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第38話 精霊工房(後)


 中は、外見よりもずっと丁寧に作った。


 まず入口。


 客が入ってすぐ全体を見渡せるようにする。


 日用品は手前。

 吸水布や瓶のような、触って分かりやすい商品を置く。

 高級品は奥。

 手鏡やアクセサリーは、客が勝手に触りすぎない位置に置く。

 最高級品はケースの中に。


 ただし、見えなければ意味がない。


 光が入る位置、棚の高さ、視線の流れ。


 そこを整える。



「うーん、これはこっちの方がいいかなぁ・・・」


「・・・あなた、こういうことになると急に細かいわね」


「店は動線で死ぬんだよ」


「妙に実感がこもっているわ」



 そりゃそうだ。


 前世の記憶、というかアキラの記憶には、飲食店や商売の経験がある。


 店舗は、見た目だけでは回らない。


 客が来た時にどこで詰まるか。

 働く側がどこでぶつかるか。


 会計の場所が悪いと、そこだけで流れが止まる。


 厨房でも売り場でも、動線が悪い店は疲れるのだ。



『会計台の位置を三十センチ右へ移動することを提案します』


「理由は?」


『入口からの直線動線と、商品棚前の滞留範囲が干渉します』


「採用」


「・・・二人で何を相談しているの?」


「会計台の位置」


「そんなに大事なの?」


「めちゃくちゃ大事」


「そう・・・」



 エマが何とも言えない顔をしている。

 だが、ここは譲れない。


 次に事務所。


 客から直接は見えないが、店の様子は把握できる位置。

 商品と金の流れが見える場所がいい。


 書類棚、金庫代わりの収納、商業ギルドへ提出する記録をまとめる机。


 この辺りは、後で実務管理の人間が使うことになる。

 俺が使いやすいかより、専門家が整えやすい余白を残す。



「ここは、来てくれる人に任せる前提で作るのね」


「ああ。俺が完璧に作り込みすぎると、逆に使いづらいかもしれないからな」


「そこは分かっているのね」


「俺だって少しは学習する」


『改善傾向を確認しています』


「お前に言われると、すごく微妙な気分だ」



 工房は二つに分けた。


 表の工房と、奥の作業場。


 表の工房は、見られても困らない作業をする場所。

 材料の切り出し、簡単な組み立て、仕上げ、包装。

 人を雇うなら、ここで作業してもらう。


 奥は少し閉じた空間にする。

 ナノマシンを用いた加工や、アルに頼る部分が大きい作業はここで行う。


 そして、旧倉庫への接続路。


 これはかなり重要だ。


 商品や素材を運びやすくしつつ、外からは自然に見える導線。


 さらに将来的に地下工房へ繋がる可能性も残しておく。


 そこまで考えて、俺は一度手を止めた。



「・・・我ながら、どんどん秘密基地じみてきたな」


「今さらよ」


「否定が早い」


「だって、そうでしょう」


『将来的な拡張性は重要です』


「アルも乗るな」



 次に、従業員用の設備。


 トイレ、休憩室、二階の居室、共用の小さな食堂とキッチン。

 それに、簡易シャワー室。


 ここはエマの意見を多めに取り入れた。

 さすがに風呂は作れない、というのは一致した。



「住み込みにするなら、最低限の生活環境は必要よ」


「だな。あまり豪華にしすぎても怪しまれるが、不便すぎてもよくない」


「あなたの“不便”は、たまに基準がおかしいから気をつけて」


「具体的には?」


「トイレ」


「あれは快適性の革命だ」


「革命を起こしすぎなのよ」



 その点は、少し悩んだ。


 従業員用トイレにウォシュレット機能まで入れるか。


 入れると便利だ。


 だが、便利すぎる。


 結果、機能を少し落とした。


 洗浄機能はあるが、見た目は魔道具風に誤魔化す。


 シャワーも同じだ。


 現地に存在しない設備を入れる以上、説明できる範囲に留める必要がある。


 このあたりの匙加減は難しい。



『衛生環境の向上は、従業員満足度および作業効率に寄与します』


「言ってることは正しい」


「でも、あなたたちが作ると正しすぎて変になるのよ」


「本当にそれな」



 内装が形になっていくにつれ、ただの建物だった場所が、少しずつ店になっていった。


 商品棚に会計台、作業机に事務の机、倉庫棚、休憩室、居室、工房。並べてみると、人が働いて物が動く場所の形をしていた。


 露店ではない。

 仮の作業場でもない。


 これは、店だ。

 自分たちの店だ。


 そう思った瞬間、少しだけ背筋が伸びた。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 昼を少し過ぎた頃、建物は一通り形になった。


