第45話 ずるい(後)
その後も、森の浅い区域を中心に進んだ。
このころにはすっかり流れができていた。
アルが敵を見つけ、エマが先に術式を置く。
俺は敵を誘導するだけでいい。
倒した後の素材はアルが示し、エマが選び、俺が詰める。
その感覚が、少しずつ見えてきた。
いい感じだ。
そして、冒険者としての一日が、精霊工房の仕事につながる。
それが見えてきた。
「アキラ、右」
「見えてる」
右から飛び込んできたフォレストウルフを、白零の背で軽く弾く。
斬らない。
斬る必要がない。
弾かれたフォレストウルフは体勢を崩し、エマの拘束術式に捕まる。
そこへ、短い氷槍。
倒れる。
「斬らなかったのね」
「斬る必要がなかった」
「いい判断だと思うわ」
「褒められた」
「子供みたいに喜ばないの」
「最近怒られてばっかりだったからな」
エマは呆れたように笑った。
白零の使い方も、少しずつ分かってきた。
とにかく斬るのではない。
見せて、流して、必要なところだけに入れる。
強い武器ほど、雑に振れないのだと分かってきた。
その感覚が、少しずつ手に馴染んでいく。
『前方一二〇メートル。やや大型反応一。周囲に通常個体二。推定、フォレストファング』
「前方にフォレストファング。周囲にフォレストウルフが二体」
「上位個体ね」
「行くか?」
「新装備の確認にはちょうどいいと思うわ。ただ、無理はしない」
「了解」
森の奥へ進む。
そこには、フォレストウルフより一回り大きい魔獣がいた。
体格は大きく、牙が長い。前足も太く、爪が鋭い。背中の黒い毛はより硬そうで、首回りの皮も厚い。
あれがフォレストファングか。
周囲には通常のフォレストウルフが二体。
先に突っ込んできたのは、その二体だった。
「小型は任せる」
「ええ」
エマのロッドが光る。
一つ目の術式で足を止め、二つ目で撃ち抜く。
その間に、フォレストファングが動いた。
速い。
普通のフォレストウルフより重い体をしているのに、踏み込みが鋭い。
牙を剥き、低い姿勢で突っ込んでくる。
『右へ回避推奨。左後方に樹木。斬撃角度注意』
(分かってる)
俺は右へ踏み込んだ。
白零を構える。
フォレストファングの側面が通る。
斬るならここだ。
だが、後ろに木がある。
さっきの二の舞は避けたい。
刃を深く入れすぎない。
角度を寝かせる。
外皮と筋肉を切り、骨で止める。
そんな器用なことができるのか。
やるしかない。
白零を振った。
刃が入る。
フォレストファングの横腹を斬る。
深い。
だが、抜けきらない。
後ろの木までは届かない。
フォレストファングが吠えて体勢を崩す。
「エマ!」
「見えているわ」
エマの三つ目の術式が発動した。
光の槍が、フォレストファングの足元から突き上がる。
完全に仕留めるには至らないが、突進の勢いは死んだ。
俺は回り込み、首筋に白零を当てる。
今度は確実に。
必要な深さだけ。
刃が走る。
フォレストファングが崩れ落ちた。
倒れた時、周囲の木は一本も切れていなかった。
「・・・よし」
思わず声が漏れた。
エマがこちらを見て、小さく頷く。
「今のは良かったわ」
「ありがとう」
「丁寧だった」
「セレナとエマに怒られた成果だな」
「私はともかく、セレナは戦闘には関係ないでしょう」
「最近、丁寧にやれという圧がいろんな方向から来る」
エマは少し笑った。
アルの光がフォレストファングの素材を示す。
『回収推奨。魔石、牙、爪、皮。特に牙と首回りの皮はギルド買取価格が高い可能性があります』
「皮は状態がいいな」
「ええ。これは高く売れるわ。でも、全部ギルドに卸すかは考えた方がいいわね」
「セレナに見せる分か」
「ええ。良い素材ほど、加工に回す価値があるもの」
俺たちはその場で素材を分けた。
