第46話 錬金術師
それから数日が過ぎた。
精霊工房は、少しずつ店らしくなっていた。
ただし、大繁盛というわけではない。
旧西大通りの外れで、人通りの少ない立地。
見慣れない店名に、見慣れない商品。
それらを考えれば、当然だった。
客が押し寄せるようなことはない。朝から晩まで店内が人で埋まることもない。むしろ、時間帯によってはマリアベルが店先を掃除できるくらいには余裕がある。
だが、来た客は必ず何かに驚いて帰る。
吸水布を触った客は、だいたい一度、言葉を失う。
便利瓶を開け閉めした食堂の主人は、蓋の部分を何度も見ていた。
手鏡を覗いた女性客は、値段を聞いて一度引き、それでも帰り際にもう一度振り返った。
爆発はしていないが、火種は確かに増えている。
その証拠に、誰かしら来るたびに「紹介されて・・・」というようなことを言っていく。
いい傾向だと思う。
セレナも、それを悪いことだとは見ていなかった。
「今のところは順調ですね」
朝、帳簿を確認しながら、セレナはそう言った。
俺は売上の数字を見ながら首を傾げる。
「そうなのか? もっと客が来た方がいいんじゃないか?」
「もちろん来てほしいです。ですが、今は信用を積む段階です」
「信用」
「はい。知らない店の知らない商品を、いきなり大量に買う客はいません」
セレナは帳簿の端に、商品名ではなく客層らしき分類を書き込んでいた。
洗濯屋、宿屋、食堂。
薬師、香料商、それに近隣住民。
その横に、反応、購入数、再来店見込み、紹介元らしき記録が並んでいる。
売上帳というより、観察記録に近い。
「数字だけじゃないんだな」
「数字は結果です。今見たいのは、結果の前に何が起きているかです」
「何が起きているか?」
「誰が何に驚き、誰が誰に話し、誰がもう一度来るか。そこを見なければ、売上が伸びても理由が分かりません」
「なるほど」
やっぱり、商売は難しい。
俺が同じ帳簿を見ても、銀貨が何枚入ったかくらいしか分からない。だが、セレナはその手前にある流れを見ている。
店内では、マリアベルが吸水布の説明をしていた。
最初は緊張していたが、今は少しだけ余裕が出ている。客の質問に答えられない時は、無理に答えずセレナを呼ぶ。勝手な説明をしない。そこを徹底しているのが分かる。
ドグランは工房にこもっている。
瓶の蓋の精度がどうの、ねじ山の噛みがどうの、炉の温度が素直すぎて気持ち悪いだのと文句を言いながら、明らかに楽しそうにしていた。
俺とエマは、店と工房を行き来しながら、必要な試作品や素材整理を手伝っている。
少しずつだ。
だが、確かに回り始めている。
そんな中で、セレナがふと手を止めた。
視線の先にいるのは、エマだった。
エマは奥の棚で、試作用に分けていた布を確認している。いつもの白銀の髪が背中に流れ、冬の乾いた光を受けて淡く艶めいていた。
俺からすれば見慣れた光景だ。
だが、セレナは何かに気づいた顔をしていた。
「エマさん」
「何かしら」
エマが振り返る。
セレナは数秒、エマの顔と髪、それから手元を見た。
露骨ではない。
だが、観察している。
「ずっと気になっていたのですが、その髪と肌は、何を使っていますか?」
「・・・」
エマが一瞬、止まった。
それから、こちらを見る。
「えーっと・・・」
「・・・」
セレナが俺を見る。
「アキラさん?」
「あー・・・」
俺は頭をかいた。
冬の空気は乾いている。
店に来る客の手は荒れ、唇は乾き、髪もどこかぱさついている。マリアベルも、朝になると指先に薄く油を塗っていた。
エマだけが違う。
そう言われてみれば、その通りだった。
エマの髪は、森に行った翌日でも指通りがいい。肌も乾燥で荒れていない。手も、剣や杖を扱う冒険者をやっているとは思えないほど綺麗だ。
理由は簡単だ。
俺が作ったものを使っているから。
「あー、それはな。俺が作った洗髪液と、髪を整えるやつと、肌用の保湿液だ」
セレナの目が細くなった。
「今、何と?」
「え?」
「洗髪液、髪を整えるもの、肌用の保湿液、と聞こえました」
「まあ、そんな感じだな」
「他には?」
「他?」
「ありますね?」
鋭い。
いや、怖い。
「はい。手荒れ用の膏薬っぽいものと、乾燥しやすい場所に塗る保湿膏くらいはありますです・・・」
まて、俺は店主のはずだ。
「なぜ・・・それを店に出していないのですか?」
なのに、このプレッシャーは何だ!?
