。


 いや、こういうものなんだろう。


 俺が少しだけ身じろぎすると、エマの眉がかすかに動いた。



「・・・アキラ」


「起きたか?」


「まだ」


「起きてないのに返事するのか」


「アキラがいるか確認しただけ」



 寝ぼけた声でそんなことを言われる。


 俺が黙っていると、エマは目を閉じたまま、俺の腕を軽く掴んだ。



「いた」


「いた?」


「よかった」


「何の確認なんだよ」


「朝、目が覚めた時に、ちゃんと隣にいるかの確認」


「昨日、くっついたまま寝ただろ」


「それとこれは別よ」



 エマはそう言って、少しだけ身体を寄せてくる。


 細い腕が、俺の背中へ回った。



「ねえ、ぎゅーってして」


「朝から甘えん坊だな」


「朝だからよ」


「理由になってるか?」


「なってるわ」



 断言だった。


 俺は少し笑って、エマを抱き寄せる。


 温かい。


 湯上がりの時とも、夜の静けさの中で抱きしめた時とも違う。


 朝の光の中で触れるエマは、ちゃんとここにいる人間の温かさを持っていた。


 ちょっと前まで、俺たちはずっと走り続けていた。

 まだ処理しなければならないものも山ほどある。


 だが、今だけは。


 今、この一瞬だけは、腕の中のエマだけを見ていたかった。



「アキラ」


「ん?」


「・・・おはようの、ちゅー」


「自分で言うのか」


「言わないとしてくれないでしょう?」


「するけど」


「じゃあ、して」



 言い方が完全に甘えている。


 普段のエマなら、もう少し澄ました顔で、もう少し言い方を整えるはずだ。


 でも今は違う。


 この部屋の中では、エマは俺にだけ、こういう顔を見せる。


 それが妙に嬉しくて、同時に少しだけくすぐったい。


 俺はエマの額に軽く唇を触れさせた。



「そこじゃない」


「厳しいな」


「そこも嬉しいけど、違うの」


「はいはい」



 頬を膨らませて、エマが顔を上げる。


 まだ少し眠たげな翡翠色の瞳が、すぐ近くにあった。


 俺はそっと唇を重ねる。


 軽く。


 本当に、朝の挨拶くらいのつもりだった。


 けれど、離れようとした瞬間、エマの手が俺の頬を包んだ。



「もう一回」


「朝から?」


「朝だから」


「またそれか」


「便利な理由ね」



 自分で言って、エマが小さく笑った。


 その笑顔を見てしまうと、もう駄目だった。


 もう一度、唇を重ねる。


 さっきより少し長く。


 エマの手が、俺の胸元から首の後ろへ回る。俺も自然と、その背中に腕を回していた。


 唇を離した後、耳に、首筋に、肩に、胸元に、キスを落としていく。



「・・・んっ」



 幸せすぎて、普通に判断力が落ちているのかもしれない。


 もう一度唇を合わせる。


 エマの頬が赤い。


 いつの間にか指が絡み、お互いの息が少しずつ荒くなっていた。


 俺の顔も、多分まともではない。


 このままだと、朝から完全に流される。


 流されてもいい気がしているのが、もっとまずい。



「アキラ・・・」


「エマ・・・」



 もう一度、エマを抱き寄せようとした、その時だった。



「アキラさーん! 起きてますかー!?」


「うおっ!?」

「ひゃっ!?」



 母屋の外から、セレナの声が響いた。


 俺とエマは反射的に離れようとして、しかしお互いに腕が絡んだままだったせいで、逆に中途半端に抱き合う形になった。


 エマが布団に顔を隠す。


 俺は天井を見上げた。


 そうだった。


 昨日、言われていた。


 明日は朝から詰める、と。



「アキラさーん。起きているなら返事をしてください。起きていないなら、起こします」


「起きてる! 起きてるから待て!」


「では、十分後に事務所でお願いします」


「早い!」


「遅いくらいです」



 相変わらず容赦がない。


 足音が遠ざかっていく。


 たぶん、俺たちがちゃんと起きているか、気を遣って確認してくれたのだろう。


 そう。


 彼女なりに気を遣ってくれている。


 分かっている。


 分かっているが、タイミングが最悪すぎる。


 布団に顔を半分隠したまま、エマが俺を見た。



「・・・もう少しだったのに」


「何がだ」


「言わせるの?」


「すみません」


「よろしい」



 エマは少しだけ不満そうに頬を膨らませたが、すぐに小さく息を吐いた。



「行かないと駄目よね」


「駄目だろうな」


「セレナ、絶対に逃がさない顔をしていたもの」


「声だけで分かるのか」


「分かるわ」


「俺も分かる」



 俺たちは顔を見合わせて、どちらからともなく笑った。


 甘い時間は終わり。

 現実が来た。

 だけど、それでいいのだ。


 朝一番にエマが隣にいて、セレナに怒られに行く。


 それすら、帰ってきた日常の一部なのだと思えた。






 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼






 その後、俺はセレナに詰められた。


 伯爵位の扱い。

 精霊工房の対外方針。

 領地への物資搬入。

 商業ギルドへの説明。

 従業員の増員。

 各商会からの接触対応。


 そして、俺とエマの関係変化に伴う、母屋および人員動線の整理。


 最後のやつは本当に必要だったのか。



「アキラさん」


「はい」


「幸せなのは結構です。ですが、幸せそうな顔で現実から逃げないでください」


「逃げてない」


「目が逃げています」


「そんなに?」


「はい」


「エマ」


「私はセレナの味方よ」


「裏切りが早い」


「アキラが悪いの」



 ひどい。


 だが、言い返せない。


 セレナは眼鏡の位置を直し、淡々と帳簿を閉じた。



「細かい話は後で詰めます。今すぐ決める必要があるものだけ、こちらで仮整理しておきます」


「助かる」


「助かる、ではありません。アキラさんにも後で確認していただきます」


「はい」


「それと、伯爵位については、当面こちらからは積極的に使いません。精霊工房は精霊工房。アキラさんはアキラさんです」


「それは本当に助かる」


「ただし、周囲がそう扱ってくれるとは限りません」


「だよな・・・」


「はい。なので、逃げないでください」


「逃げないって」


「目が逃げています」


「二回目だぞ」


「二回言う必要がありました」



 セレナは容赦がない。


 でも、こういう時に本当に頼りになる。


 俺が伯爵になったからといって、俺自身の中身が急に領主向きになるわけではない。


 むしろ、背負うものだけが増えた。


 金がない。

 人が足りない。

 物資も足りない。

 旧領主派は金を持ち逃げしている。

 行政は壊れている。

 鉱山は止まっている。

 元奴隷や領民の保護も必要だ。


 それなのに、旧領地は広く、問題は根深い。


 普通のやり方では、たぶん間に合わない。



『提案があります』


(なんだ?)


『魔法運用試験を推奨します』


(魔法?)


『はい。アキラの意図を演算処理で術式構造へ変換し、魔力供給によって発動する試験です』


(・・・つまり?)


『科学と魔法の融合、AI魔法です』


(名前が雑だな)


『識別性は十分です』


(そういう問題じゃない)



