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第50話 母の背中


「人を探せる道具を・・・お願いです・・・チャドを探せる道具を作ってください・・・」



 女は、床に額がつきそうなほど深く頭を下げていた。


 痩せた肩が震え、荒れた指が膝の上でぎゅっと握りしめられている。


 俺はすぐには返事ができなかった。


 作れるか、作れないか。

 それだけで言えば、答えは決まっている。

 そして、その答えを口にすることが、目の前の女から何かを奪うことになるのも分かっていた。


 だが・・・



「悪い。人を探せる道具は作れない」



 その瞬間、女の顔から血の気が引いた。



「・・・どうして、ですか」



 かすれた声だった。



「お、お金なら、すぐには払えません。でも、働きます。掃除でも、荷運びでも、何でもします。だから・・・」


「そうじゃない」


「私が貧民街の人間だからですか? チャドがちゃんとした家の子じゃないから、駄目なんですか?」



 言葉が震えていた。


 怒りというより、もう何かに縋らなければ立っていられない人の声だった。



「違うんだ」



 少し強く言いすぎたかもしれない。

 女がびくりと肩を震わせる。

 俺は息を吐いて、できるだけ声を柔らかくした。



「金の問題じゃない。住んでる場所の問題でもない。ただ、俺たちが作っている道具は、なくした人間を探せるようなものじゃないんだ」


「でも、精霊様の道具なら・・・」


「噂に尾ひれがついて広がってるんだ。俺たちは、暮らしを少し楽にする道具を作ったりしている。だから、人を見つけるような道具は作れないんだ」



 言いながら、胸の奥が少し痛んだ。


 作れない。

 それは事実だ。


 けれど、目の前の母親にとっては、その言葉がどれほど残酷なのかも分かった。



「そんな・・・」


「でも、何もしないとは言わない。できる限り調べる。チャドがどこでいなくなったのか、誰といたのか、何か見た人はいないのか。そこからなら追えるかもしれない」


「本当に・・・?」


「本当だ。ただし、嘘は言わない。けれど、絶対に見つかるとは言えない」



 自分で言っていて、嫌になるほど冷たい言葉だった。


 それでも、簡単に「大丈夫だ」とは言えなかった。


 子供が四日前に消えている。


 それがどれほど深刻なことなのか、この世界の常識を知らない俺にだって分かる。



「でも、何もしないつもりはないよ」


「座ってください」



 エマが椅子を引いた。



「その姿勢では、話すのもつらいでしょう」


「でも、私・・・」


「大丈夫です。お金の話ではありません」



 セレナが静かに言う。



「探すために必要なことを、順番に聞かせてください」



 その声は冷静だった。


 慰めるような甘さはない。

 けれど、突き放す冷たさでもなかった。


 女はしばらく迷うように俺たちを見て、それから震える足で椅子に座った。



「まず、あなたのお名前を」


「・・・ミラ、です」


「お子さんの名前はチャド。六歳で間違いありませんか」


「はい」


「最後に見たのは、四日前。炊き出しの列ですね」


「はい・・・北の古い井戸場の近くで、時々、余ったパンやスープを配ってくれる人がいるんです。あの日も、チャドと一緒に並んでいて・・・」


「その時、チャド君は一人でしたか」


「いえ。近所の子たちと一緒にいました。私は少し離れて、配られたものを袋に入れていて・・・ほんの少し、ほんの少しだけ目を離したんです」



 女――ミラは、そこで声を詰まらせた。


 エマがそっと水の入った杯を差し出す。


 ミラは両手で杯を受け取り、震えながら一口飲んだ。



「服装は覚えていますか」