「いえ、店に出していないのは、まだ分かります。販路、価格、品質管理、容器、説明。整えるべきものが多い」
「そこは分かるのか」
「分かります。ですが」
セレナは、そこで少しだけ声を低くした。
「なぜ、従業員寮にも置いていないのですか?」
「・・・え?」
「従業員が毎日使えば、使用感、消費量、問題点、改善点が分かります。しかも、働く人間の身だしなみも整います」
「そこまで考えるのか」
「考えます。これは商品であり、福利厚生であり、宣伝でもあります」
「福利厚生・・・」
いつもよりさらに圧が強い。
エマは少し困ったように笑っている。
「エマも、そう思うか?」
「ええ。あった方がいいと思うわ」
「従業員寮に?」
「冬場は、髪も手も荒れるもの。マリアベルも、指先が少し荒れていたでしょう?」
「よく見てるな」
「当然よ」
エマがそう言うと、セレナは静かに頷いた。
「試してみても?」
「今からか?」
「今からです」
「店は?」
「マリアベルさんに任せます。すぐ戻ります」
「即断だな」
「判断すべきものが目の前にある時に、後回しにする理由がありません」
こういうところ、本当にセレナらしい。
説明だけでは終わらせない。
自分で使って確かめる。
商人として正しいのだろうが、決断が速すぎて少し怖い。
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しばらくして、セレナが戻ってきた。
髪は乾かしきっていないが、軽くタオルで押さえられている。肌の血色が少し良くなったようにも見えた。
何より、目が違う。
従業員寮のシャワーやトイレを見た翌朝の顔に近い。
商人として、何かを見つけた顔だ。
「アキラさん」
「はい」
「量産体制を作りましょう」
「即決したな」
「当然です」
セレナは濡れた髪に指を通した。
その指が、途中で引っかからない。
「髪が絡みません。洗った後にきしみが少ない。肌も突っ張らない。保湿膏はべたつきが少なく、それでいて乾燥を抑えています。香りも強すぎない」
「かなり見てるな」
「使ったのですから」
セレナは当然のように言った。
「これは、便利な商品ではありません」
「便利じゃないのか?」
「便利です。ですが、それだけではありません。これは人の生活基準を変えます」
その言葉に、俺は少しだけ黙った。
生活基準を変える。
前にも、似たようなことをセレナは感じていたのかもしれない。水が出る設備、湯が出るシャワー、臭わないトイレ、柔らかいタオル。
それらと同じ線上に、この洗髪液や保湿液を置いたのだろう。
「私は、量産に賛成よ」
エマが言った。
少し意外だった。
「いいのか?」
「ええ。冬場に髪や手が荒れるのは、当たり前のことだと思われているわ。でも、これがあれば防げるのでしょう?」
「まあ、そうだな」
「なら、広めた方がいいわ。私だけが使い続けるのも、少しずるいもの」
ずるい。
最近、エマはその言葉をよく使う。
ただ、今回はからかう響きではなかった。
自分だけが良いものを使っていることへの、少しの後ろめたさが混ざっている。
「ですが、雑に売るのは駄目です」
セレナが即座に続けた。
「肌や髪に使うものは、合わなければ不快どころでは済みません。ですが、薬として売るのも危険です」
「薬じゃないのか?」
「薬ではありません。少なくとも、最初は薬として売ってはいけません。美容品、身だしなみ用品、生活用品です」
「その違い、重要なのか?」
「非常に重要です」
セレナの声が強くなった。
「治療薬として売れば、効能を保証しなければなりません。肌荒れが治る、病が治る、と言えば薬師ギルドや錬金術師ギルドとの衝突もありえます」
「ああ・・・」
「ですが、髪を洗いやすくする。肌を乾燥から守る。身だしなみを整える。その範囲であれば、扱い方が変わります」
「なるほど」
商売というより、制度と信用の話だ。
