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第34話 商売の準備


 ブリンバンで荷を積み替えた翌日、俺たちは復路の護衛任務に就いた。


 とはいえ、行きとは事情が少し違う。


 【安息の黄金】が抜けた穴を埋めるため、ブリンバンの冒険者ギルドが急遽もう一組、二人組の護衛パーティーを紹介してくれたのだ。


 無口な槍使いと、これまた無口な弓使い。


 自己紹介も必要最低限しかせず、道中もほとんど喋らない連中だったが、少なくとも商隊を売るような目はしていなかった。それだけで十分ありがたい。


 盗賊の一件で商隊員たちの警戒心は強くなっていたが、護衛人数が増えたことで多少は安心できたらしい。


 帰路は拍子抜けするほど平穏だった。


 魔獣が襲ってきたことが何度かあったが、いずれも小規模で簡単に撃退できた。


 盗賊も現れない。


 あの夜の騒ぎが嘘みたいに、ただ荷馬車の軋む音だけが街道に続いた。


 そして数日後。


 ヴェルクハーフェンの城壁が見えた時、商隊長は行き以上に大きな息を吐いた。



「ようやく帰ってこられた・・・」



 その声には心底ほっとした色が滲んでいる。


 無理もない。護衛の裏切りに盗賊襲撃。普通なら無事では済まない。


 それを思えば、この任務は成功したと言っていいだろう。



「アキラ君、エマさん。本当に世話になった」



 商隊長が俺たちに深く頭を下げる。



「いえ。依頼でしたから」


「それでもだ。君たちがいなければ、我々は今頃どうなっていたか・・・想像したくもない」



 隣でエマが小さく会釈した。


 俺も頭を下げ返す。


 こうして長かった護衛任務は、ようやく終わった。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 商隊との別れを済ませ、その足で俺たちは冒険者ギルドへ向かった。


