第33話 護衛任務(後)
翌朝。
昨夜は結局、ほとんど眠れなかった。
俺だけじゃない。エマも、レイモンドも、オーナも、ペラートも、そしてメリンダも、揃って目の下に薄く疲労を滲ませている。
無理もない。
今この商隊には、味方の顔をした裏切り者が三人混ざっているのだから。
そんな空気を知ってか知らずか――いや、知らないわけがないのだが。
アセムが馬車の横で大袈裟に肩を回しながら、にやにやと笑った。
「なんだなんだ、皆疲れた顔してやがるなぁ。こんな任務、楽勝だろ?」
軽い調子。
何も知らなければ、気さくな護衛の兄ちゃんだ。
だが昨夜の話を聞いた後では、その笑顔すら薄気味悪い。
「夜番の後ですもの。眠いのよ」
エマがそっけなく返す。
いつも以上に刺々しいが、アセムは気にも留めない。
「ははっ、真面目だねぇ」
その横から、ザナックが湯気の立つ木椀を差し出してきた。
「仕方ありませんよ。ほら、疲労回復の香草茶です。どうぞ。効きますよ」
・・・こいつはこいつで腹が立つな。
だが、差し出された香草茶からは本当に爽やかな匂いがした。
『成分分析。問題なし。通常の疲労回復用ハーブです』
(毒じゃないのか)
『現時点では善良な護衛を演じる必要があります』
(徹底してやがる。しかし、マジで効くな、これ)
『レシピを分析しておきます』
(頼む)
ザナックはにこやかに商隊員たちにも配っていく。
「今日は街道も穏やかです。このまま順調なら、予定より早く野営地に付きますよ」
「そりゃ助かる」
「昨夜は冷えたからなぁ」
商隊員たちも普通に受け取る。
この中で、本性を知っているのはほんの数人だけ。
知らない連中から見れば、ザナックはむしろ気の利く薬師だ。
だからこそ厄介だ。
俺は木椀を受け取りながら、商隊長へ視線を送った。
商隊長はわずかに顎を引く。
話がしたい、の合図。
「商隊長、荷の固定を少し見てもらえますか」
「ん? ああ、分かった」
自然な口実をつけて、二人で先頭の馬車の陰へ回る。
周囲に人影がないのを確認してから、俺は低く切り出した。
「商隊長。昨夜、【安息の黄金】が怪しい動きをしたので、オーナに追わせました」
「なんだと?」
商隊長の眉がぴくりと動く。
「それで?」
「【安息の黄金】は黒です。盗賊と繋がっていました。薬を盛って商隊を動けなくし、今夜か明日の夜に襲わせるつもりです」
商隊長の顔色が変わった。
「・・・クソがッ」
「声を抑えてください」
俺が先に釘を刺す。
商隊長は拳を握り締め、喉の奥で怒りを押し殺した。
「護衛が、護衛対象を売るのか・・・!」
「そうです。しかも、荷だけじゃない」
一拍置く。
「エマとメリンダを連れていく話も出ていました」
商隊長の目が見開かれる。
数秒、沈黙。
そして、絞り出すような声。
「・・・で、どうする? 今のうちに捕らえるか?」
「いえ、相手の計画に乗ります。今捕まえてもしらを切られたら終わりです。証拠がありません。盗賊を呼び込ませ、現行犯で一網打尽にするほうが確実です」
「商隊員は守れるのか」
「外に出しません。薬が効いたふりをさせて、馬車内か荷台の影に退避させます」
商隊長はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。
「・・・分かった。任せる」
その顔には不安もある。
当然だ。
商人であって戦士じゃない。盗賊に囲まれる夜を想像しただけで胃が痛くなるだろう。
だが、それ以上に怒っているのが分かった。
「荷より人を守ってくれ」
「はい」
俺は即答した。
いい隊長だ。
商隊長は一度だけ強く頷き、何事もなかった顔で馬車の表へ戻っていく。
俺も少し遅れて後を追った。
前方では、ゴズキが大口を開けて笑っている。
何がそんなに楽しいのか知らないが、見てるだけで拳が痒くなる。
・・・今は我慢だ。
