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第43話 小さな体制




 昼前、商業ギルドから紹介された販売担当候補が二人やって来た。


 一人は、若い女性。


 栗色の髪を肩の少し下でまとめ、派手すぎない薄茶の服を着ている。整ってはいるが、貴族的な華やかさではない。商家の娘らしい、実用と清潔感を優先した服装だ。


 もう一人は、同じくらいの年頃の青年だった。


 明るい茶髪に、人懐っこい笑顔。服装は悪くないが、どこか落ち着きがない。店に入ってすぐ、棚や奥の扉、工房へ続く通路まで視線が動いた。


 俺はそこまで気にしなかった。


 だが、セレナはたぶん見ていた。



「マリアベル=ターナーと申します。本日は面接の機会をいただき、ありがとうございます」



 女性が丁寧に頭を下げた。


 続いて青年が、にこやかに笑う。



「ハンスです! いやあ、精霊工房って名前からしてすごいですよね。俺、こういう新しい店で働いてみたかったんですよ」



 元気だ。


 勢いがあって、悪い感じはしない。


 少し軽いが、接客なら明るい方がいいのかもしれない。


 俺はそんなことを思った。


 セレナは眼鏡を掛けたまま、すでに仕事の顔だった。



「まず、マリアベルさん。商家の出身ですか?」


「はい。小さな商会ですが、父が布と雑貨を扱っております」


「跡継ぎではない?」


「私は三女ですので。家の仕事を手伝ってはいましたが、上の姉たちが家業に入っています」


「読み書きは?」


「できます」


「計算は?」


「売買に必要な範囲でしたら」


「帳簿は?」


「写しを作る手伝いならしていました。主帳簿を任されたことはありません」



 セレナは頷いた。


 質問が淡々としている。


 マリアベルも緊張はしているが、答えに詰まることはない。



「客に商品を無理に勧めたことは?」


「ありません」


「理由は?」


「父に、押し売りは一度売れても二度目がないと教えられました。店は、一度買っていただく場所ではなく、また来ていただく場所だと」



 セレナの目が少しだけ変わった。


 だが、その場では何も言わない。



「では、売れない商品を客にどう勧めますか?」


「売れない理由を確認します。必要のない方に勧めても、次には来ていただけませんので」


「客が高すぎると言った場合は?」


「安くする前に、何に使うつもりかを伺います。用途が合わなければ、別の商品を勧めます」


「分かりました」



 次に、セレナはハンスへ向いた。



「ハンスさん。商家の経験は?」


「少しだけあります! 露店を手伝ったり、荷運びをしたり。人と話すのは得意です!」


「計算は?」


「まあ、だいたいなら!」


「だいたい」


「細かいところは慣れですよ、慣れ!」



 ハンスは笑った。


 明るい。


 確かに明るい。


 客の前に立てば、場は和むかもしれない。


 俺はそんなふうに考えていた。



「帳簿は?」


「あー、帳簿はちょっと苦手です。でも、店頭なら任せてください。売るのは得意ですから」


「何を売った経験がありますか?」


「いろいろです。布とか、古道具とか、食べ物とか。客の顔を見て、欲しそうなものを勧めるのは得意なんですよ」


「欲しそうではないものは?」


「そこは話し方次第です。欲しくさせるのも商売でしょう?」



 セレナは小さく頷いた。


 その頷きが、良い意味なのか悪い意味なのか、俺には判断できなかった。


 その後、二人には実際の商品を見せた。


 まずは吸水布。


 マリアベルは布を受け取り、指先で丁寧に触れた。



「柔らかい・・・でも、目が詰まっていますね」


「水をかけてみる」