 もちろん、細かい調整はまだ必要だ。


 棚の商品配置も仮だし、事務所も最低限の机と収納を置いただけ。

 工房も設備を詰めればもっと改善できる。


 だが、人を迎える器としては十分だった。


 俺は店の正面に立ち、看板を取り付ける位置を見上げる。



「名前、どうするかな」


「考えていなかったの?」


「正直、建てる方に意識が行ってた」


「あなたらしいわ」



 エマは軽く肩をすくめた。


 俺は腕を組んで考える。



「ラッシュバック工房」

「却下」



 被せ気味に来た。



「早くない?」


「早い方がいいと思って」


「便利道具店アキラ」


「それは名前じゃなくて説明よ」


「アキラマーケット」


「ふざけてるの?」


「双灯工房」


「私、何もしてないのだけれど」


「じゃあ、アル工房」


『対外説明が困難です』


「お前が却下するのか」


『はい』


「じゃあ何がいいんだよ」


『多目的商業施設一号』


「お前は黙ってろ」


『了解』



 エマが小さく笑った。

 その笑い方が、なんとなく柔らかかった。


 彼女は建物を見上げる。

 古い石材を使った外壁。

 通りに馴染むようにくすませた屋根。


 けれど、中にはこの世界の常識から少し外れた設備と、俺たちのこれからが詰まっている。


 エマは少し考えてから、静かに言った。



「精霊工房」


「精霊工房?」


「ええ」



 エマは入口の上、まだ空いている看板の場所を見た。



「あなたが作るものは、普通の職人の仕事には思えないわ。けれど、古代遺物アーティファクトと言うには生活に近すぎる。だったら、精霊の手を借りた工房、くらいが一番納得されやすいと思うの」


「精霊の手を借りた工房・・・」


「それに、何かあったとき、アルのことも説明しやすいでしょう?」


『対外説明との整合性は高いです』


「エマが言うと雰囲気があるのに、お前が言うと急に業務資料になるな」


『事実です』


「そういうところだぞ」



 俺はもう一度、入口の上を見る。


 精霊工房。


 自分でつけた名前なら、たぶん照れくさくて撤回していた。


 だが、エマがそう呼ぶと、不思議としっくりきた。


 俺たちの作るものは、確かにこの世界の普通ではない。

 かといって、完全に俺の科学技術だけで押し通せるものでもない。


 魔法、科学、素材、そしてアル。

 ファンタジーとSFが混ざっている。


 精霊工房。


 悪くない。



「いいな。それにしよう」


「本当に?」


「ああ。エマがつけたんだ。俺が考えるよりずっといい」


「・・・そう」



 エマは少しだけ視線を逸らした。

 その横顔が、なぜか少し嬉しそうに見えた。


 俺は看板用に用意していた古い板を取り出す。

 元は廃屋に残っていた、古い店舗看板の一部だ。


 表面を整え、文字を刻む。

 飾りすぎない。

 だが、少しだけ品よく。


 精霊工房。


 その文字が刻まれた看板を、入口の上に取り付ける。


 古びた通りに、新しい名前が掲げられた。



「・・・できたな」


「ええ」



 エマが隣で頷く。


 派手ではない。


 大通りの店のような華やかさもない。


 だが、確かにそこに店がある。


 俺たちの店だ。



『商業施設としての最低限の機能は確保されています』


「情緒」


『名称、外観、内部機能の整合性は良好です』


「惜しい。そうじゃない」


「ふふ」



 エマが笑った。


 それだけで、今日の作業が少し報われた気がした。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 その日の夕方、俺たちは再び商業ギルドを訪れた。