俺が何気なく作ったものでも、この世界に出すには出し方がある。
セレナがいなければ、俺はそのまま瓶に詰めて売っていたかもしれない。
危なかった。
「それと、安売りしてはいけません」
「高く売るのか?」
「高く売ります。ですが、それだけでは足りません」
「足りない?」
「貴族や富裕商人には、一般人には手が届かないほど高いものを。庶民には、頑張れば一度は買えるものを。両方用意します」
「二種類作るのか」
「はい。最上位の高級ラインと、姉妹品です」
ブランド。
この世界でそのまま通じる言葉ではないが、セレナの言いたいことは分かる。
「上に価値を作り、下に憧れを作ります」
「憧れ?」
「はい。高級品だけでは広がりません。安物だけでは価値が落ちます。必要なのは、手の届かない輝きと、頑張れば届く入口です」
エマが静かに頷いた。
「女性は、そういうものに弱いわ」
「エマも?」
「否定はしないわ」
エマが少しだけ微笑んだ。
セレナは帳簿の空いたページに、すでに分類を書き始めている。
最上位、通常、試験用、従業員用。
手が速い。
「それと、瓶です」
「瓶?」
「スクリューキャップ瓶が、ここで生きます」
「ああ、漏れにくいからか」
「はい。肌に使う液体を売るなら、容器の信用が必要です。漏れる瓶では商品になりません。香りが飛びにくく、持ち運べて、少量ずつ出せることが重要です」
「なるほど」
「吸水布、洗髪液、保湿液、便利瓶。私は最初、それぞれ別の商品だと見ていました」
「違うのか?」
「違います。これは、同じ生活を作る商品群です」
同じ生活を作る商品群。
セレナは、そう言った。
俺が自分たちの生活を楽にするために作ったものが、セレナの中では一つの線になっている。
清潔で、快適で、一度覚えたら元に戻れない生活。
それを売る。
そういう発想なのだろう。
「問題は製造です」
セレナは帳簿を閉じた。
「俺が作るだけじゃ駄目か?」
「駄目です。アキラさんが作らなければ回らない商品は、商売ではなく趣味です」
「言い方」
「事実です」
痛い。
だが、正しい。
「肌や髪に使うものですから、薬品の扱いに長けた人物が必要です。量産、保存、品質管理、使用上の注意、香料の扱い。すべて見られる人材でなければ困ります」
「薬師?」
「薬師でも不可能ではありません。ただ、処方の安定や抽出、保存を考えるなら、錬金術師の方が向いています」
「錬金術師か」
その時、工房側からドグランが顔を出した。
いつから聞いていたのかは知らない。
たぶん最初から聞いていたのだろう。
「液だの薬だのを扱える奴が要るんじゃろ?」
「ドグラン?」
「一人おる」
「知り合いか?」
「昔からの知り合いの娘じゃ。腕はある。性格は少し面倒じゃがな」
「ドグランがそれを言うのか」
「ワシが言うくらいじゃ」
それは相当ではないか。
俺とエマが顔を見合わせる。
セレナは少し考えた後、すぐに頷いた。
「会えますか?」
「今からでも呼べる。母親にはすぐ話を通せる」
「母親?」
「ハマニー=キーン。錬金術師ギルドの副ギルド長じゃ」
「さらっと大物を出すな」
「昔からの知り合いじゃ。腐れ縁とも言う」
ドグランはそれだけ言うと、工房の奥に引っ込もうとした。
「どこへ行くんだ?」
「連れてくる」
「今から?」
「今からじゃ。こういうのは、話が熱いうちがよい」
職人も商人も研究者も、判断が速い。
俺だけ置いていかれている気がする。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
ドグランが戻ってきたのは、夕方前だった。
「連れてきたぞ」
工房側の扉が開く。
ドグランの後ろから、小柄な女性がひょこりと顔を出した。
小人族だ。
身長は俺の胸元どころか、かなり下にある。百センチ少し、といったところだろう。セージグリーンの髪は肩口で跳ね、寝癖なのか癖毛なのか分からない。目元には薄くクマがあり、作業ローブには薬品染みがついている。