 俺が少量の水をこぼすと、吸水布はそれをあっという間に吸い込んだ。


 マリアベルの目が丸くなる。



「え?」


「絞れば、また使える」


「え、あの、これは・・・布、ですよね?」


「布だな」


「布、なのですよね?」


「たぶん」


「たぶん?」



 セレナが横から静かに言った。



「マリアベルさん」


「はい」


「この店では、今のように疑問を持つことが多いと思います」


「はい」


「ですが、客の前では『たぶん』と言わないように」


「はいっ」



 俺の方を見ながら言われた気がする。


 いや、実際に俺の方を見ていた。



「アキラさんもです」


「はい」



 また丁寧語になった。


 なんだろう、この店の力関係。


 次にハンスが吸水布を手に取った。



「これ、すごいですね! 値段を吊り上げても売れますよ、絶対!」



 セレナの視線が、少しだけ細くなる。



「なぜそう思いますか?」


「だって珍しいじゃないですか。珍しいものは高く売れるでしょう?」


「なるほど」



 セレナの「なるほど」は、感心したようにも聞こえる。


 だが、なぜか俺は少しだけ嫌な予感がした。


 次にスクリューキャップ瓶を見せる。


 マリアベルは蓋を開け閉めし、驚きながらもすぐに質問した。



「これは、液体を入れて持ち運ぶためのものですか?」


「それもある」


「香油や薬にも使えそうですね。ただ、蓋だけなくした場合はどうなりますか?」



 セレナがわずかに頷いた。



「良い質問です。蓋の予備販売は検討します」



 一方、ハンスは瓶を持つと、すぐに奥の工房へ視線を向けた。



「これ、ここで作ってるんですか? 奥に工房があるんですよね。見てもいいですか?」


「工房は関係者以外立ち入り禁止です」


「あ、そうなんですね。でも、作り方が分かれば説明しやすいかなって」


「説明に必要な情報はこちらで教えます」


「なるほど。じゃあ、倉庫はどこですか? 在庫が分かると売りやすいですし」



 セレナの表情は変わらない。


 ただ、帳簿に何かを書いた。


 俺はその手元を見て、ようやく気づいた。


 評価している。


 いや、記録している。


 ハンスの発言を、一つずつ。


 面接が終わる頃、俺の印象はこうだった。


 マリアベルは堅実。

 ハンスは軽いが、明るくてやる気はある。


 人手は欲しい。

 なら、二人とも雇ってもいいんじゃないか。


 そう思った。


 だから、候補者二人を少し離れた場所で待たせたあと、俺はセレナに言った。



「二人とも採用でいいんじゃないか?」


「いいえ。採用はマリアベルさんだけです」



 即答だった。



「ハンスは駄目なのか? やる気はありそうだったぞ」


「やる気と信用は別です」


「信用できない?」


「はい。少なくとも、この店の店頭には立たせられません」



 セレナの声は冷静だった。


 感情で切っているわけではない。

 理屈で判断したんだ。



「彼は嘘をついたのか?」


「明確な嘘をついたとは言い切れません」


「なら」


「ですが、分からないことを分からないと言えませんでした。商品を見て、価値より先に値段の話をした。工房と倉庫の位置を確かめようとして、帳簿が苦手だと言いながら在庫を知りたがりました」


「・・・そこまで見てたのか」


「見ます。店頭に立つ人間は、商品と同じくらい店の顔です」



 セレナは帳簿を閉じた。



「悪人と断じる材料はありません。ですが、今の精霊工房に置くには危ういです」


「危うい、か」


「はい。口がうまい人間は、普通の店なら役に立つこともあります。ですが、この店の商品は特殊です。調子の良い説明、勝手な値付け、余計な好奇心。そのどれもが、信用を壊す原因になります」