 受付でベルナルドさんを呼んでもらい、応接室で少し待つ。


 ほどなくして、ベルナルドさんが入ってきた。



「お待たせしました。何か進展がありましたか?」


「はい。店舗兼工房の目処が立ちました」


「それは良かった。場所はご自宅の敷地で?」


「ええ。元店舗跡を使いました」


「なるほど。では、改修業者の手配などは――」


「いえ、店舗は完成しました。もう使えます」


「・・・・・・は?」



 ベルナルドさんの笑顔が、初めてわずかに止まった。


 ほんの一瞬。

 本当に一瞬だ。


 だが、確かに止まった。



「もう、ですか?」


「はい」


「今朝、相談されたばかりでしたよね?」


「はい」


「店舗兼工房が、もう使える状態に?」


「最低限は」


「・・・・・・」



 ベルナルドさんは静かに眼鏡の位置を直した。


 そして、俺とエマを交互に見る。

 何度か口を開こうとしては閉じた。


 エマは何も言わず、少しだけ目を逸らした。


 俺も目を逸らした。



「廃材が多かったので」


「廃材だけで、店舗兼工房が一日で整うものではありませんが」


「まあ・・・そこは、色々と」


「色々と」


「はい」


「・・・・・・」



 沈黙。


 ベルナルドさんは、しばらく考えるように目を伏せた。


 そして、穏やかな笑みを取り戻す。



「まぁ、深くは聞かないでおきます」


「助かります」


「ええ。商業ギルドとしては、営業に支障がなく、近隣に迷惑をかけず、納税と記録が適切に行われるなら、それ以上を詮索する必要はありません」


「大人の対応ですね」


「商人は、知らない方がよいことを見極めるのも仕事ですので」



 この人、やっぱりすごいな。


 問い詰めることもできる。

 怪しむこともできる。


 だが、あえて踏み込まない。

 その線引きが絶妙だった。



「それで、店の名前は決まりましたか?」


「はい。精霊工房にしました」


「精霊工房・・・良い名前ですね」


「エマがつけました」


「そうでしたか」



 ベルナルドさんはエマを見る。

 エマは少しだけ背筋を伸ばした。



「精霊の手を借りた工房、という説明なら、商品にも納得されやすいかと思いまして」


「ええ。とてもよい判断です。アキラさんの商品は、あまりにも普通の職人仕事から外れています。精霊という言葉は、非常に良い緩衝材になるでしょう」


「緩衝材・・・」


「世間に説明するための柔らかい布のようなものです」


「なるほど」



 ベルナルドさんは書類を取り出した。



「では、改めて正式に人材紹介の手続きを進めます。実務管理者候補には、明日こちらから声をかけます。ドワーフ職人の方にも、工房が用意できたと伝えましょう」


「お願いします」


「ただし、先ほども申し上げた通り、どちらも少々癖があります」


「覚悟しておきます」


「特に職人の方は、腕は確かですが、気に入らなければ平気で帰ります」


「分かりやすいですね」


「分かりやすいだけ、まだ良い方です」


「それは不安になる言い方ですね」



 ベルナルドさんは笑った。



「ですが、アキラさんなら大丈夫でしょう」


「根拠は?」


「一日で店舗兼工房を用意する方ですから」


「そこを根拠にされると何も言えない」


「ええ。ですので、深くは聞きません」


「助かります。本当に」



 こうして、人材紹介の正式な手続きは進むことになった。


 実務管理ができる女性。

 腕のいいドワーフ職人。


 俺たちの店は、まだ名前と建物を得ただけだ。


 そこに人が入り、物が動き、金が流れて初めて、本当の意味で店になる。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 帰り道、空はすでに茜色に染まっていた。


 旧西大通りから一本入った路地へ戻ると、夕暮れの中に新しい建物が静かに立っている。

 古びた通りに馴染む外観。

 入口の上には、今日取り付けたばかりの看板。


 精霊工房。


 その文字が、夕陽を受けて淡く浮かんでいた。



「本当に、店になったな」


「ええ」



 エマが隣で看板を見上げる。


 その横顔は、どこか穏やかだった。


 露店で思いついたものを売って、小銭を稼ぐだけのつもりだった。


 だが、もうそれでは済まない。


 売れると分かって人が必要になった。

 人を雇うから場所が必要になった。

 そして、名前がついた。


 名前がつくと、不思議と重みが生まれる。



「精霊工房、か」


『分業体制の基盤としては妥当です』


「だから情緒」


「でも、アルらしいわ」


「まあな」



 俺は小さく笑った。


 店を作るということは、客を迎える入口を作るということだ。


 同時に、面倒事が入ってくる入口を作ることでもある。

 たぶん、これから色々ある。


 けれど今は、ひとまずこの看板を見上げていたかった。


 エマがつけた名前。

 俺たちが作った場所。


 この寂れた通りに、ひとつ新しい灯りがともった。


 精霊工房。



 それが、俺たちの新しい拠点になった。


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