 だが、言っている内容は分かる。


 アルは、ラムールでの一件や隷属の首輪、洗脳の魔眼、そしてこれまで見てきた魔法体系の解析から、かなりこの世界の魔法に踏み込んでいる。


 俺自身は、まともに魔法を学んだわけではない。


 詠唱も知らない。

 術式も分からない。

 属性の扱いも、現地の魔法使いから見れば素人以下だろう。


 だが、俺にはアルがいる。


 俺が「こうしたい」と考える。

 アルがそれを術式構造へ変換する。

 俺が魔力を供給する。


 それで魔法が発動するなら。


 それは、普通の魔法使いとはまるで違う形になる。


 どう考えてもチートだ。


 領地開発にも使えるかもしれない。


 いや、使えなければ困る。


 俺は隣に座っているエマへ顔を向けた。



「エマ」


「何?」


「アルが、魔法を試してみないかって」


「・・・どんな魔法?」


「俺が聞きたい」


『危険性が不明なため、無人地帯での実験を推奨します』


「ほらな」


「ほらな、じゃないわ」



 エマは小さく息を吐いた。


 怒っているというより、予想通りすぎて呆れている顔だった。



「でも、必要なのよね?」


「ああ。たぶん」


「領地のため?」


「それもある。普通のやり方じゃ、どう考えても初動が遅すぎる。せめて、何ができるか把握しておきたい」


「分かったわ。私も行く」


「いいのか?」


「見届けるわ。危なかったら止める」


「頼む」


「ええ」



 セレナがこちらを見る。



「実験ですか」


「ああ。危ないかもしれないから、街の外でやる」


「地下では絶対にやらないでください」


「そこまで信用ない?」


「あります。だから言っています」


「なるほど?」


「アキラさんは、できると思ったら本当にやる方です。地下でやられると、建物ごと消える可能性があります」


「さすがにそこまでは」


『否定材料が不足しています』


「アル?」


『安全性評価は未確定です』


「お前、味方だよな?」


『はい』


「なら少しは味方してくれ」


『安全確保を優先します』


「正しいけどつらい」



 エマが少し笑った。


 セレナはため息をつき、すぐに仕事の顔へ戻る。



「では、実験するなら街の外で。結果は必ず共有してください。特に領地運営に使える可能性があるなら、こちらでも準備が変わります」


「分かった」


「それと」


「まだあるのか?」


「帰ってきたら、逃げずに続きを詰めます」


「はい」


「目を逸らさない」


「はい・・・」



 どうやら、俺に逃げ場はないらしい。






 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼






 街から西へ離れると、景色は少しずつ荒れていった。


 ヴェルクハーフェンの喧騒は遠ざかり、代わりに聞こえてくるのは、崖下で砕ける波の音だった。


 潮風が強い。


 草は低く、木もまばらで、黒っぽい岩肌があちこちに剥き出しになっている。



「本当にここでやるの?」


「ああ。人はいないし、岩はあるし、海も近い。実験場としては悪くない」


「言い方がもう危ない人のそれよ」


「自覚はある」


「あるなら少しは抑えて」


「努力はする」



 エマは俺の隣を歩きながら、周囲を見回していた。


 ローブの裾が潮風に揺れる。


 昨日の朝とは違う。


 今朝の甘いエマとも違う。


 魔法使いとして、そして俺の隣で危険を見届ける者として、彼女は真剣な目をしていた。


 その横顔を見て、少しだけ気が引き締まる。


 俺一人なら、たぶん勢いでやってしまう。


 だが、エマがいる。


 そのことが、俺の中の危うさを少しだけ地面に繋ぎ止めてくれている気がした。



『周辺五百メートルに大型生体反応なし。小動物反応は海岸側に数件ありますが、実験予定地点からは離れています』


(了解。危なくなったら止めろ)