腰には小瓶、金属匙、細い器具、メモ帳のようなものがいくつも下がっていた。
手は小さく、指先は細い。
だが、その指は少し荒れている。
そして、小人族らしく背は低いのに、薬品染みのついた作業ローブの上からでも分かるほど、胸元だけが妙に存在感を持っていた。
俺は一瞬、視線の置き場に困った。
「・・・アキラ」
「はい」
エマの声が少し低い。
やはり睨まれている。
「アキラさん。初対面の女性の体型を確認しすぎです」
「確認って言い方やめてくれ」
セレナは帳簿を見る時と同じ顔で言った。
冷静すぎて逆に刺さる。
小人族の女性は、自分の胸元をちらりと見下ろした。
「気になります? 邪魔ですよ、これ。作業台に当たりますし、薬瓶を覗き込む時に危ないです」
「そういう問題なのか・・・」
本人はまったく気にしていなかった。
色気とか、恥じらいとか、そういう方向ではないらしい。
完全に作業効率の話だった。
「リファニー=キーンです。錬金術師ギルド所属。専門は抽出、安定化、保存処理です」
リファニーは小さく頭を下げた。
「こいつが、例の研究バカじゃ」
「ドグランおじさん、紹介が雑です」
「おじさん言うな」
「では、ドグランおじいさん」
「おじさんでよい」
即落ちした。
エマが少し笑い、セレナも口元だけをわずかに緩めた。
なるほど。
濃い。
ドグランが面倒と言うだけある。
「母から話は聞いています。ドグランおじさんが、面白いものがあるから行けと」
「おじさんはもうよい」
「では、ドグランさん」
「それでよい」
リファニーは俺たちを見た。
視線はすぐにテーブルの上へ移る。
そこには、セレナが試した洗髪液や保湿液の小瓶を置いてあった。
リファニーの目が、そこで止まった。
「肌や髪に使うもの、でしたか」
「興味ないか?」
「ないわけではありません。ただ、香油や肌膏の類なら錬金術師ギルドにもあります」
「まあ、そうだよな」
「問題は、何が違うかです」
リファニーはそう言って、一歩近づいた。
すぐに手を伸ばしかける。
「勝手に触らないでください」
セレナが止めた。
「触らないと分かりません」
「許可を取ってから触ってください」
「許可を取れば触っていいんですか?」
「そういう意味ではありません」
噛み合っているようで、微妙に噛み合っていない。
俺は苦笑しながら頷いた。
「少量ならいい。肌に使うものだから、まずは手で試してくれ」
「ありがとうございます」
リファニーの目が輝いた。
小瓶を持ち上げ、光にかざす。
そして揺らして匂いを嗅いだ。
少量を金属匙に取り、薄く伸ばす。
その動きは、さっきまでのぼんやりした印象と違って、異様に精密だった。
「これは・・・乳化が安定している?」
リファニーの声が変わった。
「香料が弱い。油分が重すぎない。水分が分離していない。粘度が低すぎない。肌に残る膜が薄い。保存性は? 刺激は? 使用後の残留感は?」
「急に早口になったな」
「ぐふふ・・・面白いです。とても面白いです」
笑い方が濃い。
だが、リファニーはもうこちらを見ていなかった。
完全に小瓶の中身へ意識が行っている。
次に、保湿膏をほんの少し指先に取った。
その指先は荒れていた。
薬品を扱うからだろう。乾燥し、少し赤くなっている。
リファニーはそこへ保湿膏を塗り込んだ。
数秒。
黙って観察している。
「・・・痛くない」
リファニーは自分の指先を見た。
「しみない。べたつかない。膜を張るだけでもない。水分が残っている感じがする」
「分かるのか?」
「分かります。私は、手荒れで何度も実験器具を落としていますから」
「それは気をつけろよ」
「気をつけています。落とす時は、だいたい手が限界です」
「限界になる前に休め」
「そんなことしたら、研究が途中で止まっちゃいます」
