第34話 商売の準備
ブリンバンで荷を積み替えた翌日、俺たちは復路の護衛任務に就いた。
とはいえ、行きとは事情が少し違う。
【安息の黄金】が抜けた穴を埋めるため、ブリンバンの冒険者ギルドが急遽もう一組、二人組の護衛パーティーを紹介してくれたのだ。
無口な槍使いと、これまた無口な弓使い。
自己紹介も必要最低限しかせず、道中もほとんど喋らない連中だったが、少なくとも商隊を売るような目はしていなかった。それだけで十分ありがたい。
盗賊の一件で商隊員たちの警戒心は強くなっていたが、護衛人数が増えたことで多少は安心できたらしい。
帰路は拍子抜けするほど平穏だった。
魔獣が襲ってきたことが何度かあったが、いずれも小規模で簡単に撃退できた。
盗賊も現れない。
あの夜の騒ぎが嘘みたいに、ただ荷馬車の軋む音だけが街道に続いた。
そして数日後。
ヴェルクハーフェンの城壁が見えた時、商隊長は行き以上に大きな息を吐いた。
「ようやく帰ってこられた・・・」
その声には心底ほっとした色が滲んでいる。
無理もない。護衛の裏切りに盗賊襲撃。普通なら無事では済まない。
それを思えば、この任務は成功したと言っていいだろう。
「アキラ君、エマさん。本当に世話になった」
商隊長が俺たちに深く頭を下げる。
「いえ。依頼でしたから」
「それでもだ。君たちがいなければ、我々は今頃どうなっていたか・・・想像したくもない」
隣でエマが小さく会釈した。
俺も頭を下げ返す。
こうして長かった護衛任務は、ようやく終わった。
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商隊との別れを済ませ、その足で俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
報告は早い方がいい。
受付へ行くと、ミーアが俺たちを見るなり「あ」と声を漏らした。
「アキラさん、エマさん。お帰りなさい。お待ちしていました」
「待ってた?」
「はい。ブリンバン支部から緊急報告が届いています」
嫌な報告じゃなければいいが。
ミーアに案内されて奥の応接室へ入ると、ギルドマスターのロドリゲスが既に席についていた。
机の上には数枚の書類。
見覚えのある判も押されている。
「座ってくれ」
促され、俺とエマは向かいに腰を下ろした。
職員は書類を手に取る。
「ブリンバン支部より、護衛任務中の裏切り冒険者摘発、盗賊団捕縛、依頼商隊の安全確保について詳細な報告が届いている」
やっぱりその件か。
「加えて、商隊長の証言。【蒼き雷鳴】の証言も同封されている」
かなりしっかり報告されてるな。
職員は一度俺たちを見た。
「結論から言おう。アキラの功績はCランク昇格相当と認定された」
思わず息を呑む。
エマも目を見開いた。
「・・・ということは」
「アキラ、及びパーティの"双灯"共に、正式にCランクへ昇格だ」
一瞬、言葉が出なかった。
ついにCランク。
任務の中で結果を出し、認められた昇格だ。
胸の奥がじわりと熱くなる。
隣を見ると、エマも珍しく表情を緩めていた。
「やったわね」
「ああ・・・やったな」
職員が小さく咳払いする。
「なお、Cランクからは受けられる依頼の幅も広がる。単独指名依頼や長距離護衛、大型討伐にも参加可能だ。責任も増すがな」
責任。
その一言で少し背筋が伸びた。
ただ強ければいいわけじゃない。依頼主に信用される立場になるということだ。
「・・・肝に銘じます」
「うむ。期待している」
職員は書類へ判を押し、新しいギルド証を差し出してきた。
鋼だったプレートが、ひとつ落ち着いた銅に変わっている。
それだけなのに妙に重みを感じた。
エマがそれを見て、ふっと笑う。
「少しは冒険者らしくなったわね」
「まだ実感がないな」
「じゃあ、これから実感していけばいいのよ」
その言い方が、少し嬉しそうだった。
俺もつられて笑う。
・・・悪くない。
かなり悪くない気分だ。
ただ、職員はそこで表情を少し曇らせた。
「ひとつだけ。捕らえた盗賊の背後はまだ調査中だ」
ああ、そういえば裏がありそうだって言ってたな。
「詳しいことはまだ不明だが、ただの野盗で終わらない可能性がある。何か分かれば追って知らせる」
「分かりました」
胸の奥に小さな引っ掛かりは残る。
だが今は、それ以上考えても仕方ない。
まずは目の前の達成を噛み締めるべきだろう。
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「・・・で、どうするの?」
ギルドを出て、石畳の通りを並んで歩きながらエマが聞いた。
「どうするって?」
「Cランク祝い。何か食べにいく?」
「いや、自分で作る。思いっきり豪華に、な」
「あなたの料理、レストランより上だから楽しみだわ」
「・・・・・・レストランより上、か」