「なるほどな」


「それに・・・誰かに金を握らされて店に害をなす、そんなリスクが簡単に想定できてしまいましたから」



 それでも、俺は少しだけ、ハンスに申し訳ない気持ちになった。


 悪人ではないのかもしれない。

 ただ、この店には合わない。

 そして、将来のリスクは出来る限り潰す。


 それを判断するのも、セレナの仕事なのだ。


 いや、本来は俺の仕事か。



「アキラさん」


「なんだ?」


「人手が欲しい時ほど、採用を急がないでください」


「はい」


「また丁寧語になっています」


「もう癖になりそうだ」



 エマが横で笑っていた。


 その後、セレナは二人に結果を伝えた。


 マリアベルは採用。

 ハンスは不採用。


 ハンスは一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに笑顔に戻った。



「そっかあ、残念です。でも、また何かあったらお願いします!」


「はい。機会があれば」



 セレナは礼儀正しく返した。


 ハンスは最後にもう一度店内を見回してから出ていった。


 その視線を、セレナは最後まで見ていた。


 俺も、今度は見逃さなかった。

 確かに、少し気になる。


 ハンスの視線は、工房の扉、奥の倉庫、商品棚の高額品と順に動いた。

 店頭に立つ人間の目ではなく、店の中身を値踏みする目だった。



「・・・俺だったら雇ってたな」


「でしょうね」


「そこは否定してくれ」


「事実ですので」



 厳しい。

 だが、その厳しさが必要なんだ。


 マリアベルは改めて店内へ戻り、深く頭を下げた。



「採用いただき、ありがとうございます。精一杯務めます」


「まずは商品を覚えてもらいます。ただし、今日からすべてを説明できる必要はありません」



 セレナはまっすぐに言う。



「勝手な説明をしないこと。分からないことは分からないと答え、私かアキラさんを呼ぶこと」


「はい」


「それと、この店の商品は、あなたが知っている雑貨とは違います。驚いても構いませんが、客の前で混乱しすぎないように」


「はい。・・・そんなに、変わった商品なのですか?」



 マリアベルは店内の商品を見た。


 吸水布。

 瓶。

 鏡。


 まだ見た目だけでは分からないものも多い。


 俺は少し迷ったが、真面目に言った。



「かなり変わってると思う」


「店主様がそれを言うのですね」


「店主様はやめてくれ。むずむずする」


「では、アキラさんと」


「そっちで頼む」



 マリアベルは少しだけ笑った。


 緊張はしている。


 けれど、逃げ出すほどではない。


 それだけでも、十分にありがたい。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 午後は、セレナの呼び込み作戦が始まった。


 精霊工房は、場所が良くない。


 いや、土地そのものは広いし、工房としては悪くない。だが、店として見た場合、人通りは多くない。旧西大通りから一本入った場所で、わざわざ来る理由がなければ客は流れてこない。