今夜まとめて叩き潰す。
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商隊は予定通り進む。
街道は広く、空は晴れていた。
旅として見れば穏やかなものだ。
だが、知ってしまった側からすれば、空気は終始ぴりついている。
俺は馬車の横を歩きながら、すれ違いざまにレイモンドへ小声で告げた。
「商隊長には話を通した」
「了解だ」
短い返事。
それだけで十分通じる。
ペラートには照明役を、オーナには外周監視を再確認する。
メリンダは緊張で少し顔が青い。
だがレイモンドが横についているおかげで、どうにか平静を保っていた。
そして昼過ぎ。
休憩で馬を止めた時だった。
ゴズキが、にやにやしながらエマの方へ歩いてくる。
「なんだよ、エマちゃんも疲れてんのか? 俺と良いことでもしようぜ~」
エマの眉がぴくりと跳ねた。
「結構よ」
「つれねぇなぁ」
ゴズキはそのまま視線を横へ流す。
今度はメリンダだ。
「メリンダちゃんも一緒にどうだ?」
「えっ・・・い、いえ・・・」
メリンダが明らかに引く。
レイモンドが一歩前へ出ようとしたが、俺は先に袖を軽く引いて止めた。
ここでキレるわけにはいかない。
ゴズキは両手を上げて笑う。
「おいおい、怖い顔すんなよ。冗談だって、じょ・う・だ・ん!」
わざとらしく肩をすくめ、くるりと背を向ける。
そして――
「・・・ま、どうせ今夜ヤっちゃうんだけどな」
ぼそり。
本当に、聞こえるか聞こえないかの声だった。
だが。
聴覚を強化している俺には聞こえた。
耳のいいオーナも聞こえていたようだ。
少し離れた荷台に腰掛けていたオーナの拳が、ぎしりと音を立てるほど強く握られる。
その横でペラートも目を細める。
レイモンドの肩がわずかに震え、メリンダは意味も分からずきょとんとしている。
エマだけは、何かを察したのか、氷みたいな目でゴズキの背中を睨んでいた。
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日が傾き始めた頃、商隊は街道脇の開けた場所で足を止めた。
今夜の野営地だ。
周囲は疎らな林。見通しは悪くないが、夜になれば闇は深くなるだろう。
荷馬車が輪を描くように並べられ、商隊員たちが慣れた手つきで焚き火の準備を始める。
その中で、俺たちだけが別の意味で忙しかった。
もちろん、表向きは何も変わらない。
俺は荷の固定を見て回るふりをしながら、焚き火の周辺へさりげなく細いロープを這わせていく。杭は地面に浅く打ち込み、網は荷の陰へ隠す。
暗闇ならまず気づかれない。
エマは水を汲みに行くふりをして焚き火周辺の土を確認していた。土質は柔らかい。魔法で盛り上げるには十分だ。
ペラートは杖先の魔石を磨いている。
オーナはふらふらと外周を歩き、耳を澄ませて風の音を拾っていた。
そしてレイモンドは、メリンダから受け取った外套を何食わぬ顔で自分の荷の上へ置く。
誰も何も言わない。
だが全員、今夜が決戦だと理解している。
「今夜の見張りの順番だ。確認しておいてくれ」
焚き火に火が入り、夕食の支度が進んだ頃、商隊長が皆へ声を張った。
「一回目、エマさんとメリンダさん。二回目、アキラ君とレイモンドさん。三回目、ペラートさんとオーナさん。四回目・・・安息の黄金に頼む」
アセムがにっと笑う。
「任せといてくださいよ、商隊長」
その笑顔の裏を知っていると、本当に殴りたくなるな。
ゴズキは「女二人が一回目か」とでも言いたげに、にやにやとエマたちを見ている。
ザナックも何か計算している顔だった。
よしよし。
しっかり油断してくれ。
夕食が配られる。
スープ、干し肉、固いパン。
旅の飯としてはいつも通りだ。
そして最後に、ザナックが待ってましたとばかりに木椀を持って立ち上がる。