「どうかした?」
「そろそろ本格的に金を増やす手段を考えたい」
エマが瞬く。
「護衛任務の報酬は入ったでしょう?」
「入った。でも、ずっと依頼だけで稼ぐのは効率が悪い。生活費を賄いながら設備も整えたいし、将来的にはもっと自由に動ける収入源が欲しい」
AIによるクラフトがある以上、物を作れる。
だったら売れないか。
この発想に至るのは自然だった。
エマも少し考え込み、やがて頷く。
「・・・確かに。作れるものを売るのは理にかなってるわね。でも勝手に商売していいの?」
「そこだよな」
街で物を売る以上、無許可はまずい気がする。
税も絡むだろうし、下手をすれば面倒事になる。
となれば、相談先は一つだ。
「商業ギルド、行ってみるか」
「またあの建物ね」
賃貸契約で世話になった、あの場所だ。
俺たちはそのまま進路を変え、商業ギルドへ向かった。
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重厚な木扉を開けると、相変わらず中は落ち着いた空気だった。
冒険者ギルドの喧騒とは真逆だ。
受付へ向かうと、見覚えのある紳士が書類から顔を上げる。
きちんと整えた口髭に、穏やかな目元。
ベルナルド=マークス。
以前、賃貸の件で世話になった商業ギルド職員だ。
「おや、アキラさんにエマさん。今日はどうされましたか」
柔らかい声。
この人と話すと、妙に肩の力が抜ける。
「少し相談がありまして。物を売ってみたいんです」
「ほう」
ベルナルドは眼鏡の位置を指で直し、興味深そうに目を細めた。
「商売、ですか。これはまた面白い方向へ進みましたね」
ベルナルドに案内され、俺たちは受付横の小さな応接卓へ通された。
相変わらず所作の一つ一つが丁寧な人だ。
「まず確認ですが、常設店舗を構える予定ですか? それとも、試験的な販売でしょうか」
「試験的です。作ったものがこの街で売れるのか見てみたい」
「なるほど」
ベルナルドは頷き、手元の帳面をめくる。
「でしたらDランク商業登録――露天商・行商扱いが妥当でしょう。移動販売、臨時出店、小規模な露店販売が可能になります」
「そんなのがあるんですね」
「ええ。無登録で売る方もいますが、見つかれば罰金です」
やっぱりか。
エマが小さく「でしょうね」と呟く。
「登録には年会費として小金貨一枚。加えて、扱う品目の申告、売上報告、簡易納税が義務になります」
「・・・小金貨一枚」
思わず顔が引きつった。
高い。
いや、商売の許可証だと思えば安いのか?
判断が難しい。
ベルナルドが苦笑する。
「軽い気持ちで始めて、税金も納めずすぐ逃げる方を減らす意味もありますので」
「なるほど・・・」
先払いで本気度を見るわけだ。
エマが横から肘でつつく。
「払えるでしょう?」
「払えるけど、地味に財布に響くな」
「必要経費よ」
正論で殴らないでほしい。
俺はため息をつき、小金貨を一枚差し出した。
ベルナルドは手慣れた様子で書類を作成し、名前と取扱品目を書き込んでいく。
「食品、薬品、武具、魔道具は扱いませんね?」
「今回は日用品と装飾品だけです」
「結構です。危険物でなければ問題ありません」
羽ペンがさらさらと走る。
数分後、ベルナルドは小さな木札を差し出してきた。
商業ギルドの刻印入りだ。
「これでDランク露天商登録は完了です。露店区画の端を三日間使えるよう手配しておきましょう」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
ベルナルドは微笑んだ後、ふと首を傾げた。
「・・・ところで、何を売るおつもりで?」
そこは当然気になるか。
俺はエマと顔を見合わせる。
「多分見たこともないものです。まだ試作段階ですが。よければ明日、見に来てください」
「ぜひ」
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ベルナルドとの話を終え、俺たちは一度家へ戻った。
試しに売るにしても、まずは商品が要る。
机の上へ街で買ってきた既製品を並べる。
小さな薬瓶、安い綿布、曇った手鏡、銀線、真鍮板、安価な装飾用魔石。
素材そのものはどれもありふれている。
問題はここからだ。
(アル、加工候補を再確認)
『了解しました。販売適性、加工難易度、視覚的訴求力を考慮し、五種を優先します』
脳内へいつもの淡々とした声が響く。
俺が頷く横で、エマがじとっとした目を向けてきた。
「・・・また二人だけで話しているの?」
「あ」
そういえばそうだ。
俺にとっては慣れた会話でも、横から見れば無言で頷いてるだけの怪しい男である。
アルがすぐに補足した。
『提案があります。エマにも会話を共有する方法があります。ナノマシンによる鼓膜の直接振動方式はどうでしょうか』
(直接振動?)