依頼達成に必要な魔石や、標準的な牙、爪、状態が並の皮はギルドに卸す。
一方で、状態の良いフォレストファングの皮の一部、牙の片方、樹脂、香草、薬草の余剰分、そして加工試験用の小材は精霊工房へ持ち帰る。
マジックバッグに入れる前に、分けておく。
そうしないと、あとで取り出す時に面倒だ。
容量はまだ十分にある。
だが、二立方メートルという限りはある。
素材を選ぶ必要はある。
ここでもアルの優先順位表示は役に立った。
『ギルド納品推奨素材と工房持ち帰り推奨素材を分類しました』
「本当に便利だな」
「・・・ずるい」
「またか」
「またよ」
エマはもう開き直っているようだった。
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森を出る頃には、マジックバッグの容量は半分以上埋まっていた。
魔石に牙、爪、皮。樹脂、薬草、香草、食用キノコ、倒木から切り出した小材まで入っている。
普通なら荷が重くて諦める量だ。
それでも、重さはほとんど感じない。
肩にかけた革袋の見た目は、少し膨らんだ程度だ。
「低性能でこれか」
「高性能品が高値で取引される理由が分かるわね」
「そりゃ欲しがるよな」
「でも、持っていることをあまり見せない方がいいわ」
「セレナにも言われた」
「でしょうね」
森から街道へ戻ると、アルは少しだけ光を弱めた。
人目がある場所では、ただの小さな精霊のように振る舞う。
俺たちは北門を通り、ギルドへ向かった。
素材の清算には少し時間がかかった。
受付のミーアさんが、俺たちが出した素材を見て目を丸くしたからだ。
「これ、全部お二人で?」
「まあ、はい」
「森の浅い区域ですよね?」
「はい」
「・・・もしかして、マジックバッグを手に入れたんですか?」
「低性能だけどな」
「低性能でも、持っている時点で全然違いますよ」
やはりそうらしい。
ギルドへ卸す分として出したのは、フォレストウルフの魔石、牙、爪、状態が並の皮。フォレストファングの魔石と牙の片方、依頼分の薬草、食用キノコの一部だ。
工房へ持ち帰ると決めた素材は出さない。
セレナに見せるためだ。
ミーアさんは素材を確認し、奥の職員を呼んで状態を見てもらった。
フォレストファングの牙はかなり高く評価された。
皮は一部だけの売却だが、状態が良いのでこちらも悪くない。
フォレストウルフの皮は、俺が最初に木ごと斬った個体の分だけ減額された。
木で潰されてしまったからな。当然だ。
反省しよう。
最終的な金額が出る。
「討伐報酬、素材買取、採取依頼分を合わせて、銀貨十一枚と大銅貨六枚です」
「・・・結構あるな」
銀貨十一枚と大銅貨六枚。
つまり、千百六十ガルド。
日帰りの森依頼としては、かなり大きい。
しかも、これは全部ではない。
状態の良い皮、樹脂、香草、木材の小片、フォレストファングの牙の片方は売らずに残してある。
「森の浅い区域でこの金額は、かなり良い方ですよ」
ミーアさんが苦笑する。
「ただし、毎回こうなると思わないでくださいね。今回は素材の状態が良かったことと、フォレストファングを討伐できたことが大きいです」
「分かってる」
「それと、マジックバッグ持ちだと分かると、変な人も寄ってきます。気をつけてください」
「やっぱりそうか」
「はい。低性能でも、普通の冒険者から見れば十分高価ですから」
俺は頷いた。
ミーアさんは清算を終えると、俺たちに銀貨と大銅貨を渡した。
ずしりとした手応えがある。
金を稼いだ感覚。
冒険者としての成果だ。
「冒険者って、やっぱり稼げるんだな」
「稼げる人だけが生き残る仕事よ」
「厳しいな」
「事実だもの」
エマは冷静だった。
だが、その口元は少し緩んでいる。
彼女にとっても、今日の戦闘は手応えがあったのだろう。