「茶色の上着で、袖が破れていて・・・ズボンは灰色です。靴は片方だけ紐が切れていて、布で結んでいました」


「髪色は?」


「薄い茶色です。目は・・・私と同じ、茶色で」


「背格好は」


「小さいです。六つにしては、少し・・・食べられていないから」



 セレナの筆が、紙の上を滑っていく。

 その手は迷わない。


 だが、ミラの言葉が進むにつれて、彼女の表情が少しずつ硬くなっていくのが分かった。



「炊き出しの列に、見慣れない大人はいましたか」


「大人・・・」


「誰かが子供に声をかけていた、菓子や食べ物を渡していた、手伝いを頼んでいた。些細なことでも構いません」


「分かりません・・・でも、チャドは知らない人についていくような子じゃないんです。本当に、いい子で・・・」


「分かりました。では、チャド君と一緒にいた近所の子供たちの名前は分かりますか」


「はい。トマと、リリィと、あと・・・ガンズのところの小さい子がいました」


「その子たちは、今もいますか」


「トマとリリィはいます。でも、ガンズのところの子は・・・その、最近、見ていません」



 セレナの筆が、一度だけ止まった。


 ほんの一瞬だ。

 だが、俺には分かった。

 彼女は今、何かを拾った。


「その子が見えなくなったのは、いつ頃ですか」


「チャドより少し後です。でも、ガンズは酒ばかり飲んでいる人で・・・子供がどこかへ行っても、探しもしないって・・・」


「他にも、最近見なくなった子供はいますか」


「分かりません。皆、そういう話はしたがらなくて。貧民街では、子供がいなくなることなんて珍しくないって・・・言う人もいて・・・」


 ミラの声が小さくなっていく。


 珍しくない。

 その言葉が、妙に耳に残った。


 子供がいなくなることが珍しくない場所。

 そんな場所があってたまるか。


 だが、この世界では、そう言い切れるだけの常識がまだ俺には足りない。



「守備隊には届けましたか」


「行きました。でも、子供が迷子になっただけだろうって・・・貧民街の子供は勝手にどこかへ行くものだって・・・」


「冒険者ギルドは?」


「依頼料が・・・払えません」



 ミラは、俯いた。


 セレナは一度目を伏せ、すぐに筆を置いた。



「分かりました。あなたに連絡を取る場合は、どこへ行けばよいですか」


「北の古い洗濯場の裏に、小屋があります。そこに・・・」


「目印は」


「扉に青い布を結んでおきます」


「分かりました」


「あの、お代は・・・」



 ミラが言いかけた瞬間、セレナが静かに遮った。



「いりません」


「でも・・・」


「これは、商売ではありません」



 その声は、いつもよりほんの少しだけ低かった。


 利益に厳しく、数字に容赦のないセレナが、何の迷いもなくそう言った。


 ミラは目を見開き、次の瞬間、涙を溢れさせた。



「ありがとう・・・ございます。お願いします。お願いします・・・チャドを・・・」


「見つけるとは約束できません」



 俺は、もう一度そう言った。


 ミラの顔が揺れる。


 それでも言わなければならなかった。



「でも、できる限りのことはします。必ず」


「・・・はい」



 ミラは、何度も頭を下げた。


 エマが扉まで付き添う。


 セレナは聞き取りの紙を丁寧に畳み、視線だけで俺に合図した。

 話すべきことがある。

 そんな顔だった。



 からん、と扉の鈴が鳴る。

 ミラが外に出る。


 通りに出た背中は、思っていたよりも小さかった。


 あの人は、たぶん昨日も、一昨日も、その前の日も、同じように誰かに頭を下げてきたのだろう。


 俺には、両親の記憶がない。


 母親というものが、どういう顔で子供を見るのかも知らない。


 それなのに。


 子供を探す母親の背中だけが、妙に目に焼き付いた。



「・・・アキラ」