うん、駄目なタイプの研究者だ。
いや、研究者としては優秀なのかもしれないが、生活能力が危うい。
リファニーは洗髪液の小瓶も見た。
今度は香り、粘度、泡立ちを確認する。
少しだけ水で薄め、指先で擦り合わせた。
「ほぉ・・・泡が細かい。香りが強すぎない。油を落とすのに、落としすぎない。これは・・・何を使っていますか?」
「いくつかの植物油と、灰汁を処理したものと、あとこっちで作った安定剤みたいなものだな」
「安定剤、ですか」
リファニーの目がさらに輝く。
「見せてください」
「今度な」
「今です」
「今は駄目だ」
「なぜですか。いじめですか」
「俺も整理してない」
「整理しましょう。今」
取られた腕に大きな胸が押し付けられる。
「落ち着け」
俺がそう言うと、リファニーは少しだけ不満そうに口を尖らせた。
だが、すぐにまた小瓶を見る。
「これは美容品ではありません」
「え?」
「皮膚と髪の状態を管理する、新しい錬金術分野です」
「そんな大げさな」
「大げさではありません」
リファニーは顔を上げた。
さっきまでの研究対象に吸い寄せられる目ではなく、明確な意思のある目だった。
「洗う、整える、保つ。それを体系化した人間は、この街にはいません。香油、膏薬、肌に塗る薬はあります。でも、それぞれがばらばらです。これは違います。生活手順としてつながっています」
セレナが小さく息を吐いた。
たぶん、同じことを考えていたのだろう。
生活手順としてつながる。
セレナの「同じ生活を作る商品群」という見方と、リファニーの「新しい錬金術分野」という見方が重なった。
「私にやらせてください」
リファニーは言った。
「即答だな」
「この研究の第一人者になりたいです」
「第一人者」
「はい。これは、私の研究になります」
その言い方には、ただの興味以上のものがあった。
母親が錬金術師ギルドの幹部。
ドグランの古い友人の娘。
おそらく、リファニー自身も才能はあるのだろう。だが、母親の影や既存の錬金術分野の中では、自分だけの柱を持てていなかったのかもしれない。
この洗髪液や保湿液は、彼女にとって新しい研究の入口なのだ。
「研究だけでは困ります」
セレナが言った。
声は冷静だ。
だが、否定ではない。
「量産、品質管理、保存性、使用上の注意、容器、価格帯。すべて必要です」
「できます」
リファニーは即答した。
「むしろ、品質が揃わない研究成果など世に出す価値がありません」
セレナの目がわずかに変わった。
「・・・採用を前提に話しましょう」
「ありがとうございます」
「ただし、勝手に処方を変えないこと。勝手に販売しないこと。勝手に人体実験しないこと」
「人体実験という言い方は心外です」
「では?」
「使用感調査です」
「同意を取ってください」
「取ります」
セレナとリファニーの会話は、危ういのに妙に噛み合っていた。
エマが小声で俺に言う。
「また濃い人が増えたわね」
「ああ」
「大丈夫なの?」
「分からん」
『液体系商品の量産管理において、専門知識を持つ人材の獲得は有益です』
(アル的にはありか)
『性格面の管理コストは高いと推定されます』
(そこは分かる)
俺は内心でため息をついた。
吸水布、便利瓶、手鏡、タオル、そして、洗髪液と肌を整える液体。
最初は、俺が興味本位で作ったものだった。
だが、セレナはそれを商品に変えようとしている。
ドグランは工房で形にしようとしている。
リファニーは、それを新しい錬金術だと言った。
俺の非常識が、また一つ、この世界の技術に変わろうとしていた。
「ぐふふ・・・まずは洗髪液からですね。分離、泡立ち、洗浄力、刺激、香り、保存性。確認することが山ほどあります」
「楽しそうだな」
「楽しいです」
リファニーは、荒れた指先を見つめながら笑った。
「だってこれは、誰もまだ手をつけていない研究ですから」