『ナノマシンで鼓膜へ微振動を与え、音声として認識させます。周囲には聞こえません』
なるほど。
イヤホンみたい・・・いやもっと精密なものか。
「エマ、アルの声をお前にも聞こえるようにできるらしい」
「・・・え?」
「直接振動とかいう仕組みで」
「よく分からないけど、危なくないの?」
『振動出力は極小です。身体への負担はありません』
エマがぴくっと肩を震わせる。
「ひゃっ!?」
どうやらもう聞こえたらしい。
俺は吹き出しそうになる。
「聞こえるか?」
エマが耳の辺りを押さえながら、目を丸くした。
「・・・聞こえた。これがアルの声なのね」
『改めまして、エマ。共有通信を開始します』
「・・・本当に不思議なことばかりね」
呆れ半分、感心半分の顔だ。
だがこれで置いてけぼりにはならない。
よし、作業開始だ。
俺が薬瓶を手に取ると、机の上へ淡い青のホログラムが展開した。
瓶の口部分に細い寸法線が走る。
『削り込み深度0.3ミリ。内周へ螺旋加工を推奨』
「了解」
ナノマシンを指先へ集中。
ガラス表面が、削るというより溶けるように静かに整っていく。
エマが身を乗り出した。
「え、ちょっと待って。今何してるの?」
「瓶の口に溝を刻んでる」
『正確には螺旋状のねじ山を形成しています』
「ねじ・・・?」
続けて真鍮板を丸く成形し、こちらにも噛み合う螺旋を作る。
薄い蜜蝋革を内側へ密着。
蓋を乗せて、くるりと回す。
きゅっ、と気持ちよく締まった。
「・・・閉まった」
「閉まる瓶だ」
「意味が分からない」
俺は笑いながら水差しの水を中へ入れ、蓋を締める。
そして逆さにした。
一滴も漏れない。
エマが絶句する。
「・・・え」
「倒しても平気」
「何で?」
『内外ねじ山の均一噛合と、密閉材による隙間遮断です』
「・・・アルもすごいのね」
ぽつりと漏れたその一言に、アルの声がほんの少しだけ間を置いた。
『お褒めに預かり光栄です』
・・・今、若干嬉しそうじゃなかったか?
「お、アル。機嫌いいな」
『通常運転です』
即答だった。
たぶん照れている。
次は布だ。
安い綿布を机へ広げると、ホログラムが繊維構造を拡大表示する。
『表層繊維をループ状に再編。吸水性向上処理を行います』
「任せた」
『アキラ、右から順に圧着してください』
俺が指でなぞるたび、布の表面がふわりと起毛していく。
数枚重ね、端をほつれないよう処理。
完成した布をエマへ放った。
「ほれ。こないだのふわふわタオル・・・のちっちゃい版。雑巾みたいなもんだな」
エマは受け取り、両手で揉む。
数秒後、顔が固まった。
「・・・こうやって作っていたのね」
「簡単だろ」
「どう見ても意味が分からなかったわ」
俺は机へ少し水を垂らす。
普通の端切れと、新しい布を並べて押し当てた。
端切れはじわっと広がるだけ。
ふわふわ布は一瞬で吸う。
「・・・相変わらず凄いわね」
エマが目を丸くしたまま、何度も布を揉む。
『販売期待値、高』
「アル、ちょっと嬉しそうね」
『気のせいです』
いや絶対嬉しいだろ。
さらに曇った手鏡を研磨。
裏面へ反射膜を形成し、縁を整える。
『歪み補正完了。反射率向上』
「はい、次」
差し出された鏡をエマが覗き込み――息を呑んだ。
「・・・顔が、ちゃんと見える」
「普通の鏡より鮮明だろ」
「鮮明どころじゃないわよ。こんなの初めて・・・」
エマは角度を変えて何度も自分を映している。
その横で、アルが静かに告げた。
『女性客への訴求力は高いと推定されます』
「うん、それは分かる」
最後に銀線。
ホログラムが極細の輪を等間隔で並べる。
『連結精度を維持してください』
指先で一つずつ繋ぐたび、滑らかな銀鎖が伸びていく。
さらに小さな花型、月型、雫型の透かし飾り。
安価な小粒魔石も台座へはめ込む。
机の上に並んだ完成品を見て、エマが感嘆した。
「・・・あなたもすごいけど、アルも相当ね」
『共同作業の成果です』
「へぇ、謙虚」
『データ上、事実です』
少しだけ、家の空気が和んだ。
ま、こういうのも悪くないな。