 エマの声で、ようやく我に返る。



「大丈夫?」


「大丈夫、ではないな」



 正直に答える。


 エマは少しだけ目を伏せた。



「私も、そう」


「アキラさん」



 セレナが聞き取りの紙を机に置く。


 そこには、チャドの特徴、失踪場所、服装、周囲にいた子供の名前、連絡先が整然と書かれていた。



「この件は、迷子ではない可能性が高いです」


「だろうな」


「断定はできません。ですが、先ほどの話では迷子と処理するには不自然な点が多すぎます」


「ガンズのところの子ってやつか」


「それもです。炊き出し、井戸場、貧民街外縁。人は多いのに、誰も責任を持って見ていない場所です」


「狙いやすい、ってことか」


「はい」



 セレナは、指先で紙の端を押さえた。

 その動きが、妙に硬い。



「セレナ。心当たりがあるのか」


「心当たり、というほど明確なものではありません。ただ・・・」



 そこで、彼女は一度言葉を切った。


 いつものセレナなら、もう少し淡々と話す。


 だが今は、言葉を選んでいるように見えた。



「現場を渡り歩いていると、帳簿に残らない人の流れを見ることがあります」


「人の流れ?」


「雇用、移送、奉公、身請け、保護。名目はいくらでもあります。ですが、その裏で、どこから来たのか分からない人間が、どこへ行ったのか分からないまま消えることがある」



 エマの表情が硬くなる。



「それは・・・」


「まだ断定はできません」



 セレナは、先に釘を刺すように言った。



「ですが、貧民街の子供、孤児、流民の子供は、記録に残りにくい。記録に残らない人間は、移動させやすい」


「胸糞悪い話だな」


「はい」



 セレナが、短く頷いた。


 その時だった。


 からん、と、もう一度扉の鈴が鳴る。



「ごめんなさい。少し、間が悪かったかしら」



 入ってきたのはリゼットだった。


 相変わらず華やかで、相変わらず人の視線を奪う。


 ラベンダーピンクの髪が、夕方の光を受けてやわらかく揺れていた。


 だが、店の中に残る空気を見た瞬間、彼女はすぐに笑みを薄くした。



「・・・本当に間が悪かったみたいね」


「昨日の倉庫候補の件か?」


「それもあるわ」


「それと、裏の廃墟にいた連中に俺たちが気づいてるか確認しに来た」



 リゼットは一瞬だけ目を丸くした。

 それから、楽しそうに目を細める。



「ふふ。やっぱり気づいていたのね」


「バレバレだったぞ」


「そう。なら、次はもう少し上手な者を回すわ」


「回すな」


「あら、警備が増えるのよ? いいことじゃない」


「囲い込みって言うんだよ、そういうのは」


「言葉の選び方が物騒ね。私は、気に入ったものを大切にしたいだけよ」


「その時点で十分物騒だ」



 リゼットは楽しそうに笑った。

 だが、すぐに視線を落とす。


 机の上に置かれた聞き取りの紙を見たのだろう。

 彼女の表情から、甘さが少しずつ消えていった。



「さっきの女性ね」



 リゼットの声が、少し低くなった。



「うちの者が見たわ。泣きながら出ていく母親を見れば、さすがに気になるでしょう?」


「ずいぶん耳が早いですね」



 セレナが静かに言う。



「商売人だもの。耳が遅いと死ぬわ」


「盗み聞きでは?」


「違うわ。泣きながら帰る人を見て、何も聞かないほど鈍くないだけ」



 リゼットはそう言ってから、俺を見た。



「子供を探していたのね」


「ああ。チャド。六歳の男の子だ」


「・・・そう」



 その一言だけで、リゼットの空気が変わった。


 いつものような甘い距離感ではない。

 商会の人間として、何かを見ている顔だった。



「それで、アキラはこの件に首を突っ込むつもり?」


「ああ」