「皆さん、今日も疲れているでしょう。疲労回復のために、香草茶を淹れておきました」
来たか。
湯気と一緒に、朝と似た爽やかな香りが漂う。
だが今度は違う。
『異物混入確認。中枢神経抑制成分を検出』
(本命だな)
『肯定』
ザナックは愛想よく一人一人に木椀を配っていく。
「ぐっすり眠れますよ」
笑えない冗談だ。
俺は受け取り、唇へ運ぶふりをして、隙を見て地面へ流した。
エマも、レイモンドも、ペラートも同じ。
商隊員たちも商隊長からそれとなく指示を受けていたおかげで、上手く飲んだふりをしている。
ザナックは満足そうに頷いた。
エマとメリンダが焚き火の横で見張りにつき、他の者たちは徐々に馬車の寝床に入る。
しばらくして――最初の商隊員が呻いた。
「・・・あれ、身体が・・・」
続けて別の男が馬車の中に倒れこむ。
「な、なんだこれ・・・」
商隊長も額を押さえ、ふらついて馬車へ寄りかかった。
演技とはいえ、なかなかうまい。
俺も数拍遅れて、膝をついた。
「急に・・・痺れて・・・」
隣でエマが飲んでいたカップを落とし、そのまま焚き火の近くへ崩れる。
その混乱の中で、商隊員たちは一人、また一人と馬車の陰へ滑り込む。
外から見れば、その場で倒れて動かなくなったようにしか見えない。
俺は地面へ伏せながら、馬車の影へ身体をずらした。
その一瞬で、レイモンドとオーナが動く。
オーナがメリンダを荷台の陰へ引き込み、レイモンドが外套を羽織ってメリンダがいた位置へ倒れ込む。
暗い。焚き火の逆光。顔は伏せている。
さらにホログラムでメリンダに見えるように偽装。これでヨシ。
野営地は急速に静まり返った。
焚き火の爆ぜる音だけが、やけに大きく耳に残る。
数秒。
沈黙。
そして。
「・・・効いたな」
ザナックの声がした。
朝までの善人ぶった声音とは別人みたいに低い。
「へっ、案外簡単だったじゃねぇか」
ゴズキが下卑た笑いを漏らす。
アセムが俺の足先をつま先で軽く蹴った。
「完全に落ちてる。起きる気配なし」
「薬師の俺が仕込んだんだ。朝までは目を覚ましませんよ」
ザナックが鼻で笑う。
アセムが林の方を向き、短く口笛を吹いた。
ピィ、ピィ――。
返事のように、闇の奥で枝が鳴る。
ぞろぞろと人影が現れた。
薄汚れた革鎧。刃こぼれした剣。棍棒。弓。
十数人。
見るからに品のない盗賊どもだ。
「本当に全部寝てんだろうな?」
頭らしき男が聞く。
「安心しろ。朝までぐっすりだ」
ザナックが答える。
「荷も馬も好きに持ってける。ただし――」
ゴズキが焚き火の前を顎でしゃくった。
「女二人はこっちで貰う」
その一言で、盗賊どもの目の色が変わった。
「おい、女がいるのか!?」
「へへっ、まずそっちだろ!」
「荷は後だ後!」
・・・よし。
思った以上にバカだ。
盗賊どもは我先にと焚き火の近くへ殺到した。
そこには、倒れたエマと、“メリンダ”がいる。
「おっ、エルフじゃねぇか。上玉だなぁ」
「こっちはすげぇ胸してやがるぜ!」
「エルフだって細いわりに出るとこ出てるぜ!」
「お前ら、全員こっち来てどうする! 荷を運べ!」
アセムが形だけ怒鳴る。
だが盗賊は聞いちゃいない。
「どうせ全員起きねぇんだろ!」
「俺たちにも楽しませろや!」
「ぎゃははは!」
ゴズキが舌なめずりした。
「・・・仕方ねぇな。順番だぞ。だが一番は俺だ」
こいつ、昼間の台詞を本気で実行する気だったのか。
ゴズキがエマへ手を伸ばす。
汚い指先が、エマの腕をつかむ――その瞬間。
エマが、すっと目を開けた。
金色の瞳が、氷みたいに冷たい。
「・・・・・触らないで。【アースバインド】」
次の瞬間。
ゴゴッ、と地面が盛り上がった。
「うおっ!?」
土がうねり、盗賊どもの足首へ一斉に絡みつく。
同時に俺は馬車の影から飛び出し、張っておいたロープを力いっぱい引いた。
バチンッ!!