ギルドから出ると、空は夕方に近づいていた。
セレナとの約束通り、閉店前には戻れそうだ。
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精霊工房へ戻ると、店先にはまだ少し客がいた。
マリアベルが吸水布の説明をしている。
セレナは奥で帳簿を確認しながら、時々客の様子を見ていた。
俺たちが戻ると、セレナはすぐに顔を上げた。
「お帰りなさい。怪我は?」
「ない」
「エマさんは?」
「大丈夫よ」
「素材は?」
「こっち」
「売上は?」
「ギルド清算分が銀貨十一枚と大銅貨六枚」
セレナの眉が、わずかに動いた。
「森の浅い区域で、ですか?」
「ああ。ただし、フォレストファングを討伐した分が大きい。それと、売らずに持ち帰った素材もある」
「では、順番に確認します」
「本当に管理されてるな」
「必要ですので」
セレナは当然のように言った。
俺は苦笑しながら、奥の作業場へ素材を運ぶ。
マジックバッグから素材を出していくたびに、マリアベルが目を丸くした。
「これを、今日一日で?」
「森で取ってきた」
「森って、こんなに色々取れるのですか?」
「普通はここまで取れないわ」
エマが答える。
マリアベルは納得したような、していないような顔をした。
セレナは素材を一つずつ見ていく。
樹脂、薬草、香草、フォレストファングの皮と牙、小材、フォレストウルフの皮の一部。
「これは売りません」
「どれだ?」
「樹脂と香草の一部、フォレストファングの皮、それからこの木材です」
「高く売れるぞ?」
「だから残します。高く売れるものは、加工すればもっと高く売れる可能性があります」
「商売って本当に難しいな」
「難しいから、私がいます」
またその台詞だ。
でも、今日は少し違って聞こえた。
店を守るだけではない。
俺たちが外で取ってきたものを、次の商品につなげる。
それもセレナの仕事なのだろう。
「魔石と一部素材はギルド売却で正解です。薬草は薬師への見本に回します。樹脂は瓶の密閉性の説明にも使えるかもしれません。皮はドグランさんに確認してもらいましょう」
「木材は?」
「アキラさんが斬ってしまった木ですね」
「・・・はい」
「反省は?」
「してます」
「なら、工房用の試作材に回します」
「助かる」
セレナは涼しい顔で帳簿に記録していく。
その横で、エマが小さく笑った。
「今日、何回も怒られていたわね」
「森でも店でもな」
「でも、悪くなかったでしょう?」
「ああ」
悪くなかった。
いや、かなり良かった。
白零の強さも危うさも、エマのロッドがアルと組んだ時の精度も、今日はじめて体で分かった。
強くなったというより、使い方が分かった一日だ。
いや、それだけでもない。
アルが戦場を共有することで、俺とエマの動き方そのものが変わった。
「アキラ」
エマが俺を呼んだ。
「何だ?」
「今日のアル、やっぱりずるかったわ」
「まだ言うか」
「ええ。でも・・・」
エマは、俺の肩の上に浮かぶ淡い青の光を見た。
アルは何も言わない。
ただ、小さく光っている。
「頼もしかった」
その言葉に、俺は少しだけ驚いた。
エマは真面目な顔でアルを見ていた。
アルはいつものように、淡々と返す。
『戦闘支援は今後も最適化可能です』
その声は俺にしか聞こえない。
だが、アルの光が少しだけ揺れたので、エマにも何かが伝わったのかもしれない。
「何か言った?」
「今後も最適化できるってさ」
「・・・本当に、ずるいわね」
「何回目だ?」
「もう数えていないのでしょう?」
「そうだった」
俺たちは笑った。
今日持ち帰った素材が、セレナの手で商品になる。
冒険者の仕事が、店の棚まで届く。
それが今日、はじめてちゃんと見えた気がした。