「ふーん・・・覚悟は、あるのかしら?」


「覚悟?・・・どういうことだ?」


「この件は、もっと闇が深いわ」


「闇?」


「この街だけじゃない。この国中で、同じような失踪が起きているの」



 店の中の空気が、さらに冷えた。



「・・・国中、だと?」


「ええ。孤児、貧民街の子、流民の子。親がいても、記録に残りにくい家の子から順にね」



 セレナの目が細くなる。



「ヴァルシュ商会でも調べているんですか」


「ええ。当然よ。重く受け止めているわ」


「意外ですね」


「あら、ひどい言い方ね」



 リゼットは一度だけ、小さく息を吐いた。



「私たちも、この街で商売をしているの。子供がたびたび消える街に、まともな商いなんて根づかないわ」


「商売のためか」


「それもあるわ」



 リゼットは、否定しなかった。


 そこが、かえって信用できた。

 綺麗事だけなら、いくらでも言える。

 だがリゼットは、善意だけで動いているとは言わない。


 人を動かすには金がかかる。

 商会を動かすには理由がいる。


 それを隠さない。



「けど、一番の理由はね、気に入らないのよ。私たちの街で好き勝手やられているということが」



 そうだろうな。



「でも・・・それも今日から変わるのかしら」



 リゼットは、ふと俺を見る。

 その目に、いつもの危うい光が少し戻った。



「アキラなら、何とかしてくれる気がしているのだけれど」


「俺を何だと思ってる」


「ふふ。ね、Cランク冒険者のアキラさん?」


「便利屋じゃないぞ」


「知っているわ。だから言っているの」



 返す言葉が、一瞬詰まった。


 茶化されているようで、そうではない。

 リゼットは、俺を便利な道具としてだけ見ているわけではないらしい。


 それが分かるから、余計に面倒だった。



「国中で起きているなら、単独犯ではありません」



 セレナが話を戻す。

 その声は、完全に仕事のものだった。



「そうね」


「人をさらい集め、隠し、動かす流れがある」


「そして、その流れには金が動く」



 リゼットが静かに続けた。



「つまり、誰かが買っている」



 エマの声が、わずかに硬くなる。

 セレナはすぐには答えなかった。

 その沈黙が、答えのようなものだった。



「奴隷売買か」



 俺が口にすると、リゼットもセレナも否定しなかった。


 エマの表情が冷える。



「子供をさらって、売るということ?」


「まだ断定はできません」


「でも、あり得るのね」



 セレナは、また答えなかった。

 エマは静かに目を伏せる。


 怒鳴るわけでも、取り乱すわけでもない。

 ただ、纏う空気の温度が一段下がった。


 エルフである彼女にとって、奴隷という言葉は、俺が思う以上に重いのかもしれない。



『聞き取り内容、店内で収集された噂、リゼット=ヴァルシュの情報を仮統合します』


(頼む)



 脳内に、ヴェルクハーフェンの簡易地図が浮かんだ。


 旧西大通り、精霊工房、北の古い井戸場、貧民街外縁、孤児院、港湾へ続く裏路地、倉庫街。


 各地に点が浮かぶ。

 その点と点が、細い線で結ばれていく。



『現時点では情報の信頼度にばらつきがあります。ただし、失踪地点には偏りがあります』


(どこだ)


『貧民街外縁、炊き出し場、井戸場、孤児院周辺。いずれも保護者、監督者、記録管理が弱い場所です』


(四日前の痕跡は追えるか?)


『困難です。ですが、時間をかければ可能です。地表環境、人流、天候、清掃活動、動物の移動により、痕跡はほぼ消失していると推定されますが、DNA情報など、微細な情報を集めて痕跡を追います』


(たのんだ)


『また、同時に広域を監視し、今後同様の事件が発生した場合、検知します』


(ナノマシンは足りるのか?)