杭が跳ね、網が持ち上がる。
三人まとめて盗賊が宙吊りになった。
「なっ!?」
「罠だ!?」
「今さら気づいたか」
馬車裏からペラートが杖を掲げる。
「【ルミナスライト】!」
白い閃光が夜を塗り潰した。
「ぎゃっ! 眩しっ!」
「目が・・・!」
暗闇に慣れた盗賊どもが悲鳴を上げる。
さらに外周から矢が飛ぶ。
ひゅん、ひゅん、と二連。
逃げかけた盗賊の足に突き刺さった。
「逃がさないよ」
オーナの声が、いつになく低い。
そして頭らしき盗賊が“メリンダ”へ手を伸ばす。
「畜生! こうなりゃ女を人質に――」
がしっ。
「へ?」
伸ばした手首を、太い腕が掴んだ。
外套の奥からゆっくり顔を上げる。
そこにいたのは、真顔のレイモンド。
「悪いな。俺で」
次の瞬間、剣の柄が盗賊の顎を跳ね上げた。
男は白目を剥いて吹っ飛ぶ。
レイモンドは静かに立ち上がり、低く続けた。
「それと、メリンダには近づくな」
盗賊どもの悲鳴と怒号が夜の林に響く。
だが、勝負はもうついていた。
不意打ちに失敗し、足を取られ、目を潰され、逃げ道まで塞がれている。
統率も何もあったものじゃない。
「クソがっ! 一旦散れ! 散って――」
アセムが叫びながら反転した。
さすがに斥候役だけあって判断は早い。
だが、その進路にはもう俺が回り込んでいる。
「なっ・・・!」
「斥候なら、逃げ道を先に見とけよ」
低く踏み込み、足を払う。
アセムは派手に地面へ転がった。
起き上がるより先に、喉元へナイフを突きつける。
「終了だ」
「くっ・・・!」
アセムが歯噛みする横で、ゴズキが土拘束を力任せに引き千切ろうとしていた。
「クソがぁぁぁっ!」
筋力はある。
実際、土がひび割れた。
だが、その真正面からレイモンドが踏み込む。
鋼と鋼がぶつかる甲高い音。
槍を受け流し、懐へ入る。
そこへエマの杖が振られた。
「【アースバインド】」
再び地面がうねり、今度はゴズキの膝まで飲み込む。
「ぐっ・・・!」
「少し黙っていろ」
レイモンドの剣の腹が、容赦なくゴズキのこめかみに叩き込まれた。
ゴズキ、沈黙。
残るはザナック。
ザナックは顔色を変え、懐から小瓶を取り出そうとしていた。
証拠隠滅か?