 そのことを、セレナは最初から問題視していた。



「人通りが少ないなら、人を待つのではなく、必要な場所へ商品を持って行きます」


「行商みたいなものか?」


「違います。入口を作るのです」


「入口?」


「この店へ来る理由です」



 セレナはそう言って、商品を小分けにした。


 吸水布を数枚。

 小型のスクリューキャップ瓶をいくつか。

 普通の瓶との違いが分かるように、試供品用の札も用意する。


 マリアベルは、その横で商品名と数を読み上げ、セレナが帳簿に記録していく。


 俺は看板を作らされた。


 いや、作らされたという言い方は良くない。


 必要なので作った。


 旧西大通り側に置く案内板だ。


 ドグランは金属の留め具を作りながら、俺の文字を見て鼻で笑った。



「小僧、字が下手じゃな」


「読めればいいだろ」


「店の看板じゃぞ」


「ぐっ」



 何も言い返せない。


 結局、文字はマリアベルに書いてもらった。


 小さな商会の娘だけあって、看板に書く字が整っている。読みやすく、少し丸みがあり、近寄りやすい。


 悔しい。

 俺の出番がどんどん減っている。


 だが、店としては明らかに良くなっている。



「精霊工房」



 その下に、分かりやすい文字で書かれる。


 吸水布。

 便利瓶。

 手鏡。

 生活雑貨。


 あまり大げさな文句は入れない。


 セレナの判断だ。



「最初から奇跡の道具などと書けば、怪しい店になります」


「実際、あやしい道具ではあるぞ」


「だから書かないのです」


「なるほど」


「便利だと思わせてください。奇跡だと思わせるのは、その後です」


「商売って怖いな」


「信用を積むだけです」



 怖いと言った俺の方が悪いのかもしれない。


 セレナのやり方は派手ではなかった。


 まず近くの洗濯屋へ吸水布を渡す。

 宿屋にも、最初はタオルではなく吸水布。

 食堂にはスクリューキャップ瓶。

 薬師には小型瓶。

 香料を扱う店には密閉性の説明だけを添える。


 ただし、どこにも大量には渡さない。

 試供品は少量。


 気に入れば店へ来てもらう。



「最初からこちらが追いかけすぎると、安く見られます」


「でも、客は欲しいんだろ?」


「欲しいです。ですが、欲しがっているように見せすぎてはいけません」


「面倒だな」


「商売ですので」



 セレナはそれで全部説明したつもりらしい。


 俺は横で、マリアベルに小声で聞いた。



「今の、分かるか?」


「少しだけ。父も似たようなことを言っていました。売りたい時ほど、売り急ぐなと」


「商家ってみんなそうなのか?」


「どうでしょう。うちは小さいので、信用を失うとすぐ終わりますから」



 マリアベルはそう言って、少しだけ笑った。


 その笑い方には、変な軽さがない。

 小さな商会の三女。

 家を継ぐわけではないが、店がどうやって成り立っているかは見てきたのだろう。


 セレナが採用した理由が、少し分かった気がした。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 翌日。


 精霊工房は、初めて正式に扉を開けた。


 と言っても、大々的な開店ではない。


 看板を出し、入口を開け、商品を並べ、セレナとマリアベルが店頭に立つ。


 俺とエマは少し後ろ。


 ドグランは工房。


 たぶん出てこない。


 というか、出てこない方がいいかもしれない。あの赤銅色の髭のドワーフが店頭に立つと、便利雑貨の店というより、武具屋か酒場に見える。



「客、来ないな」


「当然です。今日開いたばかりです」


「そういうものか」


「そういうものです」



 セレナは落ち着いていた。


 マリアベルは少し緊張している。


 エマは店内を見ながら、静かに言った。



「でも、いいわね」


「何が?」


「店らしくなったわ」



 俺も改めて店内を見た。


 入口近くに吸水布と見本、少し奥に瓶が普通のものと並べてある。

 鏡とアクセサリーは奥に絞り、どの商品にも値札と説明の札がついていた。


 昨日まで、ただ置いてあったものが、今日は売るために並んでいる。

 確かに、店らしい。


 しばらくして、一人の女性が店先を覗いた。


 年配というほどではないが、若くもない。腕まくりした服と、少し荒れた手。たぶん洗濯屋の人だ。



「あの、ここかい? 変な布を置いていった店ってのは」



 変な布。


 ・・・まぁ、間違ってはいない。


 セレナは一歩前に出た。



「はい。精霊工房です。吸水布をお試しいただいた方でしょうか」


「ああ。あれ、本当に水を吸うんだね」


「はい。こちらが商品になります」



 セレナが吸水布を示す。


 マリアベルが横で一枚を広げた。


 動きが少しぎこちないが、丁寧だ。



「これ、絞ればまた使えるって聞いたんだけど」


「はい。ただし、強くねじりすぎると傷みます。押し絞るように使っていただくと長持ちします」


「使い方まで決まってるのかい」


「長く使っていただくためです。こちらに簡単な使い方を書いた札もお付けします」


「札まであるのかい」



 女性は感心したように札を見た。