『明日にもルフォレスフューテのファクトリーで量産していた分がこちらに届きます』


「そいつは朗報だな」


『肯定します』


「何か分かった?」



 エマが小さな声で俺にささやく。



「ああ。過去の痕跡を追うのは難しい。だが無理じゃない。それと、これから同じようなことが起きれば、捕まえられる可能性はある」


「アルの力?」


「そうだ」



 リゼットが目を細める。



「何をこそこそ話しているの?」


「すまない、なんでもない」


「ふーん。そういうことにしておくわ」



 俺は咳払いをして、机の上に視線を戻した。



「監視する場所を絞る。炊き出し場、井戸場、孤児院、貧民街外縁、倉庫街へ繋がる裏路地。まずはそこだ」


「守備隊には?」



 エマが聞く。



「今すぐ持ち込んでも、証拠がない。さっきの母親への対応を見る限り、まともに動くかも怪しい」


「ヴァルシュでも似たような感触よ」



 リゼットが言った。



「いくつか情報は上げている。でも、妙に鈍いの」


「妙に?」


「ええ。無能だから遅いのか、遅くなるように誰かが止めているのか。そこまではまだ分からないわ」



 セレナの目が、さらに鋭くなる。



「リゼットさん」


「何かしら」


「ヴァルシュ商会の情報を、どこまで出せますか」


「全部は無理」


「でしょうね」


「でも、失踪地点と噂の範囲くらいなら出せる。代わりに、あなたたちが掴んだ情報も共有してほしい」


「商談か?」


「協力よ。商談より、少しだけ面倒なやつ」


「精霊工房をヴァルシュの手駒にするつもりなら、お断りします」



 セレナが言う。

 リゼットは肩をすくめた。



「怖い顔。安心して。今はそっちの話を進める気はないから」


「今は、ですか」


「ええ。商売の話はまた今度」


「やっぱりする気はあるんだな」


「もちろん。あなたを諦めたわけじゃないもの」


「俺を商品みたいに言うな」


「あら、人材は最高の商品よ」


「悪びれもしないな」


「それが私のいいところでしょう?」



 エマの視線が少し冷たくなった気がした。

 リゼットは、それに気づいているのかいないのか、楽しそうに笑うだけだった。



(アル、監視範囲を設定。炊き出し場、井戸場、孤児院、貧民街外縁、倉庫街へ繋がる裏路地を優先)


『了解。微細観測端末を分散。目視、音響、振動、熱源変化を低出力で記録します』


(魔道具や結界に引っかかる可能性は)


『検知される可能性は低いと推定。ただし未知の魔道具、あるいは高精度結界が存在する場合、反応を受ける可能性があります』


(目立たない範囲でやれ)


『了解』


(見つけるぞ)


『肯定。以後、子供の単独移動、不自然な接触、運搬行動を重点監視します』



 脳内の地図に、小さな光点が散っていく。

 それは、目に見えないほど小さな監視網だ。


 こんなものを街中に撒くことに、ためらいがないわけじゃない。


 だが、今は他に手がなかった。


 人を探せる道具は作れない。

 でも、これ以上消える子供を見過ごすつもりもない。



「情報が入ったら、こちらからも知らせるわ」



 リゼットが立ち上がった。



「ああ。頼む」


「ええ。頼まれたわ」



 その言い方が少しだけ甘い。


 リゼットは扉へ向かいかけて、俺の横でふと足を止めた。



「それと」


「ん?」



 次の瞬間、彼女の顔がすぐ近くにあった。

 ふわりと甘い香りがした。

 香水なのか、髪なのか、一瞬では分からない。



「・・・また来るわね」



 耳元で、甘く囁かれる。

 反射的に肩がビクンと跳ねた。



「おっふ」


「ふふ。かわいい反応ね。耳が弱いのかしら?」


「弱くない」


「あら、残念」



 リゼットは楽しそうに笑い、今度こそ扉へ向かう。

 エマの視線が、静かにリゼットの背中を追っていた。



「・・・ずいぶん、距離が近いのね」



 すごく、すごーく声が平坦な気がする



「お、俺に言われても困るのだが」


「あっそ」



 短い返事が、妙に怖かった。



『心拍数の上昇を確認』


(黙ってろ)


『了解』



 からん、と扉の鈴が鳴る。


 リゼットの姿が通りへ消えた。


 残された店内に、さっきまでとは違う沈黙が落ちる。

 少しだけ揺らいだ空気の奥に、消えた子供たちの影がある。


 チャド。


 六歳の男の子。


 母親の背中が、まだ目に残っていた。


 人を探せる道具は作れない。

 それは嘘じゃない。

 けれど、何もしない理由にはならない。



『監視網、初期配置完了。情報収集を開始します』



 俺は、小さく息を吐いた。



「早いな。頼むぞ、アル」


『了解』



 精霊工房の外では、いつもと変わらない夕暮れの通りが続いていた。



 だが、俺にはもう、この街が少し違って見えていた。



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