どっちにしろ遅い。
俺は腕を蹴り上げた。
瓶が宙を舞い、地面へ転がる。
「これは、何だ?」
「・・・た、ただの薬です」
まだ白を切るか。
俺は拾い上げて、目の前に突きつけた。
「じゃあ飲め」
「・・・・・・」
ザナックの顔が引きつる。
その沈黙が何よりの答えだった。
盗賊どもも、安息の黄金も、数分後には全員地面へ転がされ、縄で縛り上げられていた。
暴れる余裕もない。
商隊員たちが馬車の陰からおそるおそる顔を出し、状況を見てざわめく。
「お、終わったのか・・・?」
「助かった・・・」
商隊長が深く息を吐き、へなへなとその場へ座り込んだ。
無理もない。
生きた心地がしなかっただろう。
「皆さん、怪我はありませんか」
ペラートが周囲を確認する。
商隊員は全員無事。
盗賊は何人か矢傷と打撲、安息の黄金は全員気絶。
上出来だ。
俺はようやく肩の力を抜き、焚き火のそばへ歩く。
エマはまだそこに座っていた。
杖を握ったまま、眉間に皺を寄せている。
「大丈夫か?」
「・・・・・ええ」
そう答えたものの、顔色はあまり良くない。
そりゃそうだ。
あんな連中に触られたんだから。
俺は手を差し出した。
「もう終わった。立てるか?」
エマは一瞬だけその手を見て、静かに握る。
引き上げると、ふっと肩の力が抜けたらしい。
「ありがとう」
そして、小さく――本当に小さく呟いた。
「・・・・・あなた以外に触られるなんて最悪」
「え?」
思わず聞き返す。
エマははっとした顔になり、ぱっと手を離した。
「な、何でもないわ!」
「でも今――」
「何でもないって言ってるでしょう!」
顔が真っ赤だ。
・・・俺もたぶん赤い。
何だ今の。
心臓に悪いぞ。
『聴覚補正の結果、聞き間違いではありません』
(今それ補足しなくていい!)
横でオーナが、にやぁ・・・と嫌な笑みを浮かべているのが見えた。
あ、これ絶対聞いてたな。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
盗賊と安息の黄金を荷馬車の後ろへ縛りつけ、商隊は予定より少し遅れて翌朝出発した。
夜明けの空は妙に澄んで見える。
無事に朝日を見られただけで、商隊員たちの顔色はかなり違った。
ブリンバンへ向かう街道も、今日はやけに穏やかだ。
昨夜までの張り詰めた空気が嘘みたいだった。
・・・嘘みたいなのは、一人だけ別の意味で元気な奴がいることだが。
昼前の休憩中。
盗賊どもを見張りながら、オーナがわざとらしく大声を出した。
「いやー、昨夜は面白いもの聞いちゃったなぁ」
嫌な予感しかしない。
エマもぴくっと肩を揺らした。
「オーナ、何の話だ」
レイモンドが聞くと、オーナはにやにやしながら俺たちを交互に見る。
「エマがさぁ」
「・・・ちょっと」
「“あなた以外に触られるなんて最悪”だって」
「「なっ!?」」
俺とエマの声が綺麗に重なった。
商隊員たちが一斉にこっちを見る。
ペラートが吹き出し、レイモンドの口元まで緩む。
メリンダなんか「えぇっ!?」と素で驚いていた。
「おぉ!?」
「ヒューヒュー!」
「そういう仲だったのか!」
「ち、違う!」
「違います!」
また綺麗に声が重なった。
周囲の笑いがさらに大きくなる。
「息ぴったりじゃねぇか」
「もう言い逃れできないねぇ」
「オーナ!!」
エマが真っ赤な顔で杖を振り上げる。
オーナはひらひらと逃げ回る。
商隊の空気が一気に軽くなった。
・・・くそ、昨夜死ぬほど緊張した反動で、みんな元気だな。
でも。
こうして笑っていられるなら、それでいいかとも思う。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
そこからの道中は、拍子抜けするほど静かだった。
いや、静かにならざるを得なかった、というべきか。