 文字が読めるかどうかは分からないが、図も入れてある。これはアルの補助で俺が作ったものを、マリアベルが見やすく書き直した。


 また俺の出番が減っている。


 いや、良いことだ。


 良いことのはずだ。



「何枚まで買えるんだい?」


「本日はお一人三枚までとさせていただいています」


「三枚? もっと欲しいんだけどね」


「大口での購入をご希望でしたら、後日ご相談ください。業務用の価格と納品数を別にご用意します」


「業務用?」


「はい。洗濯屋の方でしたら、家庭用とは使い方が違うはずですので」



 女性の目が変わった。


 セレナは、手と服と反応を見ていた。それだけで、ただの客ではないと判断したのだろう。



「・・・あんた、若いのに商売が分かってるね」


「ありがとうございます」


「今日は三枚もらうよ。で、その業務用って話、明日また聞かせてもらえるかい?」


「もちろんです」



 初めての売上だった。


 銀貨ではなく、銅貨と大銅貨。

 小さな金額だ。


 だが、セレナは丁寧に受け取り、マリアベルが商品を包み、帳簿に記録する。


 女性は吸水布を抱えて店を出ていった。


 俺はしばらく、その背中を見送った。



「売れたな」


「はい。では、在庫を三つ減らします」


「感動より先に帳簿か」


「感動は利益が残ってからでもできます」


「名言っぽいな」


「当然のことです」



 セレナは涼しい顔で帳簿に数字を書き込んだ。


 マリアベルは少しだけ嬉しそうにしている。


 エマは俺の横で、小さく息をついた。



「始まったわね」


「ああ」



 始まった。


 本当に、そう思った。


 その後も、客が数人来た。


 食堂の男が瓶を見に来た。


 近所の主婦らしき女性が吸水布を触って驚いた。


 宿屋の使いらしき少年が、試供品の件で追加の話を聞きに来た。


 大きな売上ではない。


 店の前に行列ができたわけでもない。


 ただ、それぞれが商品を見て、驚き、少し考え、また来ると言って帰っていく。


 それでいい。


 セレナはそう言った。



「今日は、売上より反応を見る日です」


「反応?」


「誰が何に驚くか。誰が値段を聞く前に使い道を考えるか。誰がすぐ買おうとするか。誰が後ろの誰かに伝えようとするか。そこを見る日です」


「そんなところまで見てるのか」


「見ます」



 ちょっと怖いが、そんなセレナが頼もしく見えた。


 夕方、店を閉める頃には、吸水布が少し売れ、瓶の問い合わせが入り、洗濯屋との商談予定ができていた。


 ドグランは工房で、売らない銀細工をさらに増やしていた。

 セレナはそれを見て、無言で箱に封印した。

 ドグランは文句を言った。

 セレナは取り合わなかった。

 マリアベルは、そのやり取りを見て、この店に来たことを少しだけ後悔しているような顔をした。


 たぶん、大丈夫だ。


 きっと慣れる。


 うん、きっと。


 むしろ慣れてくれ。



 エマも最初は、俺のやることに一つ一つ驚いていた。


 今も驚いているが、驚き方が少し変わった。


 諦めに近い理解というやつだ。


 マリアベルも、そのうちそうなるだろう。


 なっていいのかは分からない。


 でも、たぶんそうなる。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 夜。


 店の灯りを落とし、今日の売上と在庫を確認したあと、俺は店舗の中央に立っていた。


 棚には、まだ多くの商品が残っている。


 売上は小さい。


 従業員も少ない。


 体制と呼ぶには、まだ頼りない。


 だが、昨日とは違う。


 昨日までここは、俺が作った建物だった。


 アルが設計し、俺が施工し、エマが呆れながら見守ってくれた、異常な建物だった。


 けれど今日、そこにセレナが商品を並べ、帳簿を開き、販売導線を作った。


 ドグランが工房を職人の場所に変えた。


 マリアベルが店頭に立ち、客に商品を渡した。


 エマが俺を見て、行き過ぎそうなところで止めてくれた。


 俺一人では、店にはならなかった。


 作ることはできる。


 だが、作ったものをどう見せ、どう売り、どう信用に変えていくかは別の話だ。


 その別の話を、今日から担ってくれる人たちがいる。



「アキラ」



 エマが声をかけてきた。



「どうしたの?」


「いや・・・店になったなと思って」


「ええ。そうね」


「まだ小さいけどな」


「小さい方がいいわ。最初から大きすぎるものは、扱いを間違えると壊れるもの」


「セレナみたいなこと言うな」


「影響を受けたのかもしれないわね」



 エマが少し笑った。


 俺も笑う。


 白零は、今日も試せなかった。


 エマのロッドも、まだ本気で使っていない。


 それでも、不思議と悪い気分ではなかった。


 店が動いた。小さく、でも確かに。


 精霊工房は、まだ小さい。人も少ないし、売上も知れている。できることも、今はまだ限られている。


 それでも今日、人が集まり、商品が動き、金が動いた。昨日とは違う場所になった。



 小さな体制。



 俺たちの店は、そこから始まった。

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