 報告は早い方がいい。


 受付へ行くと、ミーアが俺たちを見るなり「あ」と声を漏らした。



「アキラさん、エマさん。お帰りなさい。お待ちしていました」


「待ってた?」


「はい。ブリンバン支部から緊急報告が届いています」



 嫌な報告じゃなければいいが。


 ミーアに案内されて奥の応接室へ入ると、ギルドマスターのロドリゲスが既に席についていた。


 机の上には数枚の書類。


 見覚えのある判も押されている。



「座ってくれ」



 促され、俺とエマは向かいに腰を下ろした。


 職員は書類を手に取る。



「ブリンバン支部より、護衛任務中の裏切り冒険者摘発、盗賊団捕縛、依頼商隊の安全確保について詳細な報告が届いている」



 やっぱりその件か。



「加えて、商隊長の証言。【蒼き雷鳴】の証言も同封されている」



 かなりしっかり報告されてるな。


 職員は一度俺たちを見た。



「結論から言おう。アキラの功績はCランク昇格相当と認定された」



 思わず息を呑む。


 エマも目を見開いた。



「・・・ということは」


「アキラ、及びパーティの"双灯"共に、正式にCランクへ昇格だ」



 一瞬、言葉が出なかった。


 ついにCランク。


 任務の中で結果を出し、認められた昇格だ。

 胸の奥がじわりと熱くなる。


 隣を見ると、エマも珍しく表情を緩めていた。



「やったわね」


「ああ・・・やったな」



 職員が小さく咳払いする。



「なお、Cランクからは受けられる依頼の幅も広がる。単独指名依頼や長距離護衛、大型討伐にも参加可能だ。責任も増すがな」



 責任。


 その一言で少し背筋が伸びた。

 ただ強ければいいわけじゃない。依頼主に信用される立場になるということだ。



「・・・肝に銘じます」


「うむ。期待している」



 職員は書類へ判を押し、新しいギルド証を差し出してきた。


 鋼だったプレートが、ひとつ落ち着いた銅に変わっている。


 それだけなのに妙に重みを感じた。


 エマがそれを見て、ふっと笑う。



「少しは冒険者らしくなったわね」


「まだ実感がないな」


「じゃあ、これから実感していけばいいのよ」



 その言い方が、少し嬉しそうだった。


 俺もつられて笑う。


 ・・・悪くない。


 かなり悪くない気分だ。


 ただ、職員はそこで表情を少し曇らせた。



「ひとつだけ。捕らえた盗賊の背後はまだ調査中だ」



 ああ、そういえば裏がありそうだって言ってたな。



「詳しいことはまだ不明だが、ただの野盗で終わらない可能性がある。何か分かれば追って知らせる」


「分かりました」



 胸の奥に小さな引っ掛かりは残る。


 だが今は、それ以上考えても仕方ない。


 まずは目の前の達成を噛み締めるべきだろう。





 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





「・・・で、どうするの?」



 ギルドを出て、石畳の通りを並んで歩きながらエマが聞いた。



「どうするって?」


「Cランク祝い。何か食べにいく?」


「いや、自分で作る。思いっきり豪華に、な」


「あなたの料理、レストランより上だから楽しみだわ」


「・・・・・・レストランより上、か」


「どうかした?」


「そろそろ本格的に金を増やす手段を考えたい」



 エマが瞬く。



「護衛任務の報酬は入ったでしょう?」


「入った。でも、ずっと依頼だけで稼ぐのは効率が悪い。生活費を賄いながら設備も整えたいし、将来的にはもっと自由に動ける収入源が欲しい」



 AIによるクラフトがある以上、物を作れる。


 だったら売れないか。


 この発想に至るのは自然だった。


 エマも少し考え込み、やがて頷く。



「・・・確かに。作れるものを売るのは理にかなってるわね。でも勝手に商売していいの?」


「そこだよな」



 街で物を売る以上、無許可はまずい気がする。

 税も絡むだろうし、下手をすれば面倒事になる。


 となれば、相談先は一つだ。



「商業ギルド、行ってみるか」


「またあの建物ね」



 賃貸契約で世話になった、あの場所だ。


 俺たちはそのまま進路を変え、商業ギルドへ向かった。




 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼




 重厚な木扉を開けると、相変わらず中は落ち着いた空気だった。


 冒険者ギルドの喧騒とは真逆だ。


 受付へ向かうと、見覚えのある紳士が書類から顔を上げる。

 きちんと整えた口髭に、穏やかな目元。


 ベルナルド=マークス。


 以前、賃貸の件で世話になった商業ギルド職員だ。



「おや、アキラさんにエマさん。今日はどうされましたか」



 柔らかい声。

 この人と話すと、妙に肩の力が抜ける。



「少し相談がありまして。物を売ってみたいんです」


「ほう」



 ベルナルドは眼鏡の位置を指で直し、興味深そうに目を細めた。



「商売、ですか。これはまた面白い方向へ進みましたね」






 ベルナルドに案内され、俺たちは受付横の小さな応接卓へ通された。

 相変わらず所作の一つ一つが丁寧な人だ。



「まず確認ですが、常設店舗を構える予定ですか? それとも、試験的な販売でしょうか」


「試験的です。作ったものがこの街で売れるのか見てみたい」


「なるほど」



 ベルナルドは頷き、手元の帳面をめくる。



「でしたらDランク商業登録――露天商・行商扱いが妥当でしょう。移動販売、臨時出店、小規模な露店販売が可能になります」


「そんなのがあるんですね」


「ええ。無登録で売る方もいますが、見つかれば罰金です」



 やっぱりか。


 エマが小さく「でしょうね」と呟く。



「登録には年会費として小金貨一枚。加えて、扱う品目の申告、売上報告、簡易納税が義務になります」


「・・・小金貨一枚」



 思わず顔が引きつった。


 高い。


 いや、商売の許可証だと思えば安いのか?

 判断が難しい。


 ベルナルドが苦笑する。



「軽い気持ちで始めて、税金も納めずすぐ逃げる方を減らす意味もありますので」


「なるほど・・・」



 先払いで本気度を見るわけだ。


 エマが横から肘でつつく。



「払えるでしょう?」


「払えるけど、地味に財布に響くな」


「必要経費よ」



 正論で殴らないでほしい。


 俺はため息をつき、小金貨を一枚差し出した。


 ベルナルドは手慣れた様子で書類を作成し、名前と取扱品目を書き込んでいく。



「食品、薬品、武具、魔道具は扱いませんね?」


「今回は日用品と装飾品だけです」


「結構です。危険物でなければ問題ありません」



 羽ペンがさらさらと走る。


 数分後、ベルナルドは小さな木札を差し出してきた。


 商業ギルドの刻印入りだ。



「これでDランク露天商登録は完了です。露店区画の端を三日間使えるよう手配しておきましょう」


「ありがとうございます」


「いえいえ」



 ベルナルドは微笑んだ後、ふと首を傾げた。



「・・・ところで、何を売るおつもりで?」



 そこは当然気になるか。


 俺はエマと顔を見合わせる。



「多分見たこともないものです。まだ試作段階ですが。よければ明日、見に来てください」


「ぜひ」


 



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





 ベルナルドとの話を終え、俺たちは一度家へ戻った。


 試しに売るにしても、まずは商品が要る。


 机の上へ街で買ってきた既製品を並べる。


 小さな薬瓶、安い綿布、曇った手鏡、銀線、真鍮板、安価な装飾用魔石。


 素材そのものはどれもありふれている。


 問題はここからだ。



(アル、加工候補を再確認)


『了解しました。販売適性、加工難易度、視覚的訴求力を考慮し、五種を優先します』



 脳内へいつもの淡々とした声が響く。


 俺が頷く横で、エマがじとっとした目を向けてきた。



「・・・また二人だけで話しているの?」


「あ」



 そういえばそうだ。


 俺にとっては慣れた会話でも、横から見れば無言で頷いてるだけの怪しい男である。


 アルがすぐに補足した。



『提案があります。エマにも会話を共有する方法があります。ナノマシンによる鼓膜の直接振動方式はどうでしょうか』


(直接振動?)