『了解』


「アルは何て?」


「周辺確認は問題なしだと」


「なら、始めましょう。ただし、最初は小さくね」


「分かってる」



 俺は足元に転がっていた平たい岩の上に立ち、右手を前へ出した。



「まずは水でいいか」


「水?」


「魔法実験っぽいだろ」


「理由が雑ね」


「分かりやすいとも言う」



 俺は手のひらの上に、水の球を思い浮かべる。


 透明な水。


 丸い形。


 手のひらから少し浮いた位置に、拳くらいの水球を作るイメージ。


 次の瞬間、手のひらの上に水が生まれた。


 おお。


 できた。


 普通に、できた。


 だが、それと同時に、身体の奥からグーっと何かを引き抜かれるような感覚があった。



「・・・重いな」


「重い?」


「魔力を使ってる感じが、思ったより強い」


『完全な物質生成は非効率です』


「たかが水球一個でこれかよ・・・」


「完全な物質生成?」



 エマが眉を寄せる。



『何もない状態から魔素のみを使って直接水分子を生成、構築しました。予想より、必要魔力量が高く、実用性は皆無』


「ちょっと何を言ってるかわからないわ」


「俺もわからん」


『次に、周辺大気中の水分を収束します』


「やってみる」



 今度は、空気中の水分を集めるイメージに変える。


 目に見えない霧を手のひらへ寄せる。


 小さな水滴を集めて、一つにまとめる。


 すると、さっきと同じように水球ができた。


 だが、負担がまるで違った。


 軽い。


 さっきは身体の奥から引っ張られるようだったのに、今度は指先を動かす程度の感覚に近い。



「全然違うな」


「同じ水なのに、そんなに違うの?」


『無から生成する場合と、既存物質を再配置する場合では、必要な魔力量が大きく異なります』


「普通の魔法理論でも、ここまで明確に分けて考えないわよ・・・」



 エマが水球をじっと見る。


 俺は軽く指を動かして、水球を上下させた。


 動く。


 ちゃんと動く。


 自分で魔法を使っている感覚がある。


 いや、厳密には俺が使っているというより、俺のイメージをアルが魔法として成立させているのだろう。


 でも、手の中にあるこの感覚は間違いなく俺のものだ。



「すげぇな・・・」


「嬉しそうね」


「そりゃ嬉しいだろ。魔法だぞ」


「危ない魔法かもしれないけれど」


「それは否定できない」



 俺は水球を海風に乗せるように崖の方へ放ち、空中で霧散させた。


 水が細かな粒になって、風に流れていく。

 ただそれだけなのに、妙に楽しい。


 異世界に来て、魔法を見て、散々驚いてきた。

 でも、自分で魔法を使うのは、やっぱり別だ。


 胸の奥が、じわじわと熱くなる。

 だが、ここで終わるわけにはいかない。



「次はこれだな」



 俺は足元の小石を拾った。

 指先でつまめるくらいの、何の変哲もない石だ。



「これを、もっと硬くできるか?」


『可能です』


「小さく、少しだけな」


『了解。原子構造再配列。密度上昇。硬度上昇。魔力負荷を制限します』



 手のひらの上の小石が、ずしりと重くなった。

 見た目はほとんど変わらない。

 だが、重さだけが別物になっている。


 俺は思わず眉を上げた。



「おお・・・」


「アキラ、それは土魔法じゃないわ」


「そうなのか?」


「石を動かしているんじゃない。石そのものを別の何かに変えている」


「普通は?」


「そんな事できない」



 即答だった。



「普通の土魔法なら、土や石を動かす、固める、形を変える。そういう方向よ。でも今のは、石そのものの性質を変えているように見える」


「密度を上げて、硬度を上げて、内部構造を変える・・・ってことか」