護衛を名乗っていた裏切り者たちは縄で縛られ、盗賊たちも同じように荷馬車の後ろで項垂れている。商隊員たちはまだ警戒を解いていなかったが、それでも緊張は少しずつ薄れていった。
二日目、三日目。
街道は穏やかだった。
途中で小型の魔獣が遠くに見えたことはあったが、わざわざ商隊へ近づいてくることはない。こちらの人数と馬車の数を見て、危険だと判断したのかもしれない。
その間も、俺たちは交代で周囲を警戒し続けた。
任務はまだ終わっていない。
裏切り者を捕まえたからといって、荷を目的地まで届けなくていい理由にはならない。
そして四日目の昼過ぎ。
ようやく、ブリンバンの街門が見えた。
ブリンバンの街門が見えた時、商隊長は本気で泣きそうな顔をしていた。
「着いた・・・本当に着いた・・・」
その気持ちは分かる。
護衛が裏切り、盗賊に囲まれ、夜襲を受けたんだ。
無事に街へ辿り着けただけで奇跡みたいなものだろう。
門番も、後ろで縄に繋がれた盗賊の列を見て目を丸くしていた。
「な、何事だこれは」
「ギルドへ案内してくれ。話はそこでまとめてする」
商隊長が疲れ切った声で言う。
そのまま俺たちはブリンバンの冒険者ギルドへ直行した。
盗賊と、【安息の黄金】を引き渡す。
薬瓶、押収した合図用の笛、商隊長の証言、蒼き雷鳴の証言。
受付嬢は話を聞くにつれ顔を青くし、奥へ飛んでいった。
すぐにギルドマスターだろう、ヒュームの中年男が現れる。
事情説明は一時間近くに及んだ。
ギルドマスターは最後まで険しい顔を崩さなかった。
「・・・護衛冒険者が依頼主を売る。しかも盗賊と通じていた、か」
重い声。
「ギルドの信用問題だ。こいつらは厳重に取り調べる」
ザナックが何か言い訳しようとしたが、責任者の一睨みで黙った。
いい気味だ。
商隊長が証言を終えると、深々と頭を下げる。
「彼らがいなければ、我々は全員終わっていた。本当に感謝している」
責任者はゆっくり頷き、今度は俺とエマを見る。
「アキラ=ジェイ=ラッシュバック、及びパーティ"双灯”」
「はい」
「今回の件、護衛依頼の完遂だけでなく、裏切り者の摘発、盗賊団の捕縛、非戦闘員の保護、証拠の確保――総合的に見て十分以上の成果と判断する」
少し間を置き、告げた。
「今回の件は、Cランク昇格に値する功績として扱う」
一瞬、耳を疑った。
エマも目を瞬かせる。
責任者は書類に目を落としながら頷いた。
「実力だけでは上がれん。判断と信用も必要だ。今回はそれを示した。もっとも、ここで即座に昇格を確定させるわけにはいかない」
「そうなんですか?」
「君たちの所属登録はヴェルクハーフェンだろう。正式な昇格処理は、帰還後にそちらのギルドで行うのが筋だ。だが、こちらから推薦状と詳細報告を出す」
ギルマスは判を押した書類を、受付職員へ渡した。
「商隊長と蒼き雷鳴の証言もある。まず通ると思っていい」
推薦。
正式な昇格ではない。
だが、Cランクが見えた。
それだけで、胸の奥にじわりと熱が広がる。
エマが隣で、ふっと息を吐いた。
「やったわね」
「ああ・・・まだ決まったわけじゃないけどな」
「でも、認められたのは確かよ」
そう言われると、少しだけ実感が湧いてきた。
ただ盗賊を倒したからじゃない。
商隊を守り、証拠を残し、他パーティと連携した。その結果として、俺たちは評価された。
冒険者として、一歩前に進んだ。
そう思えた。
だが、その時。
ギルマスが最後に低く付け加えた。
「・・・ただし、捕らえた盗賊どもの背後関係はまだ洗う必要がある。どうも、ただの野盗だけで済まない匂いがする」
俺は眉をひそめる。
「どういう意味です?」
「今はまだ何とも言えん。詳しく吐かせてからだ。必要があれば、君たちにも共有する」
意味深な言い方だった。
ただの護衛裏切りで終わらない何か。
その気配だけが、妙に胸に引っかかった。
Cランクへの推薦。
無事に終えた護衛任務。
それでも俺は、その小さな違和感を、どうにも拭いきれなかった。