『ナノマシンで鼓膜へ微振動を与え、音声として認識させます。周囲には聞こえません』



 なるほど。


 イヤホンみたい・・・いやもっと精密なものか。



「エマ、アルの声をお前にも聞こえるようにできるらしい」


「・・・え?」


「直接振動とかいう仕組みで」


「よく分からないけど、危なくないの?」


『振動出力は極小です。身体への負担はありません』



 エマがぴくっと肩を震わせる。



「ひゃっ!?」



 どうやらもう聞こえたらしい。


 俺は吹き出しそうになる。



「聞こえるか?」



 エマが耳の辺りを押さえながら、目を丸くした。



「・・・聞こえた。これがアルの声なのね」


『改めまして、エマ。共有通信を開始します』


「・・・本当に不思議なことばかりね」



 呆れ半分、感心半分の顔だ。

 だがこれで置いてけぼりにはならない。


 よし、作業開始だ。


 俺が薬瓶を手に取ると、机の上へ淡い青のホログラムが展開した。

 瓶の口部分に細い寸法線が走る。



『削り込み深度0.3ミリ。内周へ螺旋加工を推奨』


「了解」



 ナノマシンを指先へ集中。


 ガラス表面が、削るというより溶けるように静かに整っていく。


 エマが身を乗り出した。



「え、ちょっと待って。今何してるの?」


「瓶の口に溝を刻んでる」


『正確には螺旋状のねじ山を形成しています』


「ねじ・・・?」



 続けて真鍮板を丸く成形し、こちらにも噛み合う螺旋を作る。


 薄い蜜蝋革を内側へ密着。


 蓋を乗せて、くるりと回す。


 きゅっ、と気持ちよく締まった。



「・・・閉まった」


「閉まる瓶だ」


「意味が分からない」



 俺は笑いながら水差しの水を中へ入れ、蓋を締める。


 そして逆さにした。


 一滴も漏れない。


 エマが絶句する。



「・・・え」


「倒しても平気」


「何で?」


『内外ねじ山の均一噛合と、密閉材による隙間遮断です』


「・・・アルもすごいのね」



 ぽつりと漏れたその一言に、アルの声がほんの少しだけ間を置いた。



『お褒めに預かり光栄です』



 ・・・今、若干嬉しそうじゃなかったか?



「お、アル。機嫌いいな」


『通常運転です』



 即答だった。


 たぶん照れている。


 次は布だ。


 安い綿布を机へ広げると、ホログラムが繊維構造を拡大表示する。



『表層繊維をループ状に再編。吸水性向上処理を行います』


「任せた」


『アキラ、右から順に圧着してください』



 俺が指でなぞるたび、布の表面がふわりと起毛していく。


 数枚重ね、端をほつれないよう処理。


 完成した布をエマへ放った。



「ほれ。こないだのふわふわタオル・・・のちっちゃい版。雑巾みたいなもんだな」



 エマは受け取り、両手で揉む。


 数秒後、顔が固まった。



「・・・こうやって作っていたのね」


「簡単だろ」


「どう見ても意味が分からなかったわ」



 俺は机へ少し水を垂らす。


 普通の端切れと、新しい布を並べて押し当てた。


 端切れはじわっと広がるだけ。


 ふわふわ布は一瞬で吸う。



「・・・相変わらず凄いわね」



 エマが目を丸くしたまま、何度も布を揉む。



『販売期待値、高』


「アル、ちょっと嬉しそうね」


『気のせいです』



 いや絶対嬉しいだろ。


 さらに曇った手鏡を研磨。


 裏面へ反射膜を形成し、縁を整える。



『歪み補正完了。反射率向上』


「はい、次」



 差し出された鏡をエマが覗き込み――息を呑んだ。



「・・・顔が、ちゃんと見える」


「普通の鏡より鮮明だろ」


「鮮明どころじゃないわよ。こんなの初めて・・・」



 エマは角度を変えて何度も自分を映している。


 その横で、アルが静かに告げた。



『女性客への訴求力は高いと推定されます』


「うん、それは分かる」



 最後に銀線。


 ホログラムが極細の輪を等間隔で並べる。



『連結精度を維持してください』



 指先で一つずつ繋ぐたび、滑らかな銀鎖が伸びていく。


 さらに小さな花型、月型、雫型の透かし飾り。


 安価な小粒魔石も台座へはめ込む。


 机の上に並んだ完成品を見て、エマが感嘆した。



「・・・あなたもすごいけど、アルも相当ね」


『共同作業の成果です』


「へぇ、謙虚」


『データ上、事実です』



 少しだけ、家の空気が和んだ。



 ま、こういうのも悪くないな。


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