『概ね正確です』


「魔法っていうか、物質加工だな」


「その感想がもう魔法使いのものじゃないのよ」



 エマが呆れたように言う。


 しかし、その声には隠しきれない驚きも混ざっていた。


 俺は小石を手のひらで転がす。


 重い。


 本当に小石なのか、疑いたくなるくらい重い。


 これをもっと極端にやったらどうなる?


 硬くして、重くして、形を整えて。


 それを飛ばしたら。



「これ、弾丸にして飛ばせるか?」


「アキラ」


「いや、実験として」


「その言い方、だいたい危ない時の言い方よ」


『周辺五百メートルに生体反応なし。小動物反応も退避済み。実験可能です』


「アルまで」


『安全条件は満たしています』


「安全条件って言うけど、何をするか分からない時点で不安なのよ」


「俺も少し不安になってきた」


「ならやめなさい」


「でも、確認はしておきたい」



 エマは俺を見た。


 心配している。

 それは分かる。


 だが、止めきれないことも分かっている顔だった。


 領地のことを考えれば、何ができて、何ができないのかを知らないままでは動けない。


 俺たちには時間がない。

 金もない。

 人もない。


 だからこそ、俺にしかできない方法があるなら、確かめる必要がある。



「一回だけよ」


「分かった」


「危ないと思ったらすぐ止めるから」


「頼む」


「本当に頼まれてしまうと困るのだけど」


「俺も困ってる」


「もう・・・」



 エマは一歩下がった。


 俺は小石を指先に乗せ、海側ではなく、崖から離れた岩壁へ向ける。


 なるべく岩の厚い場所。

 背後に何もない場所。


 アルの示す補助表示を視界の中で確認する。



『対象物質変換。タングステン相当。形状変換。弾頭形状。ベクトル固定。力学補正開始。余剰エネルギーを全てプール。運動エネルギーに変換可能。待機中』



 小石が変わる。

 見た目はほとんど変わらない。

 だが、指先にかかる重さだけが異常だった。


 弾頭。


 石ころではない。

 これはもう、ただの小さな質量兵器だ。



「いくぞ」


「待って、やっぱり怖いわ」


「俺も怖くなってきた」


『発射可能です』


「この流れで冷静に言うな」



 俺は息を止めた。

 狙いを固定する。

 小石だったものを、押し出す。

 いや、放つ。



『ベクトル設定。プールされたエネルギーを、全て運動エネルギーに即時変換。解放します』



 次の瞬間。


 音が遅れた。


 「ポンッ」という低く空気を引き裂くような音。


 同時に、視界の端で白熱した光が奔った。


 タングステン弾頭が、音速を遥かに超える速度で真っ直ぐに岩壁へ突き進む。空気を引き裂きながら、輝く流星のような残光を引いていた。


 後を追うように「キンッ!」という鋭い音が遅れて響き、さらに低く重い「ゴオオ・・・」という轟音が空気を震わせる。


 着弾。


 岩壁が、内側から文字通り吹き飛んだ。


 一瞬で岩を融解させ、赤くドロドロに溶けた溶融岩がボコボコと煮え立ち、飛び散る破片が周囲に火の雨を降らせた。防御用ナノマシンが自動的にそれらを防ぐ。衝撃波が遅れて俺とエマの頰を強く叩き、潮風を一瞬で押し返すほどの爆風が吹き荒れた。


 ・・・遅れて、耳に届いたのは、尋常ではない爆発音だった。



 俺はゆっくりと手を下ろした。

 エマも、何も言わなかった。



「・・・」


「・・・」


『想定を上回る出力です。空気との摩擦で表面がプラズマ化。イオン化した空気が光り、着弾時には超音速の空洞形成に加え、超高熱と衝撃波の発生を確認。運動エネルギーへの即時一括変換は一考の余地ありと判断』


「バレットって名前にするつもりだったんだが・・・いや、キャノン砲をはるかに超える威力だぞコレ・・・」


『非殺傷には向きません』


「そういう問題か?」


『もし、作用反作用の法則が働いていたら、木っ端みじんになるのはアキラの方でした』


「そういうの後から言うのやめて!?」


『なお、消費魔力は極小。ガトリング砲のように連射も可能です』


「どこで使うのソレ!?」



 潮風が吹き抜ける。


 さっきまでそこにあった岩壁は、大きく吹き飛んでいる。


 その奥の崖は崩れ、岩の一部が、赤熱した溶融岩の中へ落ち、ジュッという音を立てた。


 俺は自分の手を見た。


 ただの小石だった。

 ただの実験だった。


 それが、あの威力になった。



「アキラ」


「ああ」


「今のを、人に向けるつもりはないわよね?」


「ない。絶対にない」


「ならいいわ」



 エマの声は落ち着いていた。


 だが、ほんの少しだけ震えていた。

 俺はその震えを笑えない。

 俺も同じだった。


 怖い。

 これは怖い。


 剣や銃の怖さとは違う。

 この世界の魔法の怖さとも違う。


 俺の中にあるジェイクの知識と、アルの演算と、この世界の魔法が噛み合った時、こんなものが生まれる。


 その事実が、背筋を冷たくした。


 だが、それでも。


 崩れた岩と土砂を見ながら、俺は息を吐いた。


 間違いなく危険だ。

 けれど、同時に思ってしまった。


 これは、壊すだけの力じゃない。



「アル」


『はい』


「今の力学制御、応用的に使えるか?」


『可能です』


「掘って、動かして、固める」


『土木、建築、水路、道路整備、鉱山補強への応用が可能です』



 俺は崩れた崖を見た。


 壊れた領地、止まった鉱山、崩れかけた道、守るもののない街。


 金がないなら、金がかかる作業を減らす。

 人が足りないなら、人手が必要な作業をこちらで肩代わりする。

 重機がないなら、魔法で代替する。


 土を掘り、動かし、固める。

 水を通す。

 道を作る。

 崩れたものを支える。


 それが魔法でできるなら。



「まずは壁と堀が作れるか試そう。規模は小さく、だ」


『了解。一部を掘り、その物質を移動して壁を作り、硬化します』


「よし、やるぞ」



 ごくわずかに魔力が抜けていく感じ。


 その先では一メートルほどの長さの大地が深く掘られ、その隣には同じ高さの壁ができていた。



「・・・まるでクラフトゲーだな。これ、領地で使えるぞ」



 エマが俺を見る。


 俺はもう一度、自分の手を握った。


 何もない場所に、堀と壁を作れる。

 掘った土を使えば、資材の一部も賄える。


 家も、水路も、道も。

 工夫次第で、今までとは比べものにならない速度で形にできる。


 いいぞ。


 たぶんこれは、街を作り直すための力になる。



「アキラ」


「ん?」


「嬉しそうな顔をしているわ」


「怖いんだけどな」


「それでも、嬉しいのでしょう?」


「・・・ああ」



 俺は崩れた崖の向こう、白く砕ける波を見た。


 魔法と科学。

 それにアルと、俺自身の異常な魔力。


 全部が噛み合えば、この世界の常識からは大きく外れたことができる。


 今の俺には必要な力だ。


 傷ついた領地を立て直すために。

 人がまともに暮らせる場所を作るために。


 ラムールの歪みが残した傷を、少しでも塞ぐために。



「帰ったらセレナに報告だな」


「また詰められるわね」


「だろうな」


『報告事項が増えました』


「嬉しくない増え方だ」


「でも、必要な増え方よ」


「ああ」



 俺は最後にもう一度、崩れた岩壁、小さな堀と壁を見た。


 そして、ゆっくり息を吐く。


 まずは、使い方を間違えないこと。


 その上で、使えるものは全部使う。


 普通では間に合わないなら、普通じゃない方法でやる。


 俺はアキラ=ジェイ=ラッシュバック。


 伯爵になった実感なんて、まだろくにない。


 それでも、俺が背負った領地は現実にある。


 なら、始めるしかない。


 科学と魔法で。


 この世界を、少しずつ作り変えていく。





── おしらせ ──

本業が多忙につき、これより毎週一回、金曜日の投稿になります。

ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

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